昔話

「ラグナはやはり筋がいいな。法術の時差発動を絡めた法術法技の連撃も身に付けつつあるし、教えたことをどんどん吸収して強くなっている。あの連撃の動きは強靭な体あってこそだからな」


「当然さ、お父さんにみっちりとしごかれてきたし、体もきっちり鍛えてきたんだ。苦手だった法術も奇跡の鎧が戻ったおかげで苦手どころか得意分野と言っていいくらいだからさ」


 俺の成長を褒めながらニコやかに笑う銀髪の少女の言葉を受けて、「当然」と返した俺の表情は言葉とは裏腹に険しい。への字口に眉根を寄せて、不満をあらわにしていた。


 どんなに褒められても、成長を実感しても、彼女との模擬戦ではいまだ一本も取れていない。


 俺の成長を褒める彼女の名はアムサリア。ひとつ年上でもうすぐ二十歳を迎える少女だが、なんと二十年前に俺たちの国を恐怖に陥れた破壊魔獣エイザーグを倒した聖闘女の称号を持つ伝説の英雄だ。破壊魔獣との壮絶な闘いの果てに相討ちとなったが、偶然、必然、奇跡、計画、願望、努力など、あらゆることが重なり現代に蘇った。


 おそらく彼女は俺たちの国イーステンドで最強だろう。そんな彼女から簡単に一本取れるはずもないことはわかっていても、やはり悔しいことに変わりない。


「ただ、肉体、精神、剣術、法術の単独での能力に対して実際に発揮される総合力にけっこうな差がある。いったい何が悪いのやら」


 つまり実力が出し切れていないということなのだろう。


 アムに憑依された過程で本当の闘いというものを知り、その動きをトレースした経験もあって俺の攻撃能力は格段に上昇した、はずなのに、この微妙な評価がむずがゆい。


『頭が悪いんだろ』


 嫌味なことを口走るのはアムに背負われた一本の長剣だ。この剣も二十年前の闘いの中で、とある奇跡から生まれた意志を持つ剣。奇跡の闘刃リンカー。


「うるさい、頭どころか手足もないお前は黙ってろ」


『使えない手足なら無くて結構。おれはアムの手足として使われるためにいるんだからよ。おまえも以前のように鎧としてアムを護ってる方がよっぽど役に立つんじゃないのか?』


 そう、俺はリンカーと同じく、同じ奇跡から生まれた意志を持つ鎧だったのだが、破壊魔獣との闘いの果てに人として生まれ変わった。


「俺は人としてアムのために闘い護ることを望んだんだ」


『アムを護るほどの実力がともなってないけどな』


「……」


 こればかりはどんなに腹が立っても言い返せない事実なのが情けない。


「実力はこれから身に付けていけばいいさ。グラチェもそうだがラグナは力を取り戻して日が浅い。その分伸びしろがたっぷりある」


「くわぁぁ」


 アムの言葉に心地よい響きで鳴き応える獣はグラチェ。生まれて一ヶ月にも満たない牙獣類の幼獣だ。


 前世でもアムの所属していた聖シルン教団で、奇跡を起こす蒼天至光と呼ばれる神具を護る守護獣としてアムのそばにいた。その神具の副作用と言うべき現象によりグラチェ自身が慕うアムサリアの宿敵破壊魔獣エイザーグを演じることとなり、彼女と壮絶な闘いを繰り広げた。


「あぁ、絶対追いつき追い越してみせる」


『寝言は寝て言うもんだぞ』


「やかましい!」


 人外の強さを持つ彼女に並び立つ日はまだまだ遠いが、必ずそうなってみせるというのが揺るがぬ俺の誓いだ。


 俺たちは初代聖闘女であるリプティが生きているという情報を知り、彼女に憧れるアムのわがままでイーステンド王国から遠く離れた聖都に向けて旅をしている。ふたりと一匹と一本での旅はまだ始まったばかりだ。


 不測の寄り道により三日ほど余計にかかったが、ようやく中継点の街が近付いてきた。林道の隙間から街を囲む高い壁が見える。


「城郭都市ウォーラルンドか。王都ではなく市政によって運営されている街らしいな」


「大昔はこの近くに王都があったっておじさんの手紙に書いてあったけど、魔女に滅ぼされたってのは本当なのかなぁ」


 この街に伝わる昔話がある。


 数百年前、人間と妖精が仲良く暮らすこの地に突如魔女が現れた。


 王都は自警団と騎士団で応戦するが魔女の周りに妖魔が次々に湧き出し、苦戦を強いられる。


 そこに人間の友人である仙人が森の妖精を引き連れて助けに現れる。


 その闘いは百年を超えて続いた。


 魔女や妖魔によって王都と妖精の里も壊滅的な状態になったとき、聖霊となった仙人の力によって森と大地の精霊の力を以って、魔女を追いつめる。


 力を弱めた魔女を大地の力が巨大な壁で囲い、仙人は魔女を大地に封印した。


 その後も聖霊仙人は近隣の森の中でひっそりと封印の地を見守っているという。


 これがクレイバーさんの手紙と一緒に入っていた城郭都市ウォーラルンドの昔話だ。


「破壊魔獣エイザーグに苦しんだ俺たちの国にも劣らない悲惨な物語だけど、数百年前の出来事だし、昔話ってことはただの作り話かもしれないわけだよな」


「だが、ただの昔話をクレイバーがわざわざ手紙と一緒に送ってくるか?」


「う~ん、確かに」


 クレイバーさんの手紙と一緒に送られてきた物は、イーステンドから聖都に至までの道のりで、途中に立ち寄る場所の詳細、回避するべき地域などの資料だった。


 イーステンドを出たあと西に進み、川にぶつかったところから川沿いに進む。途中で川が北西と南西に別れているところをクレイバーさんは南西方面のウォーラルンド経由で聖都を目指すように示していた。


「地図の感じからすると北西の街から聖都に向かった方が近そうだけど」


「それだと危険地域の渓谷に近い。それを危惧しているのかもしれないな」


「確かにこっちならウォーラルンドを出てからもうひとつこの国に寄れるから遠回りでも楽かもな」


 魔女によって一度滅んだとされる国が、小国ながら再建されたと手紙に書かれている。


 そんな話をしながら狭い林道を歩いていると少し先に何人か人が集まっているのが見えた。 武装した兵士、ひと目で猛者とわかる傭兵、三匹の守護獣が林道を抜けた先の広場に集まっている。


 その向こうには小さなほこらが建っていて、法術士と思われる三人で法術陣を形成しているようだ。その中のひとりがこちらに気が付き素早く腰の剣に手を添えと、他の者たちもこちらに振り向き同じように身構えた。

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