第8章 甘々な学園生活

1月の出来事

第195話 複雑な家庭の事情があるらしい。

 年が明けて2022年になった。


 昨年の正月は、一昨年の春に流行したコロナウイルスの影響がまだ残っていて、うちの家族は3人とも部屋にこもっていた記憶がある。


 今年は両親が2年ぶりに、それぞれの実家へ挨拶あいさつに行くらしい。


 父方の祖父母も母方の祖父母も都内に住んでおり、会おうと思えばいつでも会えるので、正月だからと言って、僕が強制的に連行されるという事はない。


「ミチノリは、ジーサンやバーサンには会いに行かなくていいのか?」

「ミチノリには、もっと会いたい人がいるのよね?」


 父さんからの質問に、母さんが質問を重ねる。


 僕も、もう高校生だ。両親に付いて行くのは、なんとなく恥ずかしいし、お年玉をねだりに行くようで気まずい感じもする。


「うん。今年は、友達と初詣はつもうでに行く約束をしたから」


 友達というのは、もちろんネネコさんの事で、昨日、確認の連絡が来たばかり。


 ネネコさんの家では、お父様のスマホを家族4人で共用しているので、こちらから連絡するには、かなりの勇気が必要だ。 (第119話参照)


「友達? お前、近所に友達なんかいたのか?」

「近所って訳じゃないけど、電車で15分ぐらいのところに住んでいるみたい」


 ネネコさんと僕は、同じ私鉄の沿線に住んでいて、急行に乗れば3駅目か4駅目くらいらしい。


「お盆休みに、うちに連れて来たって子か? すごく礼儀正しい子なんだって?」

「そうそう。小柄で、とってもかわいい子なのよ。まだ中学1年生なんですって」


 お盆休みにネネコさんがうちに来た事を、父さんに話した覚えはない。

 どうやら、母さんが、勝手に教えてしまったらしい。


「ホントか? そんなにかわいい子なら、ちょっと写真見せてみろ」

「いいけど、かわいすぎて驚かないでよ」


 僕は、自分のスマホの画面を父さんに見せた。春にポロリちゃんに撮ってもらった、ネネコさんと僕のツーショット写真だ。 (第25話参照)


「あっはっはっ、ずいぶん幼い子だな。中学1年生なら、こんなもんか」

「2人とも、顔が真っ赤ね。ネネコさんは、お目目がまんまるなのね」


 ネネコさんが顔を赤くしているのは、お姉さまに「お姫様抱っこ」をされた直後だったからで、僕に対して顔を赤くしている訳ではない。


 目がまんまるなのは、僕がネネコさんの肩に手を回した事に驚いていたからで、普段はもっと切れ長な感じだ。


「これは、4月に撮った写真だからね。今は髪も長いし、もう少し大人っぽいよ」


「かわいい子と友達になれて良かったな。この子は将来美人になるぞ」

「ふふふっ、もう、お友達じゃなくて、カノジョなんでしょ?」


「え? ああ、まあ、一応、そうなんだけど……」


 母さんには、すぐに見抜かれてしまったようだが、もしかして僕の顔に出ているのだろうか。


「お前にも、カノジョが出来たか。くれぐれも、間違いは起こさないようにな」

「いいところのお嬢様なんでしょ? 今日も失礼のないようにね」


「あははは、もちろん、分かってるよ」


「じゃあ、俺達は行くから、カノジョと上手くやれよ」


「私達は今日の夜には戻るから、お昼は冷蔵庫の中にうどんとおもちがあるし、それで足りないようなら、これで買うか、外で食べなさい」


 母さんから、お年玉をもらった。ありがたく使わせていただこう。


「ありがとう。いってらっしゃい」






 ――ピンポーン!


 両親が家を出てしばらくすると、インターホンが鳴った。

 約束の時間よりだいぶ早いが、おそらくネネコさんだろう。


「――はい」


「ミチノリ先輩? あけおめ!」


 この聞き慣れた声は、まさしくネネコさんだ。インターホンの画面には、長い髪とピンク色のマスクで顔を隠した怪しい女の子が映っている。ちょっと怖いかも。


「ネネコさん、あけおめ。どうしたの、その格好は?」

「外は寒いからさ、早く中に入れてよ」

「あー、ごめん、ごめん。――どうぞ」


 オートロックを解除し、部屋のドアを開けてネネコさんの到着を待つ。

 すぐにエレベーターの扉が開き、怪しい女の子が近づいて来た。


 ピンク色のマスクだけなら特に違和感はないが、横や後ろの髪を、わざわざ前に移動させて顔を隠していて、髪はボサボサだ。


 温かそうなダウンジャケットを着ているのに、下はショートパンツで生足。

 肩にポシェットを掛けているが、お姉さまのようなπ/パイスラッシュにはなりようがない。


「ミチノリ先輩、ちょっと待っててね」


 マスクを外したネネコさんは、ポシェットから髪留めを取り出して、右のおでこが見えるように前髪を横に流し、左目の上あたりで髪を留める。


 これは、ネネコさんのお気に入りの髪留めで、お誕生日に大間おおまさんからプレゼントされたものだ。 (第113話参照)


「――お待たせ。ボク、部屋の中に入ってもいいの?」


 ネネコさんがにっこりと笑うと、とがった犬歯の先が見える。ネコのキバも犬歯と呼ぶのかどうかは知らないが、これもネネコさんのチャームポイントだ。


「どうぞ、どうぞ。誰もいないけどね」

「なんだ、ミチノリ先輩ひとりか。家族がいるのかと思ってたよ」

「さっき、2人で出掛けたばかりだよ」


 ネネコさんをキッチン前のテーブルに案内し、ダウンジャケットを預かる。

 ダウンジャケットを脱いだネネコさんは、寮にいる時と同じTシャツ姿だ。


「ミチノリ先輩は、一緒に行かなくて良かったの?」


「僕は、ネネコさんと一緒の方が楽しいからね。――ところで、ネネコさん、お昼まだでしょ? 年明けうどん食べる? それとも、これから外に食べに行く?」


「外は寒いから、ここでうどんのほうがいいや」

「ちからうどんだけど、お餅はいくつがいい?」

「ミチノリ先輩は、いくつ食べるの?」

「僕は2つかな」

「じゃあ、ボクも2つで」

「了解」


 ネネコさんを椅子いすに座らせたまま、2人分のうどんを用意する。

 将来、僕が主夫になったら、こんな感じなのだろうか。


 僕が仮に主夫になれたとしても、結婚相手はこんなにかわいい女の子ではなく、きっと僕よりずっと年上の女性になるのだろうとは思うが。




「さっきの髪型は、シカバネ先輩に教わったんだよ。あの髪型だと、変な人に声をかけられたり、体を触られたりしなくなるんだって」


 なるほど、わざと髪をボサボサにして、ルックスのレベルを下げる訳か。

 鹿跳しかばね先輩くらい容姿端麗だと、寄って来るオトコの数も桁違けたちがいに多いはずだ。


 容姿端麗な女性は「人生イージーモード」だと思っていたけれど、目立ち過ぎるのも、きっと良くないのだろう。


「それなら、ネネコさんは、脚も隠した方がいいんじゃないかな?」


 ネネコさんは、顔がかわいいだけでなく、脚も綺麗きれいだ。高校生女子のむっちりとした脚もいいが、中学生女子特有のすらりとした脚もいい。


 ネネコさんの脚は、女性的な美しさというより、芸術的な美しさだと思う。


「このほうが、ミチノリ先輩が喜ぶと思ったんだけど……」


「あははは、ありがとう。それは、全くその通りだけど、他のオトコに見せるのはもったいない気がするし、寒いときは無理しなくていいからね」


 僕が最近ネネコさんの事ばっかり考えているように、ネネコさんも僕の事を考えてくれているのだろうか。だとしたら、こんなに嬉しい事はない。




「――はい。ちからうどん、出来たよ」


「すげー! これって、『カレシの手料理』じゃね? ボク、ミチノリ先輩と付き合えてよかったよ」


でただけだから、手料理って程でもないけど、まあ食べてみてよ」


 テーブルを挟んで、ネネコさんの正面に座る。

 いつもは隣に並んで座っているので、なんだか不思議な気分だ。


「いただきまーす!」

「僕も、いただきます」


 一緒にうどんを食べながら、ネネコさんを正面から観察する。


 ネネコさんは、食べるスピードは速いが、熱いものは苦手なようで、お餅をチビチビと食べている。こんなところも、なんとなくネコっぽい気がする。


「ミチノリ先輩のパパとママは、初詣なの?」

「神社に寄るかどうかは知らないけど、実家へ挨拶に行ったよ。帰りは夜だって」


「そうなんだ。うちは、今日トラジのパパが来てて、ちょっと居心地が悪くてさ」

「トラジ君のパパ? それって、どういう意味?」


「そのまんまの意味だよ。ボクとトラジは、ママが同じだけど、パパが違うから」

「え? でも、ネネコさんはトラジ君の妹じゃなくて、お姉さんなんでしょ?」


 もし、ネネコさんのお母様が、ネネコさんのお父様と離婚してトラジ君のパパと再婚したというのなら、今、一緒に住んでいる人がトラジ君のパパのはずだ。


「そうなんだけどさ、ママは、ずっとボクのパパと一緒に住んでるから」

「……って事は、もしかして、トラジ君のパパって、お母様の浮気相手って事?」


「多分、そうなんだけど、トラジのパパは、なぜかボクのパパとも仲が良くてさ」

「そんな事、普通、あり得ないと思うんだけど……」


「パパの話だと、トラジが生まれてすぐにママの浮気に気付いたけど、ママと離婚したら、ボクが困ると思って離婚しなかったんだって」


 当時のネネコさんは、まだ2歳。両親が離婚したら、精神的なダメージは相当なものだ。ネネコさんのお父様は、娘であるネネコさんの事を最優先に考えたのか。


「ネネコさんのお父様は、すごい人だね。その話を聞いただけで尊敬できるよ」


 親が離婚して困るのは、残された子供だ。自分がつらいのをぐっとこらえて、娘の為に生きる。きっと、これが本当のオトナなのだろう。


 娘のカレシである僕に避妊具をくれた理由が、なんとなく理解できた気がする。

 家族でスマホを共用している理由も、おそらく浮気防止の為ではないだろうか。


「ママの話だと、ママはもともとトラジのパパと付き合ってたんだけど、なかなか結婚してくれないから、2人の職場の上司だったボクのパパと結婚したんだって」


 2人の職場の上司という事は、3人とも、もともと面識があったわけで、やはり女性は経済力のある男性を結婚相手に選ぶという事か。


「でも、それだとトラジ君のパパの気持ちも分かる気がするな」


 自分が付き合っていた女性を、職場の上司に取られてしまうなんて……。


「トラジのパパは、ボクのパパに泣きながら謝ったんだって。パパは『男の子は背が高い方がいいだろ、お前の子で良かったよ』って笑って許してあげたんだって」


「あー、それで、ネネコさんは小柄なのに、トラジ君は背が高いんだ」


 ネネコさんのお父様は、背は低くても器の大きな人で、理想の上司だ。

 トラジ君のお父様は、きっと背が高くてイケメンなのだろう。

 そんな2人の男性に愛されたネネコさんのお母様は、きっとすごく綺麗な女性だ。


「トラジのパパはボクにも優しいんだけど、ボクのパパが、『お前は、もう中学生だから、トラジのパパとは会っちゃダメだ』って言うんだよ」


「それは、ネネコさんが、もうオトナだからだよ。ネネコさんを、トラジ君のパパに取られたくないからでしょ?」


「まあ、たしかにボクのパパよりも、トラジのパパのほうが見た目はカッコいいけどさ、ボクはあんなオジサンに興味ないし、もう、ボクにはカレシがいるからね」


「あははは、それなら、僕としても安心だよ」


 ネネコさんがこんなに魅力的なのは、お母様から受け継いだ美貌びぼうと、お父様から受け継いだ「人としての器の大きさ」を兼ね備えているからだろう。


「このうどん、チョーうまいね」


 僕の目の前にいる、僕のかわいいカノジョは、僕が茹でたうどんをおいしそうに食べ、僕に幸せそうな笑顔を見せてくれた。――ありがとう、ネネコさん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る