第45話 8月のガッツポーズ!

 奈津はベッドに横になった。昼間のコウキのことを思い出す・・・。思わずタオルケットを頭からかぶる・・・。タオルケットをかぶったまま、手だけそこから出すとサイドテーブルに置いてあるスマホを手探りで探す。スマホが手に当たるとそれを掴み、タオルケットの中に持ち込んだ。『BEST FRIENDS ヒロ』を観る。パーマのかかった長めの前髪からのぞく目・・・。「ヒロはほんっとにセクシーなんだから!」まなみの言葉を思い出す。ヒロは同じ歳とは思えないほどセクシーな表情を浮かべる。そして・・・これは、『コウキ』だった・・・。

『奈津こそ、あいつにもてあそばれんなよ。』『それしか目的ねーだろ。』

悠介の言葉が聞こえる。指が勝手に『チョン・ヨンハ』と打つ。色っぽくて綺麗な女性の画像が次々と出てくる。『ヒロ』とキスをしているところを写真に撮られた女優だ。そして・・・これは『コウキ』のキスの相手だった・・・。



 『ごめん!用事ができたから、4時に行く!』


部活が終わり、部室に戻ると、奈津はすぐに自分のリュックからスマホを取り出し、それを見た。約束は2時だったのに・・・。ハアーと思わずため息が出る。

「何のため息かな~?」

部室に入ってきたまなみがニヤッとして声をかける。

「今日は逃がさないからね!昨日から、電話はとらない、ラインは未読無視、部活中は話すとコーチに怒られる。わたし、めっちゃ、訊きたいことだらけなんだからね!!」

そう言うと、まなみは後ろから奈津の首に腕を回すと、プロレス技のようなものをしかけてきた。

「すべて、白状してもらいましょう!ちょうちん祭りの逃避行から二人はいったいどうなってるの?」

まなみは腕に軽く力を入れた。奈津は、

「わ!ごめん、ごめん!」

降参!とでも言うようにまなみの腕を連打した。

「ごめんじゃない!部活中も心ここにあらずで誰のこと考えてたの!」

とまなみが言った時、

「お疲れ様です。」

と声をかけながら詩帆が部室に入ってきた。詩帆はじゃれ合ってる二人をチラッと見ると、自分のロッカーの前まで行き、それ以上は何も言わずに着替え始めた。まなみは、

「あ、お疲れ~!」

と言いながら腕をほどいた。奈津もコホコホコホッと軽くむせると、

「お疲れ!」

と声をかけた。詩帆は動作を止めず黙々と着替える。何も言わない。明らかにいつもと態度が違う。ちょうちん祭りの日以来、まなみ以外の部員はわたしと距離をおいているような感じはする・・・が、待って。詩帆の様子はその前からなんどなくおかしかったような気もする・・・。奈津は、今更ながら、自分の気持ちがいっぱいいっぱいで、周りの人を気にかける余裕もなかったことに気づく。知らず知らずのうちに詩帆に何か嫌な思いをさせていたのかもしれない。

「詩帆ちゃん、どうかした?」

奈津は思わず訊いた。その言葉を聞いて、まなみが突然、奈津にひじ鉄を食らわしてきた。まなみの目と口が『訊いちゃダメ』と音を出さないように訴えかけてくる。どうやら、まなみは詩帆の不機嫌の理由を知っているようだった。ブラウスのボタンを止め終わった詩帆がこちらを向いた。キッと怒った目には涙が溜まっている。奈津はびっくりする。

「悠介先輩をあんなに傷つけておいても、奈津先輩は両想いで楽しそうでよかったです!」

詩帆の口は勝手に毒づいた。そして、それだけ言うと、二人に背を向けた。まなみは、ほらね・・・という顔をしている。詩帆は部室のドアを開け、外に出ようとした。

「ごめん!」

奈津は出行こうとする詩帆に声をかけた。

「詩帆ちゃんにそんなこと言わせて・・・ごめん。」

詩帆は足を止めた。奈津はやっと詩帆の気持ちに気づいた・・・。

「ただ好き・・・が、こんなにも難しいね・・・。」

「詩帆ちゃんは悠介が好き・・・それだけなんでしょ?」

奈津の言葉を聞いて、詩帆の肩が小刻みに震え始める・・・。そして、向こうを向いたままウンウンと頷いた。奈津は詩帆に近づくと、後ろからギュッと抱きしめた。何も言わずに。ただギュッと・・・。

 抱きしめられながら、詩帆は、悠介が奈津を好きな理由が痛いほど分かってしまう。詩帆も奈津のこのあったかさが大好きだった・・・。

「でも、奈津先輩は両想いでしょ・・・。わたしとは違います・・・。」

奈津は腕をほどく。

「ほんとね。わたしは両想いだった・・・。この幸せな時間(とき)を冷凍保存しとかないと・・・」

奈津は目を伏せて、フフッと笑った。それは、取りようによってはため息にも似ていた。

「ごめん、ごめん。もしかしてノロケかな?」

奈津がいつもの「あちゃー」という顔をした。

「はい、ごちそうさま。もったいぶって冷凍保存なんかしなくっても。ね~!」

まなみは泣き止んだ詩帆に冗談っぽく同意を求める。

「詩帆ちゃんは悠介が好き。わたしはコウキが好き。まなみは・・・と。」

「ヨンミン!」

「はいはい。ヨンミンが好き。みんな一生懸命誰かを好き!!だから、恋する乙女たち、がんばるぞ!」

奈津はガッツポーズをした。まなみも「ヨンミン!」と手を挙げた。詩帆は頷くとまだ涙の乾かない目のまま笑った。そして、その目を通して奈津を見た。

 今日の奈津先輩は・・・いつもより、なんだかとても綺麗だった・・・。そして、なんだか少し寂しそうにも感じた・・・。



 「4時にコウキが迎えに来るから、それまでね。」

まなみは自分の家とは反対方向の奈津の家に向かって一緒に自転車を漕いでいた。

「え~!あと少ししかない!全部訊けな~い。」

まなみは口をとんがらせてブーブー言った。でも、すぐに機嫌を治すと、今度は興奮気味に話し始めた。

「だけど、すご~い!普通にヒロが迎えに来るなんて!!!あのヒロよ!ヒロ!」

まなみのボルテージはどんどん上がる。自分のすぐ後ろの席にヒロはいたのに、その時は、全く気づかず、どちらかと言えば冷たくあしらってたくせに!本当にまなみは現金なんだから!

「コウキがヒロって、まったく気づかなかったのは誰かな~。」

奈津はツッコミを入れる。まなみの顔は思わず真っ赤になる。

「似てるなあ・・・って思ったことはあるんよ!でもね、言い訳させて!まさか、こんな田舎にいるとはフツー思わないでしょ!しかも、同じクラスなんかに!」

まなみは力が入る。だって、自分のイチオシグループのメンバーが3ヶ月も傍にいながら分からなかったなんて・・・ほんと、ファンとして残念すぎる!!!肩を大げさに落としているまなみを見て奈津は笑う。そして、まなみのボルテージが一旦落ち着いたのを感じると、奈津はちょっと真面目な顔で言った。

「まなみ。ヒロはヒロなんだけど、ここにいるときは『コウキ』・・・でいい?」

まなみは奈津の顔を見た・・・。ファンのわたしが気づかないくらい、アイドルの片鱗も見せていなかったヒロ・・・。あの全開オーラなど微塵も感じさせていなかった。むしろ、地味で目立たない存在としてそこに居た。そして、恋なんかしたことのない奈津が、初めて、『コウキ』を『コウキ』そのままに好きになった・・・。

「分かってる。『コウキ』だね。」

まなみは親指を立てると「まかせて!」のジェスチャーをした。奈津は「ありがと。」と少し照れくさそうに言った。

「BEST FRIENDSのファンとして、ちょっとやらかしたけど、まあ、これがヨンミンだったら、どんな格好でも絶対気づいてたはず!」

往生際の悪いまなみが、またそんな冗談を言った。そして、二人は声をあげて笑った・・・。その時、二人がさしかかった田んぼの道の向こうの方に見慣れない二人組が見えた。

「まなみ!なんか、あの二人手招きしてる!」

「え!あ~ほんとだ~!怪しい。無視しよ!無視!」

「でも・・・。外国人っぽくない?迷ってるのかも・・・。最近、この辺も観光客増えたし。」

「いいの!うちらじゃなくても訊ける人、いくらでもいるんだから!見て、サングラスにマスクまでしてる~。絶対チャラい!関わらない。関わらない。ほら!奈津!目そらして!」

「う、うん。」

二人組の横まで来ていたが、奈津とまなみは慌てて目をそらした。

「あの・・・、すみません。」

バンダナをした方の人が声をかけてきた。短い言葉だったが、なんとなくたどたどしい。やっぱり困ってる外国人だ!奈津は振り向いた。でも、それに気づいたまなみが、

「奈津!振り向いちゃだめ!行くよ!」

と強めの口調で言った。奈津は、どこかほっておけないような気もして、後ろ髪を引かれたが、

「ごめんなさい!」

と二人組に大きな声で謝ると、そのまままなみの後を追った。


 奈津が家で出かける準備をしているのについて回って、二人の恋模様をいろいろ聞き出そうと試みていたが、全然聞き出せないまま、奈津の家のチャイムが鳴った。まなみは奈津と一緒に玄関について行く。玄関を開けると、プリントTシャツにデニム姿のコウキが立っていた。眼鏡はしていない。どこかはにかんだような表情をしている・・・。まなみは思わずドキッとした。『わ!ほんとにヒロだ!』


 「じゃ、コウキ、奈津、デート楽しんできて。わたしは帰るけど。」

そう言って、まなみはコウキの右手をとると、自分は両手でその手を握り、ブンブンと握手をした。

「コウキ、奈津をよろしく!」

コウキのことなど眼中になかった以前のまなみから一変、思いっきり目をハートにしながらコウキをガン見している。

「う・・・うん。」

コウキはその勢いに押されて若干腰が引けている。

「まなみ、この握手いる?」

奈津は笑いをこらえながら、二人の握手している手を指さして言った。

「当たり前でしょ!親友のことをお願いするんだから握手は必須!!何言ってるの?」

奈津とまなみは顔を見合わせてプッと笑った。自分の握手の威力に、まったく自覚のないコウキは不思議そうな顔をしている。でも、なんだかその空気が可笑しくて、二人につられて一緒になって笑った。そして、まなみは手を大きく何度も振りながら帰って行った。


 まなみの姿が見えなくなると、世界が急に二人だけになる・・・。わざとあさっての方向を見ていたお互いの視線がフッと重なる・・・。

「あの・・・。」

二人は同時に声を出した・・・。



今日の午前中(大阪)・・・


 「いくらかっこわるい格好って言っても、それはないでしょ!逆に悪目立ちしません?」

「いや、大丈夫って!なんか目をそらされてる気がするもん。直視したらマズイ・・・みたいな?そっちこそ、夏にそのスウェットはないだろ~。しかも上下同色・・・。」

「あえて!です。クーラーきき過ぎて寒い時用に持ってきた部屋着です。あ、でも、ほんとだ~!みんなこっち見ないようにしてる!ぼくたち、どんだけ変なんだろ!」

赤いハットに水色の柄シャツ、それに黄色のチェックのハーフパンツと白の靴下、白のスリッポンのちぐはぐコーディネートの少年とバンダナにグレーのポロシャツ、グレーのスウェット、そして真っ黒のスニーカーの家着ファッションの少年二人が、今、到着した新幹線に乗り込んだ。ますます怪しいことに、二人ともサングラスとマスクをしている。

「ぼくの美意識が壊れる~。あ~あ、最近は衣装でもバンダナとかしたことないのに!」

「オレの私服姿は、洗練された都会のおしゃれ!って言われてるんだぞ!なのに、この柄々の組み合わせ!!」

二人組の少年たちは、自分でしてきたコーディネートだというのに、ブツクサ文句を言いながら新幹線のグリーン車の座席についた。二人はサングラスを外すと、改めてまじまじとお互いを見た。

「ブッ!かっこわる~!」

お互い指をさして笑った。

「でも、まあ、これだけ変なら、逆に気づかれないはず!」

二人はグーパンチをした。

「昼過ぎにはあいつんとこ着くかな?」

「そろそろ知らせないと、さすがに怒られますよ!」

「そっか~。いきなり行って驚かせようと思ったけど、しゃあない・・・」


『驚くな!1時頃、おまえんち着く予定!ヨンミンも一緒!』


ジュンはメッセージをうった。いたずらっ子のような表情を浮かべて。


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