第7話 良い嘘はどれだけついても罪にはならないのだ!

 二人はひたすら苔のはびこった冷たい石の階段を下り続けた。


「この階段、地獄まで続いてるんじゃない?」


陸人は早くも戻りたい気持ちになっていた。もうかれこれ二十分は階段を下り続けている。


「なるほど、地獄か。それも面白そうだな」


「ちっとも面白くないよ。地獄には閻魔様がいて、嘘つきは舌を引っこ抜かれちゃうんだよ?」


「ほう、それは興味深い」


「他人事じゃないよ。おじさんは“嘘”の塊みたいな存在なんだから、一番危ないんだよ」


「失敬な。俺がいつ嘘をついた?」


「だって、さっきお金返すって言ったのもどうせ嘘でしょ?」


「なぁ、陸人。嘘も方便という言葉を知ってるか?嘘には良い嘘と悪い嘘があって、良い嘘はどれだけついても罪にはならないんだ」


「はぁ?」


ふいにオーガストが立ち止まり、あっと声を上げた。


「どうやら最下層に着いたみたいだぜ」


指差す先には、重厚な鉄の扉が立ちはだかっている。


「へぇ…まさに宝の部屋って感じだね」


扉を開けると、石の壁に覆われた、だだっ広く無機質な部屋が広がっていた。部屋の中央に設置された古びた円卓と長櫃ながひつの他は、何一つ物は置かれていない。


陸人はとたんに瞳を輝かせ、迷いなく長櫃に駆け寄っていった。


「きっと、この中にお宝が入っているんだ!」


期待に胸を高鳴らせながら、二人でゆっくりと蓋を開けてみた。


ところが中身を目にした瞬間―――陸人は甲高い悲鳴を上げて蓋から手を離した。


なんと中から現れたのは、お宝ではなく白骨死体だったのだ。


「なんだよこれ、棺桶じゃないか!やっぱりこの地図インチキだ!詐欺だ!宝なんてどこにもないじゃないか!」


「おや、それはどうかな」


オーガストは癇癪を起こす陸人をなだめ、閉めた蓋をもう一度開いて、中をじっくりと観察し始めた。


探したって何も出てきやしないさと思いながらも、陸人は黙ってその様子を眺めていた。


「おっ、見つけたぞ」


オーガストがニヤリと口元を緩め、手骨の下から鮮やかな赤い石を取り出す。


陸人は彼から石を受け取り、あらためて間近で観察してみた。


平たい正三角形の形で、大きさは手の平に余裕で収まるほど小さい。


「これがお宝…?」


想像していたより凄いものではなかったが、取り合えずポケットの中にしまっておいた。


「それじゃ、戻るとするか」


陸人は頷き、オーガストと共に地下室を出た。



 地上に出た瞬間、陸人はなんとも言えない解放感を感じ、ホッと吐息をついた。


空はまだ闇に覆われており、日が昇るまであと数時間はかかりそうだ。


「それにしても、ちょっとがっかりだったな…。まさかこんな石ころがお宝だなんて」


「そうか?俺は中々良い石だと思うぞ」


オーガストが熱のこもった口調で言う。


「文鎮にするにはちょうどいい石だ」


「それじゃあ、おじさんにあげるよ」


「何?いいのか?!」


オーガストはわざとかと思うほど大袈裟に喜んでいた。


もはや陸人にはこの男がわからなくなっていた。


発せられる言葉、動作、表情、そのどれもが空々しく、芝居がかっており、何が真実で何が嘘なのかまったく見抜けないのだ。


もしかするとこの朗らかな笑顔の裏には、打算や計算や私欲が隠れているのかもしれない。そんな疑念をまったく抱かなかったわけではないが、今は疲労と眠気のせいで頭が回らず、いちいち人を疑うことすら面倒になっていた。昼からずっと歩き通しで、そんな気力などもう残っていなかったのだ。


陸人は地面に巻物を置き、月明かりの下で地図を眺めた。


「この分なら他のお宝も大して期待できないな…」


その背後から、オーガストがさりげなく地図を覗きこむ。


「あと四か所か。おまけにどの箇所も危険度の高いエリアだな」


「危険度の高いエリア?それってつまり、この森に棲む魔物よりも強い化け物が出るってこと?」


「いいや。めちゃくちゃ強い化け物だ」


陸人はますます恐ろしくなった。


「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。またな、陸人」


「え?!」


別れを告げるや否や、オーガストはくるりと身を翻し、そのまま颯爽と茂みの中へ消えていった。


「ちょっと待ってよ、おじさん!」


陸人はすぐさまオーガストを追いかけて茂みに入ったが、どこを見渡しても彼の姿を見つけることはできなかった。


「おじさーん!置いていかないでよ!おじ――――お兄さーん!」


オーガストは姿を現さなかった。


陸人は肩を落とし、ふてくされたように小石を蹴った。


「くそじじい!」

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