第99話 かわいい妹には姉がいるらしい。

 今日の昼休みに、久しぶりにポロリちゃんからの出動要請があった。


 前回と同様に、僕はジャイコさんの代役で昼食の配膳はいぜん担当。リーダーは5年生の百川ももかわネギマ先輩、調理担当は大間おおまナコさんとポロリちゃんの1年生コンビだ。


 昼食のメニューから、オムライスとパスタが消えて、代わりに盛岡冷麺が加わった。デザートのスイカ付きで、人気のメニューらしい。口臭防止のため、ニンニクの入っていないキムチを使用しており、お嬢様方も安心である。


 調理場は前回以上に暑かったが、昨日から穿き始めたトランクスのお陰でだいぶ涼しく感じられ、股間こかんが蒸れる心配もない。


 無事にお手伝いを終え、今回もネギマ先輩から特製まかない定食を頂いた。


 百川先輩だとややこしいので、前回あたりからは、僕もネギマ先輩と呼ばせてもらっている。女将先輩こと百川ハラミ先輩や、うちのクラスの百川ツクネさんとは髪の長さが違うだけで、3人とも顔と体形はほぼ同じだ。


 大間さんからは、「名札を取り忘れていて、ごめんなさい」と謝罪された。


 ポロリちゃんから先日の話を聞いたのだろうが、大間さんには何の罪もない。

 足利あしかが先輩が名札を外す前に、すぐに買って確認せずに着てしまった僕のせいだ。


 僕としては、着心地も良くて助かっているので、その旨を伝えたところ、大間さんは非常に恥ずかしがっている様子だった。


 ポロリちゃんも僕を疑ったことを謝ってくれて、後でおびに何かしてくれるそうだ。もしかして、あのときに言った通りに体操着のにおいでもがせてくれるつもりなのだろうか。


 4人で楽しく食事をした後は、各自使った食器を洗ってからの解散となった。




「ポロリちゃん、お疲れ様。この後は何か予定あるの?」


 料理部の部室を出てから、ポロリちゃんに声を掛ける。

 今は期末試験中なので、どの学年も午後の授業はお休みだ。


「ううん、特に何も無くて、ポロリはお部屋に帰るだけなの」

「それなら、一緒に部屋に帰ろうか」

「うんっ」


 2人並んで寮の廊下を歩き、101号室へと戻る。

 近いので、すぐに部屋についてしまった。


 期末試験はあと3日。終われば、試験休み。

 試験結果の発表後に終業式があり、そのまますぐに夏休みだ。


 夏休み中は1週間のお盆期間だけ寮が閉鎖され、それ以外の期間で寮に残るか実家に帰るかは当人の自由となっている。


 ゴールデンウィークのときと同様に、各部屋の帰省状況に合わせて部屋割りに変更があるため、まずはポロリちゃんに夏休みの予定を確認しておくことにした。


「ポロリちゃん、夏休みの予定はどう?」

「えーとね、夏休みは、お盆のとき以外は寮のお部屋にいるつもりなの」


 ゴールデンウィーク中は家の手伝いの為に一時帰宅していたポロリちゃんだが、夏休み期間はお盆で閉鎖される時期以外は寮に残るらしい。


「夏休みは、おうちのお手伝いはいいの?」


「うんっ、夏休みは、お姉ちゃんがポロリの代わりにお店のお手伝いをしてくれるから、お姉ちゃんに全部おまかせなの」


 ――お姉ちゃん⁉


 ポロリちゃんにお姉ちゃんがいたなんて驚きだ。


 そんな話、僕は今までに聞いたことは無かったし、前にみんなでポロリちゃんの家にお邪魔したときにも、存在の気配すらなかったのだが。


「ポロリちゃんって、お姉ちゃんがいたんだ。中学生? それとも高校生なの?」


 僕は、とりあえず年齢を確認する事にした。


 ポロリちゃんのお姉ちゃんなら、きっと年は僕と同じくらいだろうし、僕より年上でも年下でも、世界屈指のかわいいお姉ちゃんであるはずだ。


「えへへ、高校生なの。先月18歳になったばかりなの」


 という事は、つまり高3か。僕より2つ上、ポロリちゃんより5つも上だ。


「僕たちみたいに普段は寮生活なの? それとも1人暮らしとか?」

「えーとね、普段はこの寮の3階にいるの。お部屋は303号室なの」


 この寮? ……って事は、6年生の先輩か。

 でも鬼灯ほおずき先輩という名前の6年生がいるという話は聞いたことがない。


 それに、303号室はたしか柔肌やわはださんとジャイコさんの部屋だ。柔肌さんのお姉さまは口車くちぐるま先輩で、ジャイコさんのお姉さまはジャイアン先輩だから、303号室の6年生はその2人だけのはずだ。 


「303号室の6年生って、口車先輩とジャイアン先輩だったと思うけど……」

「うんっ、トモヨお姉ちゃんだから、ジャイアン先輩であってるの」


 ――ジャイアン先輩とポロリちゃんが実の姉妹? 


 2人ともツインテールだし、小柄でかわいいという共通点はある。

 だが実の姉妹にしては顔も性格も全く似ていない。


 単に「お姉ちゃん」と呼べるほど親しいのか、それとも親戚とか……例えば従姉いとこだったりするのだろうか。それなら泊まり込みのアルバイトも可能かもしれない。


「それって、ジャイアン先輩がポロリちゃんの家でアルバイトするってこと?」

「ううん、そうじゃなくってね、トモヨお姉ちゃんがうちの家族になったの」


「えっ? うちの家族って……」


 そういえば、科学部の見学をしたときに天ノ川さんがジャイアン先輩に「おめでとうございます」って言っていたし、僕も自分で言った覚えがある。


 そのときジャイアン先輩は「いろいろと照れくさい」と言っていた。

 そして、なぜか「ミチノリくん」と呼ばれて――


「あのね、お兄ちゃん。そのときにトモヨお姉ちゃんから言われたの。『私の事をオバさんって呼んだら、大声で泣くからね』って」


 ――思い出した。あの時に同じことを僕も言われたのだ。


 そうか、ジャイアン先輩の就職先は「ぽろり食堂」。つまりコウクチ先生のお嫁さんというわけか。


 ポロリちゃんにとっては叔母おばさんになるから、ポロリちゃんの寮兄あにである僕にも同じことを言ったのだろう。それで天ノ川さんが「考えすぎです」と言って笑っていたのか。


 天ノ川さんが後で説明してくれるはずだったのだが、ジャイアン先輩にその場で口止めされてしまい、結局聞きそびれてしまっていた。


「そうだったんだ。僕も前にジャイアン先輩から全く同じことを言われたよ。だから、お姉ちゃんなんだ」


「うんっ。それでね、トモヨお姉ちゃんから『空気読んでね』って言われたし、ポロリも早くイトコに会いたいから空気を読んであげることにしたの」


 早くイトコに会いたい……か。それだけ聞くと子供っぽい考えのように聞こえるが、イトコに会うために「空気を読む」となると、それはどうなのだろうか。


「2人に赤ちゃんが生まれたら、ポロリちゃんのイトコか。それは楽しみだね」

「うんっ、とっても楽しみなの」


 ポロリちゃんのイトコでお母さんがジャイアン先輩なら、男の子でも女の子でもかわいい赤ちゃんに決まっている。僕も楽しみだ。


「お兄ちゃんは、夏休みはどうするの? すぐ東京へ帰っちゃうの?」


「いや、僕はもともと家に帰っても特にすることが無いから、ポロリちゃんが帰るまでは僕も帰らないつもりだよ」


 僕の予定はゴールデンウィークと同じで、同室の3人が全員いなくならない限りは寮に残るつもりだった。


「よかった。それならお盆以外はずっと一緒なの」


「それに、夏休みの課題も1人じゃ出来そうにないからね」

「えへへ、4年生の課題は大変そうだけど、ポロリはとっても楽しみなの」


 4年生の夏休みの課題は浴衣ゆかた作りだ。

 誰に合わせて作るのか、ポロリちゃんはすでに知っているらしい。


「あまり期待されても、僕に作れるのかどうか不安なんだけどね」

「お兄ちゃん、メジャーは持ってる?」


 浴衣を作るには、ポロリちゃんに採寸させてもらわなくてはならないのだが、僕がお願いするまでもなく協力してくれるようだ。本当に、よくできた妹だ。


「もちろん持っているけど、もしかして今から採寸させてくれるの?」


「今ならミユキさんもネコちゃんもいないし、お兄ちゃんもそのほうがやりやすいでしょう?」


 天ノ川さんとネネコさんは、今日も水泳の特訓らしい。

 おそらく、しばらくは帰って来ないだろう。


 たしかに天ノ川さんやネネコさんが一緒だとやりづらいとは思うが、採寸される女の子としては、僕と2人きりのほうが問題だったりはしないだろうか。


「それはそうだけど、ポロリちゃんはいいの?」


「うんっ、お兄ちゃんにちゃんと測ってもらってね、ポロリにピッタリの浴衣をつくってもらうの。今から準備するから、お兄ちゃんもメジャーを用意してね」


「了解」


 ポロリちゃんは僕に背を向けると、そのまま脱衣所に入っていった。

 浴衣のサイズなんて大雑把でいい気もするのだが、妥協は許されないようだ。

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