予想外

 アムの英雄願望は作られた奇跡によるモノだった。だけど、奇跡の法具である俺とリンカーは天使シルンに利用されるために生みだされたのではなく、アムとアムを思う人々の願いによって生まれたのだった。


「ですが、予想外の事態が起こりました」


 たくさんの人が不幸になったこの物語の一端を、不謹慎ながら嬉しく思ってしまった俺。その意識を天使シルンの言葉が引き戻した。


「母体となっているグラチェに邪念による影響が出始め、アムサリアの半身の抑制が効きづらくなってきたのです。さらにエイザーグとなったアムサリアも半身に対してのねたみやうらやみが大きくなり、強い殺意すらも沸き上がるようになっていきました。一時はリンカーとラディアの誕生で均衡を保ちましたが、日に日に抑えが利かなくなったエイザーグは、アムサリアを追い詰めてしまったのです」


「わたしが単独でエイザーグに挑んだときだな」


 アムにとって痛恨の出来事であろう無謀な闘いの記憶を思い出し、渋い表情を作ると、リンカーはその感情を察してか、


「おれの見せ場だったな。そして、最後の最後で復活を遂げ、英雄の刃となって邪悪を討つ。最高の気分だぜ」


 と語った。


「その剣の強い想いを受けたワタシは、その存在を蒼天至光そうてんしこうへと残す代償として、その剣を手に入れたのです。そして、聖都の使者からアムサリアの手に戻った剣は、リンカーを通じて蒼天至光そうてんしこうと繋がり、蒼天至光そうてんしこうから陰力を送ることができるようになりました」


「なるほどな、聖都の使者から教わった禁断の法術の源となった無尽蔵の陰力は、エイザーグと同じく蒼天至光そうてんしこうに溜まっていた力だったのか」


「陰力を自らの魂で浄化し輝力に転化することで、莫大な輝力を得る。支えるべき英雄を躊躇ためらいなく殺すことができるようになった暴走エイザーグと互角に闘い、なおかつ多大な陰力も消費するのに最適な方法でした」


「ばかな、そんなことをすればアムの魂の消失の可能性だってあるはずだ!」


 俺は苦しみながら莫大な輝力を溢れさせてエイザーグを圧倒するアムの姿を思い出し、同時に猛烈な怒りも込み上げてきた。


 蒼天至光そうてんしこうを作った奴も許せんが、直接的にアムを苦しめたのはこいつだ。俺がろくに力の入らない体で剣を握りしめ蒼天至光そうてんしこうに向かって踏み出すと、アムがそれを制した。


「それがあだとなり、わたしとエイザーグはともに消えてしまったというわけだ」


「そうですね。あのときそなたが命をしてまで決着を付けるとは思いもよりませんでした。ですが、その決着でワタシは邪念の浄化を蒼天至光そうてんしこうの中でおこなう魂を手に入れることができたのです」


 アムの魂を防塵フィルターや中和剤みたいに扱う天使シルンの言葉に、俺は怒りで爆発寸前だった。


「てめぇ……」


 だがアムは左手で俺の手を握って穏やかな目で俺を一瞥いちべつした。どういうことかわからなかったが、俺の怒りの感情はアムのその行動によって薄らいだ。


「リンカーとラディア、アムとエイザーグの散り際の強い想いは良く覚えています。ラディア、そなたはアムサリアをその手で護りたい、アムサリアと離れたくないと願いました。それによって彼女の心と結びついたのです。そして、ラディアの心は近くにあった新たな命と結びつき、人間として生まれ変わりました」


 近くにあった新たな命。それがお父さんとお母さんの子ども……。そうやって俺は人となり生まれて来たのか。アムの心を連れて。


「そして、アムサリアの命を救いたいというリンカーの願いによって、魂が消えゆく寸前にリンカーのそばへと引き込みました。それだけの願いを叶える代償は、『最愛の人と共にいながら会えない』ことです」


「おれは、邪念の浄化で苦しむアムの魂を、二十年間ただ眺めることしかできなかった」


「なんて意地の悪い代償を払わせやがるんだ」


 毒づく俺の感情を軽く払うように天使シルンは言葉を返した。


「その代償はワタシか決めるのではありません。願いに見合う大きな力が必要なのです。どちらもそれほどの代償を払わなければアムサリアの存在はこの世から消えていました」


 そう言われて微妙にシルンを責められなくなってしまう。感情のぶつけどころを失った俺は、もやもやした状態でなにかを言おうと思いながらも口を開けたり閉じたりしていた。


 そんな俺を気にもとめず、天使シルンは話を続けた。


「エイザーグが消えてからは参拝の回数が減ったことでなんとか邪念の浄化が保たれていました。しかし二十年の月日が経ち、アムサリアの魂による浄化作用が限界に達した頃です。クレイバーがクリア・ハートを使ってリンカーと接続したことで外界との道が開きました。ラグナの中でアムサリアの眠っていた心が目覚めたのはそのためでしょう。それを切っかけに今こうしてそなたたちはここに集い、蒼天至光そうてんしこうの中の邪念をすべて消してくれたのです。そなたたちは本当に良くやってくれました」


「そういうことだったのか。これですべての疑問が解消されたよ。理由はともかく、お陰様でわたしは英雄気分を味わい、クレイバーやタウザンやクラン、ラディアとリンカーなど多くの者たちと出会えた。そのうえ、この現世に復活できたとなれば、これは感謝すべきことだ」


 感謝とは似つかわしくない重苦しい声で言葉を返したアムから、蒼天至光そうてんしこうが発する穏やかな輝力のさざ波を乱す陰力が発せられる。


「……多くの人々の命が失われたこと以外はな」


 陰力は徐々に強くなり隣にいる俺やクレイバーさんもあとずさるほどに高まっていく。その手に握ったリンカーをゆっくりと持ち上げ、両手で上段に構えたときには、高まった陰力は暗黒力の域へと達していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る