21.懐旧
左右から弧をえがいて飛来した剣閃。
それがほぼ同時に自分の両腕で炸裂したとき四夏は、お姉さんの実力が以前に比べてまるで衰えていないか、それ以上だと確信しました。
「おおおおオッ!」
連撃はまるで降り注ぐ
四夏はといえば正面に構えた剣で防御するのに必死。
(や、りに、くいっ)
気まずさが体の関節という関節から滑らかさを奪っていったよう。腰は引け首はそっぽを向きたがり、
(前はもっと反応できたのに――!)
否、それで一度ひどい失敗をしたせいかもしれません。
お姉さんのことを何でも分かる気になって、自分のすべてを受けとめてくれると思い込んで、好意と憧れで突っ走ったあげくの大失恋事故。いま思いだしても恥ずかしさで暴れたくなるような。
「どうした? 捨てた剣をまたひろったと聞いたが、この程度かい?」
ひさびさの師範口調でお姉さんが言います。バチンバチンと打ち付けられるロングソードは四夏の手の内を
じょじょに背後が窮屈になってきたことに危機感を覚える四夏。
「遊び気分なら悪いことは言わない、部活動レベルにとどめなさい。世界は女子が戦うには危険すぎる戦場だ」
「むっ」
かっちーん、と諸々の抑圧をはじけさせる撃鉄の音。
絶え間なく上下に切り込まれる剣筋の一本へ踏み込むと、外側へ
(自分だって出場してたくせに!)
「
防ぎ、カウンターに転じたとみえた撃剣。しかしお姉さんの剣がすくうように
ガキン、ギン!
「あっぐ」
肩口、腕甲をバッサリと打たれたたらを踏む四夏。同時、背中を壁がかすめた感触にギクリ。
追いつめたお姉さんは油断なく剣を上段前向【
「少しは期待したんだけどね。あまりに至らない。感情に振り回される力は大きな過ちのもとだ、ここで
(自分はもう辞めちゃったクセに――)
「――っえらそうに、言わないで……っ!」
それでも一度はじけた風船はもとには戻らず、口からあふれ出すのは反発する思い。
ひたすら防御につとめたところで分かってしまうお姉さんの色々なこと。それは四年前より鮮明に不愉快な真実を四夏へ告げてきます。
お姉さんにとって自分は近しい教え子以上のものではなくて。
お姉さんは昔あこがれた理想の騎士ではなくて。
でもそれでも、お姉さんを他の大人と同じに見れない自分がいて。
けれど。
『――まさかまだ未練があるんですか、先生のこと』
情けなさと否定したい気持ちで
(……そう、かも。いや、そうです、はい。いやいや。だから今更どうこうっていうんじゃないけどね、ホントに。別にもう好きとかじゃないし)
ただいつか目標にしたその背中から目を離せなかっただけ。
不意に振り向けられた予想外の表情を直視することから逃げていただけ。
(杏樹ちゃんのこと言えないや)
そういえば、恋バナなんて最後にしたのはいつだったかなぁと思います。例え想像でもこうして友達に吐き出してみればどこか他人事のように感じられるもので。
ふぅっと呼気をはいて重心を沈めると視界が倍ほどにも開けたように感じます。
その中央に構えたお姉さんがピクッとその切っ先を震わせました。
「あーやりにくいなぁ、もう!」
「……降参するかい?」
「ううんやるよ。まだまだ、勝つまで」
四夏は上段上向【屋根】の構えを取ると一歩だけ足を進めます。一寸先はお姉さんの間合いの内、ギリギリいっぱいの距離。
「勝つまで、か。初めて君に剣を教えたときを思いだすよ」
「もう、いつまでも子供じゃない」
言うなり四夏は構えを変えます。【屋根】よりもさらに大きく振りかぶった上段後向【
防御に必要な剣を体より後ろへもちあげる、その隙をお姉さんが見逃すはずがありませんでした。
「シッ!」
失望ごと切って落とすような『はたき切り』がガラ開きになった四夏の右わきへと吸い込まれます。
(息とめて背中かためて目をしっかり開けて――!)
炸裂する遠心力の乗った横切り。ただし打ったのは
痛みが腕下とわき腹の間からせり上がってきます。気持ち悪くなるほどのそれをグッと堪えて四夏は全霊の剣を振り下ろしました。
「ぐうっ!」
強烈な
「ッ粗いと、言っている!」
なおも剣を旋回させ今度こそ腕下を打とうとするお姉さんに、四夏は剣身の中ほどをもって猛然とバインド。
ハーフソード対ロングソード。力の込めやすさ、『重さ』で劣るお姉さんは剣をずらして
「くっおお、四、夏……!」
選ばれたのは前者。こうなればあとは
引いてすかすか押し込むか。
その最中に、ふと。
(あれ、)
目窓ごしに合った好戦的な眼差しに四夏はまぶたをパチクリ。
その肌に見慣れない線を見つけてぽろりとこぼします。
「……シワ、が……」
「なぁっ!?」
うろたえるお姉さんと、一瞬にも満たない剣同士のかすかなズレ。
四夏はほぼ無意識にお姉さんの内ヒジへ自分のそれをねじこみ絡めていました。腰を真後ろまでひねっての投げ。
お姉さんは腕を前へ引き落とされつんのめるように膝を着きます。
「ぁ」
我に返った四夏は口元を押さえました。
つい、知らない仲ではないとはいえ言ってはいけないことを言ってしまった感。そして結果的にその隙をついて勝ってしまったような。
おそるおそるお姉さんを見下ろすと、ギロリと恨めしげな視線がそれを迎えます。
「ひぇ、あの、ごめん」
さっと手のひらでそれをさえぎった四夏に。
お姉さんはふぅっと嘆息。長めのまばたきを終えるころには
「負けは負けだ、文句はつけないよ。なかなかどうして柔軟になったね」
感慨深げに言うと壁際へ座りこみます。素直に褒める響きに四夏がどう返していいか迷ったとき。
激しい鉄の激突音が今なお響いているのに気がつきました。
(っそうだ、みんなは――?)
重い鎧ももどかしく狭い視野をめぐらせれば、そこには。
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