第25話 その一物は何のためにぶら下がっている?
「さてと…それじゃあ――――」
陸人は地面に巻物を広げ、地図を表示させた。
「残るデルタストーンはあと二つだけど、どっちから行く?」
「おっさんが転移魔法使えるんだから、どっちからでもいいんじゃないか?」
「それもそうだね。じゃあ、“どちらにしようかな”で決めよう。ど・ち・ら・に・し・よ・う・か――――」
「待て待て待て!」
ドーナツを口にくわえたまま、オーガストが抗議する。
「宝探しは順調なんだし、そんなに事を急ぐ必要はないだろう?今の俺達に必要なのは息抜きだ」
「さっきたくさんご馳走食べたじゃん。今も食べてるし」
「違う!息抜きというのはそういうことじゃない!つまりだな…せっかく金をもらったんだから、他の“欲”も満たしたいってことだ」
「綺麗なオネエサンのいるとこで濃厚なサービス受けたいってこと?」
「まぁ、有り体に言えば…」
「却下する」
シメオンに一蹴され、オーガストは憤慨した。
「シメオン、君はそれでも男か?その
「俺はあんたとは違うんだよ」
「そうか、君は男色家か!」
「ちげーよ!」
「じゃあ最後に別れた彼女の名を言ってみろ!」
「…マーシュだ」
「マシューだと?男の名ではないか!」
「マーシュだよ!つーかそんな話どうでもいい。俺があんたに言いたいのは、いっぺん鏡で自分の
「あぁ…そうだった、すっかり忘れていた…!」
「だから早く次の石を探しに行くぞ」
「仕方ない…」
オーガストは渋々頷き、転移魔法の準備を始めた。
「どちらにしようかなで緑のバツ印に決まったよ。このガインダって場所」
地図を二人に見せながら、陸人が目的地に指を当てる。
「は?!ガインダだと?」
オーガストはかなり不満そうだ。
「ガインダは灼熱の砂漠地帯だぞ!ドーナツのグレーズが溶けてしまうではないか!」
「どうでもいいだろ、ドーナツなんて」
「いいや、よくない!」
「じゃあ紫のバツ印の方でいいよ。えーと、地名はクラリネート」
「よし、わかった」
数分ほどでオーガストの魔法陣は完成した。
オーガストが最後の呪文を唱えると共に、辺りは白い光に包まれる。
見渡す限りの銀世界。
凍てつく強風と顔に吹き付ける粉雪。
「
外は猛吹雪。薄着の彼らは凍死寸前だ。
「なんなんだこの寒さは!極寒地帯だなんて聞いてないぞ!」
「文句言うならおじさんに言ってよ!ああーくそ寒い!!やっぱり一回出直さない?防寒具買ってきた方がいいよ」
「賛成だ。このままじゃ氷漬けになっちまう」
「あれ…?オーガストはどこ?」
「そこだ」
シメオンが震える指で数メートル先を指さす。
オーガストは這いつくばって何かを探していた。
「おじさん、この寒さの中で石を探すのは無理だよ!」
「違う、俺が探しているのはドーナツだ。寒さで手がかじかんで、うっかり雪の中に落としてしまってな…」
「ドーナツなんていいから、早く転移魔法で温かい場所に移動しようよ」
「待て…今ドーナツの一部が見えたような気がす――――クソッ!ただのウサギか!」
オーガストは雪の中から引っ張りだしたウサギをポイっと遠くへぶん投げた。
「一体どこに埋まってるんだ…?」
「ねぇ、おじさんってば!聞いてる?」
と、陸人が地団太を踏んだその時――――
タタタタタタタ…!
先ほどオーガストにぶん投げられたウサギが、こちらに向かって勢いよく突進してきたのだ。しかもよく見るとそれは、ウサギのようでウサギではなかった。
瞳は普通のウサギの三倍は大きく、閉ざされた口からは鋭い牙が飛び出しており、額には長い螺旋状の角を生やしている。
「うわぁぁ!」
陸人はとっさにオーガストの後ろに隠れたが、ウサギもどきはオーガストを飛び越えて陸人の顔に飛び掛かってきた。
「わっ、こら、やめろ…!っていうか襲う相手完全に間違ってるだろ!」
無理矢理振り払おうとしたのがさらなる不運を招いた。
ウサギもどきが牙を剥き、陸人の人差し指にガブリと噛みついたのだ。
「痛っっってぇぇぇ!」
白い雪の上に、ボタボタと鮮血が落ちる。血を味わって満足したのか、ウサギもどきはどこかへ走り去っていった。
「おい、何やってんだ?」
シメオンが呆れた様子でやって来た。
「シメオン!どうしよう!指をウサギの化け物に噛まれた!」
陸人は半泣きで右手を見せた。
「大丈夫だ。ちゃんと爪の先まで残ってる」
「大丈夫じゃないよ!千切れかけてるよ!」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないよ!ねぇ、おじさん!」
陸人はオーガストに助けを求めた。彼はやっと落としたドーナツを発見して喜んでいる。
「この怪我、おじさんの魔法で治療できない?」
「うーむ…」
オーガストは難しそうな顔をした。
「悪いが治癒魔法は俺の専門外なんだ」
「ええ~!そんなぁ~!じゃあ転移魔法で病院まで送ってよ」
「それも無理だ。雪が深すぎて魔方陣が描けん」
「ええええ?!」
「取り合えず応急処置として、雪の中に指を突っ込んでおいたらどうだ?凍って千切れかけた指がくっつくかもしれないぞ」
「その前に凍傷で指がもげるよ!」
「うっせーな。ギャーギャー騒いでないでハンカチか何かで押さえとけよ」
「ハンカチあるかなぁ…?」
陸人は片手で懐やポケットの中を漁り始めた。
ズボンのポケットをひっくり返した時、黒いカードがハラリと雪の上に落ちた。別れ際にエレミアがくれた名刺だ。
「そうだ…」
陸人は藁にも縋る気持ちで名刺を拾い上げた。
「エレミアお願い!僕を助けて!」
「バーカ。カードに呼び掛けただけで来るわけねーだろ」
「いや、そうとも言い切れないぞ」
オーガストが前方を指さす。
目の前の雪が爆発するように舞い上がっていた。雪の中から、巨大な鏡が姿を現す。
光輝くその鏡面から、事も無げに彼女は出てきた。
「お呼びかしら?」
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