第5話 すごい!なんだかイケそうな気がする!

 陸人は足を止めることなく、夢中で森の中を駆け続けた。いつの間にか日は沈み、魔犬の唸り声も聞こえなくなっていた。


「ここまで来れば大丈夫だろう…」


が、ホッとしたのも束の間―――突如周りの茂みが大きく揺れると共に、魔犬ではない、また別の魔物が数体現れた。


「嘘だろ?!次は何だよ?!」


それは、魔犬などよりももっと恐ろしい化け物であった。


二メートル超の巨大な体に、強靭な鋼の肉体、頭部に生えた長い二本のツノ、狂気に満ちた赤い眼、鋭い牙から滴り落ちる鮮血。


子供の血肉を食らって生きる化け物、オーガだ。


「ど…どうしよう…!」


オーガの迫力に怖じ気付きながらも、陸人は突破口を見出だそうと必死で脳味噌を絞った。


敵に完全に取り囲まれてしまっているため、逃げることはできない。


「くそ…こうなったら―――」


陸人はポケットに手を伸ばし、くしゃくしゃになった紙袋を取り出した。中には非常食用に残しておいた少量のポップコーンが入っている。


陸人は右手でポップコーンをむんずと掴み、オーガに向かって勢いよく投げ付けた。


「鬼は外!鬼は外!鬼は外!」


しかし効果は全くなかった。


「ウガァァァ!!」


むしろオーガを益々怒らせてしまったようだ。


「くそっ!やっぱりポップコーンじゃダメか…!」


陸人は観念し、両手で頭を覆ってその場にしゃがみこんだ。遊び半分で森に足を踏み入れたことを、酷く後悔した。


ところが死を覚悟したその時――――


握っていた巻物が、突如煌々と輝きだした。


不審に思い、そっと広げてみると―――


「な…なんだこれ…?」


光り輝く紙面の上に、また文字が現れていた。


《“一撃必殺剣――サーティーカリバー――”を使用しますか?》


「一撃必殺剣?!そんなすごいものあるならさっさと出してくれよ!」


突如巻物が変形し、瞬く間に長剣の形へと変化した。刀身は白銀色に光り輝いている。


「すごい…なんだかイケそうな気がする!」


陸人は両手で柄を握り締め、すっかりいい気になってオーガ達を挑発した。


「やい、馬鹿でうすのろの化け物め!どっからでもかかって来いや!」


直後オーガ達は牙を剥き、一斉に陸人に向かって飛び掛かってきた。


「おりゃあぁぁぁ!」


白銀の刃が次々とオーガの鋼鉄の体を引き裂いていく――――そんな光景を思い描いていたのだが、陸人の振り下ろした刃は易々とかわされてしまった。


「えええ?!」


ショックで茫然としている間に、オーガに剣を払い飛ばされてしまった。


「あ!しまった!」


剣は近くの木の幹に突き刺さり、ほどなくしてまた元の巻物の姿に戻ってしまった。


陸人はどうにか木の傍まで這っていき、巻物を拾い上げて文句を言った。


「おい、このほら吹き紙!どこが“一撃必殺剣”だよ!」


白紙の紙に、じわじわと赤い文字が浮き出始める。


《※この武器の命中率は30%です》


「ふざけるなぁぁぁ!」


もはや陸人に残された選択肢は逃げることだけだった。


幸いにも、タイミングよく霧が発生してくれたため、その隙に彼はオーガ達を上手くまくことができた。


「どうにか助かったみたいだ…」


緊張の糸が切れると共に、思わず安堵のため息が出た。だが、油断するのはまだ早い。まだ他にも魔物が潜んでいるかもしれないのだ。


――――どうしよう…。


このまま先へ進んでもいいものかどうか、陸人は悩んでいた。


宝を探したいのは山々だが、森の奥にはオーガよりもっと巨大で危険な魔物がいるかもしれない。考えただけでも背筋がぞっとした。


“家に帰りたい”――――この世界に来て、初めて心からそう願った。


「くそっ…こうなったら――――」


陸人は巻物を広げ、ダメ元で頼んでみた。


「ねぇ、もう宝なんかいらないから、そろそろ元の世界に戻してよ。異世界に飛ぶボタンがあるんなら、元の世界に戻るボタンとかもあるんでしょ?それ出してよ」


紙の左上に、文字が浮かんできた。


《エラー!リンクが存在しません》


「なんだよ、“エラー”って!」


陸人はため息をつき、辺りを見回してみた。どうやら荒れ果てた野原のような場所に立っているらしい。


霧は先ほどよりも深くなり、その白い霧と闇に紛れるようにして、無数の古びた墓石が立ち並んでいる。


「ここは一体、森のどこら辺なんだろう?」


陸人はすっかり途方に暮れてしまった。戻ろうにも、もうどちらの方向から来たのかわからなくなっていたのだ。


「どこかに詳しい地図の書かれた看板はないかなぁ…」


淡い期待を抱きながら、おそるおそる墓地に足を踏み入れる。


雲間からわずかに射し込む月明かりが、辺りをほんのりと照らしていた。


「あ!」


ふいに陸人はハッとして立ち止まった。立ち並ぶ墓石の間に、灯りを持った人影が見えたのだ。


――――こんなところに人が…?それとも、人の姿をした魔物か…?


生唾をゴクリと飲み込み、その正体を確認しようと、ゆっくりと背後から忍び寄ってみる。


振り向いた相手の顔を見て、陸人は思わず驚嘆の声を上げた。


「な…なんで?!」


そこに立っていたのは、なんと昼間レストランで会ったオーガスト・ロウだったのだ。

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