第13話 第二の手記:初めは空腹感から

 翌日、学校に着いた僕は、黙々と怪しげなコンビニのカルト本を読みふけっている彼のところへまっすぐ飛んで行った。


「おはよう」

「おはよう」

「昨日は、とんでもない目に遭わせてくれたな。あれは、一体どういうことなんだい?」

「何のことかな?」

「とぼけるな」


 僕は、彼の机をドンと叩いた。


 カルトマニアの彼は、クラスでも浮いている。

 小学校時代からの友人だった関係で今でも仕方なく付き合いを続けているが、そうでなければ、僕も彼なんかと関わることはなかっただろう。


 身にまとう雰囲気があまりにも独特であったため、敢えて彼を積極的にいじめようとする者もいなかったが、かといって積極的に友人づきあいをする者も、古くからの知り合いを除けば皆無といって良かった。


 昔はもっと明るい子だったのに、いつからこんな風にカルトに傾倒するようになってしまったのだろうか、とふと思う。


 そんな僕の考えを恐らくは知らずに、彼は、ゆっくりと本を閉じてから、言った。


「少なくとも、俺から君に何かを積極的にした覚えはない。興味はあるから、何があったか、詳しく聞かせてくれないか。

 もしかしたら、俺も力になれるかもしれないし」


 呑気な姿勢を崩さないことを見ると、本当に彼の仕業ではないのかもしれないと考えた僕は、昨日僕のスマホに届いた未来からのメッセージの話をした。


 彼は、最後まで黙って聞いていたが、話が終わると、言った。


「それは、多分『干し馬』じゃないかな。ボロボロにやせこけた未来の自分から、メッセージが届く。そのメッセージを受け取った者は、破滅的な過程をたどって、メッセージの発信時刻までに、本当にやせ細って死んでしまうという。

 そんな都市伝説があってね。えっと、この本の…確か、ここにも記載があったはず」


 そう言って、彼は、僕に本を見せてきた。


「ふむ…標的はランダムで、発生原因も不明。ただ、襲われた場合は、まず職業にありつく術を奪われ、金銭的に干されるところから始まる。そして、やがては全てを干し上げられ、干からびたようにやせこけた状態で、病死、事故死、あるいは自殺することとなるという。

 本当なら、随分と厄介な呪いだな。だが、幸い高校生の僕は、職業面では心配はいらなそうだけど」

「本当にそうなの?実は、バイトしようとしていたり、既に受け持っているバイトがあったりするんじゃないか?」


 彼がそう言うと、僕は、言葉に詰まった。


 実際、僕は、夏休みの間にバイトして、周りの好むゲーセンなどの遊びに思う存分ついていけるようにするだけの軍資金を稼ぎたいと思っていたため、実はいくつかバイトの面接に応募している。


 とはいえ、昨今は人材不足であるから、応募している面接の何件かは倍率的に考えても、落ちる理由はないはずであった。


 だから、図星ではあったが、僕は気にするには当たらないと思い直して、彼に返事した。


「そういう訳でもないし、大方ただのイタズラだろう。ともかく、教えてくれてありがとな」

「ああ」


 そして、席に着いた時。


 最初に襲い掛かってきたのは、猛烈な空腹感だった。


 いつも通り、朝食はしっかり食べたはずなのに、僕の腹は、まるで何日も食べずに断食修業をした後の僧侶か何かのように、空っぽであるように感じられた。

 前触れもなく、ただ、席に着いただけで、突然感じたので、僕は戸惑った。


 始業時間までは、後三分もない。最寄りのコンビニを選んだとしても、往復する間に遅刻してしまうだろう。


 しかも、仮に食料を調達できたとしても、授業中につまみ食いするわけにもいかない。


 あるいは、授業中にトイレを口実に抜け出してもいいが…。


 ああ、僕の友人たちには不良はいないので、周りは誰もそんなことしないだろうし、したら白い目で見られるだろうと思うと、その勇気も持てなかった。


 高校生である僕にとっては、バイトは落ちたら嫌ではあるが、それだけで済む。

 一方、仲間内から白い目で見られるようになったら、学校生活が終わってしまう。


 だが、この空腹は、何とも耐え難い。どうしたらよいものだろうか…。


 キーンコーン、カーンコーン。


 悩んでいるうちに、鐘が鳴ってしまった。


 結局僕は、空腹をこらえながら、授業に臨むしかないようだった。

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