第223話 最後の勝負が行なわれるらしい。
「甘井さん、ごきげんよう!」
「ダビデさん、またねー!」
放課後、売店の前で、料理部の2人――
昼休みに一緒に食事が出来なかった為、途中まで一緒に帰ることにしたのだが、料理部の部室は寮の食堂の隣で、僕の所属する管理部の部室は、この売店の奥だ。
天ノ川さんは、6年生の教室に寄ってから、ジャイアン先輩と一緒に理科室へ向かうのが、いつもの行動パターンなので、僕達とは逆方向である。
食事をすっぽかした件については、3人とも「カノジョ優先が当たり前」という見解らしく、誰も怒っていなかった。
これが「公認カップルの強み」というものか。ありがたい事だ。
まだ売店には管理部の部員が誰もいないようなので、奥にある「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたドアを開ける。ここが管理部の部室である管理室だ。
薄暗い部室に入ると、長方形のテーブルの上には、レモン色に光る
無造作に置かれた、その妖しげな布は、防犯カメラのモニターによって照らされており、若干丸みを帯びた黄色い布の両側から細い
この光景は、前にも一度、見た事があるような気がする。 (第92話参照)
これは、おそらくカンナさんの――
「――おはようございまーす! あれ、ダビデ先輩、1人で何やってんの?」
「うわっ! カンナさん、脅かさないで下さいよ!」
僕が、その黄色い布に気を取られている隙に、カンナさんが部室に入って来た。
「あーっ! あったー、私、こんなところにマスクを忘れてたのかぁ」
カンナさんは、嬉しそうに黄色いマスクに手を伸ばす。
やはり、これはカンナさんの忘れ物だったようだ。
「紛らわしい事も、やめて下さい。また、カンナさんのブラかと思いましたよ」
「えーっ! 色は似てるけど、形は全然違うでしょ」
たしかに、ブラジャーの場合は、これが横に2つ並んだ感じかもしれない。
だが、カンナさんには、過去にブラを部室に置き忘れた実績があるのだ。
「そうですかね? 僕は、色も形も似ていると思いますけど……」
「そうかなー? じゃあ、ちょっと待ってて……」
「ちょっと、カンナさん、何をするつもりですか?」
カンナさんは、セーラー服の
セーラー服の袖に再び腕を通すと、今度はセーラー服の下から手を入れ、もぞもぞと、おへその辺りから、黄色い布を取り出し、マスクの隣に並べる。
これは、カンナさんの特技なのか、それとも、女子なら誰でも出来る事なのか、男子である僕には良く分からない。
「ほら、全然似てな……うわっ、思ったより似てるかも!」
やはり、色だけでなく、布の大きさや形もそっくりな気がする。
カンナさん本人も、それを今、自分で確認して驚いているようだ。
「これって、カンナさんの下着とお
「そうみたい。冬休みに入る前に、ブーちゃんからもらったんだけど……」
ブーちゃんとは、カンナさんと同室の3年生、
手芸部員なので、布のマスクぐらいなら、きっと簡単に作れるのだろう。
「なるほど、高木さんの手作りだったんですね」
カンナさんは普段から黄色いものを身に着けているので、黄色いマスクをしていても、特に違和感はなかった。
それが、机の上に置かれているだけで、こんな風に見えるとは、新たな発見だ。
「ダビデ先輩、そんな事より、今なら誰もいないよ」
カンナさんは、両手で自分の胸を
これは、豊胸マッサージの催促だ。
「えっ? 今からですか?」
「早くしないと、アイシュちゃんやリーネちゃんが来ちゃうでしょ?」
「仕方ないですね。ちょっとだけですよ」
僕はカンナさんから胸を揉む権利をもらったが、権利を主張する為には、義務を果たさなければならない。日頃の信頼関係というものは、とても大事である。
僕は先に
こんな風に、胸をマッサージさせてもらえる事は、非常にありがたい事であり、手の感触も申し分ないのだが、精神的には、かなりきつい。
カンナさんが、いくら気持ちよさそうにしてくれていても、僕自身は「モヤモヤとした何か」が
カンナさんも、それは分かってくれているようで、お互いにエッチな気分にならないように、マッサージ中は会話をして場を繋いでくれている。
「ダビデ先輩、私、お姉さまとの最後の勝負に挑もうと思うんだけど」
「6年生は、あと1ヶ月で卒業ですか。あっという間でしたね」
カンナさんの言う「勝負」とは、寮でこっそりと行われている競技
「ダビデ先輩も、当然、参加するでしょ?」
「もちろんですよ。僕も1度くらいは
「あと1人は、チー先輩でいい?」
「強い相手なら、望むところです」
――というか、このメンツなら、おそらく「脱衣麻雀」で確定だ。
下高先輩、
リーネさんは、まだルールが良く分かっていないようなので、いきなり脱衣麻雀に誘う訳にもいかないだろう。
「決まりね。私、もうブラにパッドは入れずに、正々堂々と行くから!」
「
「えーっ!」
「そのくらいしないと、下高先輩には、多分、勝てませんよ」
実際は、そのくらいしても勝てるかどうか――といったところだ。
ラスボスと戦うのに無策では、玉砕する為に戦うようなものである。
「ところで先輩、サラちゃんの妹は、無事に合格したらしいよ」
「アラワさん、でしたっけ? それは良かったですね」
入学試験当日に再会した
2人とも「合格間違いなし」と思っていたのだが、僕の予想以上に競争率は高そうだったので、少し心配だ。
「――あっ! アイシュちゃん達が来ちゃった!」
防犯カメラのモニターにアイシュさんとリーネさんが映ると、カンナさんは大慌てで立ち上がり、黄色いマスクを自分のおっぱいに当てる。
「カンナさん、そっちはマスクですよ!」
「紛らわしいなー、もー!」
「僕が着けてあげますから、カンナさんは、そのまま服を押さえていて下さい」
「でも、これだと肩の紐がっ!」
――パチッ。
僕は急いで黄色いブラをカンナさんのおっぱいに当て、背中のホックを止めてあげた。緊急事態なので、肩紐のほうは後回しにしてもらうしかない。
半年前のカンナさんならともかく、上げ底用のパッドが不要になった今のカンナさんなら、ブラがずり落ちてしまう事も、おそらく無いだろう。
「おはようございましゅ! カンナしゃん達は、2人で楽ししょうでしゅね」
「ミチノリさん、どうして部室の中が、こんなに暗いのかしら?」
「すみません、電気をつけるのを忘れていました」
僕は何事もなかったように立ち上がり、部室の電気をつける。
「私は、ちょっと、トイレに行ってくるから」
カンナさんは服の上から胸を押さえながら、部室を出て行った。
アイシュさんとリーネさんは、いつもの席に並んで腰を下ろす。
僕も、自分の席に座り、カンナさんが戻るまで待つことにしよう。
「ダビデしぇん輩、
「寮の雛人形なら、リーネも見たわ。ミチノリさんが飾ってくれたの?」
「僕が並べたのは最上段だけで、ほとんどは天ノ川さん達が設置してくれましたけど、アイシュさんは、なんで僕が並べた事を知っているんですか?」
「実は、あの雛人形、去年はアイシュ達が設置したのでしゅ!」
「去年、アイシュさん達が設置した事と、何か関係があるのですか?」
「去年のアイシュ先輩と、今年のミチノリさんに、何か共通点があるのね?」
「しょうなのでしゅ、実は去年、アイシュは101号室に
「そうだったんですか。自分の部屋に去年は誰が住んでいたのかなんて、考えた事も無かったです。知らなかった事を教えてもらえると、なんだか嬉しいですね」
「去年の101号室には、お姉しゃまとアイシュと、ハナしぇん輩とハヤリしゃんが、
僕が、今、暮らしている部屋に、去年は足利先輩とアイシュさんの姉妹と、ハナ先輩とハヤリさんの姉妹が住んでいたのか。
足利先輩が、今の僕のベッドで寝ていて、ハナ先輩が、天ノ川さんのベッド。
アイシュさんがポロリちゃんのベッドで、ハヤリさんがネネコさんのベッド。
想像するだけで、少し心が温まるし、なぜか幸せな気分だ。
「分かったわ! 寮の雛人形を飾るのは、101号室の人の役目なのね?」
「
「なるほど、リーネさん達は、お片付け担当ですか」
「リーネは、お片付け担当なのね……。並べる方が楽しそうだわ」
「もし退屈でしたら、僕も一緒に片付けますから、遠慮なく呼び出して下さい」
これは僕の想像だが、雛人形を飾る際に、部屋がロビーに最も近い101号室に住んでいた先輩が、率先して設置し、それを見ていた後輩が次の年にマネをする。そんなことが、ただ繰り返されているだけなのではないだろうか。
102号室の人が片付けるという慣習も、同じように自然に定着したのだろう。
それはそれで、素晴らしい寮の伝統だとは思うが、他の部屋の人が、「お片付けは102号室の人の役目だ」と決めつけてしまうのは、あまり良くない気がする。
「お待たせーっ!」
「おかえりなさい」
――さて、カンナさんがトイレから戻って来たようなので、いつものように4人で管理部の仕事を始めるとしましょう。
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