第20話 人間が一日にどれほど多くのH2Oと触れ合うと思ってるんだ!

 水柱は雲に吸い込まれるようにして消えていった。


篠突く雨の中、オーガストは変わり果てた姿で地面に倒れていた。


「あれってオーガストだよね…?」


「だと思うが…」


「酷いことしちゃったなぁ…」


陸人はゆっくりと彼に近付いていった。


緑色に変色した皮膚、すっかり頭髪の抜け落ちた頭、その背中には巨大な岩が乗っている。


陸人は二つの石を回収し、彼のそばにしゃがみこんで両手を合わせた。


「どうか成仏してください…」


シメオンも隣りにしゃがみこみ、同じように合掌する。


「雨がやんだら、どこかに埋めてやろう」


「ゴールデンベリーの根元に埋めてあげようよ。おじさん、ゴールデンベリーが好きだったし」


「そうだな。良い肥料にもなるしな」


「でも夜になってからの方がいいよね。ホームの子供達や施設長に見つかったらヤバいし」


「そうだな」


ピクリ――――


突如、緑色の右手が動いた。


「ん?今、手が動かなかった?」


「ただの脊髄反射だろ」


「そうかな?」


試しに陸人は木の枝で頭をつついてみた。


「う…。う~ん…」


低い呻き声と共に、オーガストがむくりと起き上がる。


「うわぁぁぁぁ!ゾンビだぁぁ!」


陸人達は超高速で10メートルほど後ずさった。


「ん…?なんだ、騒がしいな…」


オーガストが立ち上がり、頭を掻きながら辺りを見回す。


「あれ?」


正面から改めてオーガストを見た陸人は、その姿があるものに似ていることに気が付いた。


「もしかして、あれって…」


自分の頭髪がないことに気付いたのか、オーガストが悲嘆の雄叫びを上げる。


「なんてこった!髪がない!俺の自慢の髪がぁぁ…!」


「おい、髪どころの騒ぎじゃないぞ」


すかさずシメオンが突っ込む。


「あんた、ヤバいものになってるぞ」


「ヤバいもの?」


オーガストの視線が、ゆっくりと足元の水溜まりに注がれる。


水面に映った全身緑色の自分の姿を見て、彼は二度目の雄叫びを上げた。


「なんなんだこれはぁぁ…!河童ではないかぁぁぁ!」


ついに堪えきれず、シメオンは腹をかかえて笑いだした。


「こらっ、人の顔を見て笑うな!」


「人?河童だろ?」


「む…確かに」


河童―――もといオーガストはくるりと陸人を振り返り、


「説明してもらおう。これは一体どういうことだ?」


「多分、シメオンの羊化の呪いと一緒だと思う」


――――そうだよな?ジャン・ダッシュ?


『ああ。水に触れると河童化する呪いだ。“狼牙の餌食”の呪いと同様に、朝日を浴びれば一時的に解ける』


陸人はジャン・ダッシュの説明をそっくりそのままオーガストに伝えた。


「じゃあ、明日になれば俺の髪はちゃんと生えてくるんだな?」


「だと思うよ。っていうか、気にするところ髪だけ?」


「当たり前だろう。あの美髪を保つために俺が日々どれだけ苦労してると思ってるんだ!毎日のシャンプー&リンスに加え、念入りなブラッシング、ヘアサロンでの定期的なケア、それから――――」


「ん…?ちょっと待てよ」


突然シメオンが話を遮った。


「水に触って河童化するのなら、風呂に入る度に河童化するんじゃねーか?」


「な…!」


オーガストはガックリと項垂れた。


「でもさ…お風呂はお湯使うし、水じゃないから大丈夫じゃないかな?」


陸人の気休めの言葉に、オーガストがパッと笑顔を取り戻す。


ところがジャン・ダッシュに確認してみたところ、こんな返答が返ってきた。


『熱かろうが冷たかろうが、水は水だ』


――――なんだよ、それなら紛らわしい言い方しないでくれよ。


『わかった。では言い直す。これは“H2Oエイチツーオー”に触れると河童化する呪いだ』


陸人は新たに更新されたジャン・ダッシュの説明をオーガストに伝えた。


「おいおいおい!ちょっと待てよ!人間が一日にどれほど多くのH2Oと触れ合うと思ってるんだ!たとえ朝日を浴びて人間に戻っても、顔を洗った瞬間河童になってしまうではないか!あああ!なんということだぁぁぁ…!」


オーガストは上半身を反らし、両手で頭を抱えていつまでも唸り続けていた。


「うっせーな、あの河童。今のうちに出発するか」


「そうだね」


「おいっ、俺を放ってどこへ行く!石はもういいからこの姿をどうにかしてくれ!」


「ごめん。その呪いを解く方法は、デルタストーンを全部集めて神様にお願いするしかないんだ」


「そうか。それなら仕方ないな。では全部集めたらここに連絡をくれ」


そう言って、オーガストは陸人達に名刺のようなカードを差し出した。


陸人はカードを底の浅い尻ポケットにしまい、オーガストに別れを告げた。


「ねぇ、シメオン。あの大きい木まで競争しようよ」


陸人が全力で走り出す。その瞬間、尻ポケットからオーガストのカードがポロリと落ちた。


「おい!陸人!俺のカードが落ちたぞ!」


陸人は聞こえなかったフリをして走り続けた。


「自分だけ楽しようなんて虫が良すぎるんだよ、おっさん」


オーガストを振り返り、シメオンが勝ち誇ったように言う。


「人間に戻りたきゃあんたもお宝探しに協力しな」


「くっそぉぉ…!あの石売って大儲けするつもりだったのに…。はぁぁぁ…」
















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