第13話 パンって風に飛ばされるかな?

 あくる日の早朝、森を抜けた陸人とシメオンは、クラヴィエ発着の大型客船“ラピスマリン号”に乗船した。


目指す先は、トライデント大陸南西部に位置するアコルダン半島。


巻物の地図によると、この半島の岬付近に二つ目のデルタストーンが眠っているらしい。ちなみにバツ印の色は青だ。


特段話し合うこともなかったので、陸人達は乗船するなりそれぞれの客室へと散っていった。

陸人の部屋は205号室、シメオンはその隣の部屋だ。


「俺は夕方まで眠るから、絶対に起こすなよ。それと、誰かに話しかけられてもホイホイついていくな。お前が持ってる巻物を狙っているかもしれないからな」


別れ際、シメオンは怖い顔で陸人に釘をさしてきた。夜明けと共に羊の変身は解け、今ではすっかり元の人間の姿に戻っている。


 個室のドアを開けると、しわ一つないふかふかのベッドが温かく出迎えてくれた。

陸人は靴を脱ぐのも煩わしく、そのままベッドに倒れ込んだ。

体を横たえたとたん、急に瞼が重くなり、そのまま深い眠りへと落ちていった。



 目が覚めると、昼の三時頃だった。陸人はシャワーを浴びて身支度を済ませ、ひとまず腹ごしらえをしようと、シメオンからもらった小遣いを握りしめて部屋を出た。


レストランやカフェも開いてはいたが、なんとなく堅苦しくて入りづらかったため、結局売店でチキン南蛮弁当を購入した。


部屋に持ち帰って一人で食べるのも味気ないので、甲板の方に出てみることにした。

甲板にはいくつもテラス席が設けられており、海を見ながら午後のひとときを楽しむ乗客達で賑わっている。


陸人は右舷後方のテラス席へと着席した。


心地よい潮風を浴びながら、一人弁当を食べていると―――――


ふいに突風が吹き、どこからともなくキツネ色の帽子がふわりと飛んできた。


「なんだ、これ…?」


帽子を回収したとたん、低いブーツの靴音と共に、白いチュニックを着た黒髪の少女が猛然と近付いてきた。


「もしかして、これ君の帽子?」


「そう、ありがとう!」


少女はにっこりと無邪気な笑顔を浮かべ、礼のついでに名前を教えてくれた。


「あたし、リザ」


「僕は陸人」


「隣り、座っていい?」


「勿論いいよ」


リザは受け取った帽子を両手に持ち、そのまま頭に被るのかと思いきや、あろうことかツバにかぶりついた。


「えっ、ちょっと何してんの、君?!いくらお腹すいてるからって――――」


「大丈夫よ、これパンだから」


「パン?!パンって普通風に飛ばされるかな?」


「細かいことはいいじゃない。どうせファンタジーの世界なんだから。ところであんたはどこまでいくの?」


「えーと、僕は…」


答えようとして、陸人は口をつぐんだ。あろうことか、目的地の港の名を忘れてしまったのだ。


「ねぇ?」


リザが怪訝そうに見つめている。


「そ…それより――」と、陸人は慌てて話題を変えた。


「君はどうしてこの船に?両親と旅行にでも来てるの?」


「ううん。あたしそんなお金持ちじゃないし」


「じゃあ、一体…」


「それは勿論、こういうとこには良いカモがたくさん――――」


「え?」


「あっ、今のなし!じゃーね!」


リザは残りの帽子パンを一気に口に詰め込み、むせながら猛ダッシュで去っていった。よほど焦っているのか、途中で何度も蹴躓いてよろめいていた。


「なんか危なっかしい子だな…」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る