第238話 ミケの決断
「あなたがミケの母親……?」
「ええ、そうです。姿を見ればわかるでしょう? この子は私がお腹を痛めて産んだ。私とミーシャを較べてみてください」
確かに似ている。耳と尻尾の有無はもちろんあるが、ミケがこのまましっかりと成長し大人になれば、ファルメのような女性となるだろう。
「そして、この隣にいる神狼が私の夫、レオニス。ミーシャは、神狼と人間の血をそれぞれ受け継いだ子なのです」
「…………」
レオニスのほうは一言も発さず、ただじっと、娘と同じ金色の瞳で隆也のほうに顔を向けている。
見定められているような気分だ。
「だから人と狼両方の姿を持っているってことね……いかにもファンタジー世界らしい設定だこと。まあ、私にはどうでいもいいことだけどね」
「水上さん、待って」
「名上君」
隆也は、今にも切りかかろうと剣を構える詩折の肩を掴んで、その動きを制する。
「なにをするつもり」
「少し、ファルメさんたちと話をさせて欲しいんだ」
「何を言うかと思えば……ダメよ。私がいなかったら、あなた、さっきので殺されてたかもしれないのよ」
「ミケを追いかけるためとはいえ、先にここに入り込んだのは俺たちだ。……大丈夫、さっきファルメさんも『話す』って言ってたし。そうですよね?」
「ええ。この場所にいる間のあなたたちの命は保証しましょう。もちろん、下で待っている方たちのことも、特別に」
やはり、この巣にいる分だけが全てではないようだ。
メイリールたちを人質に取られている以上は、ここで大立ち回りをしてミケを無理矢理助け出すのはまずい。
詩折をその場に残して、隆也はファルメのもとへ。
周りを取り囲む神狼たちの視線を感じる。今にも足が竦んでしまいそうだが、ミケのためにも、ここは一歩も引くことはできない。
「ご主人さまっ!」
近づいたところで、ファルメの後ろにいたミケが隆也の胸に飛び込んできた。抱きとめると、小さく震えているのがわかった。
「ごめんな、ミケ。迎えに行くのが遅くなった」
「ううん、いいの。私のほうこそ、すぐに戻ってこれなくて、ごめんなさい」
頭をやさしく撫でてやると、安心したのか、ミケの震えが徐々に収まってくる。
見たところ、体に何か傷があるわけではない。とてもきれいな体だ。
ではなぜ、ミケは震えていたのだろう。ファルメとレオニスがミケの本当の両親であることは間違いないはずだが。
「……随分大切に育ててくださったのですね。娘がそこまで気を許すだなんて」
「ミケはとてもいい子ですよ。ちゃんと俺のいうことを聞いていくれますし、街の皆からも好かれている」
最近はともに仕事で出歩くことが多くなったので、ミケはシーラットのマスコット的存在として、港の人々から認知されている。特に年配の人々からの可愛がられ方はすごく、むしろ隆也がミケのおまけのような扱いすらされることも。
だから、個人的な心情からすれば、これからもミケとは一緒に暮らしていけたらと思っている。
そのために、目の前のファルメやレオニスを納得させなければならない。
「ファルメさん、お願いが――」
「ダメです。娘を再び人里に降りさせるわけにはいきません」
「それは、あなたたちとミケが家族だから?」
「もちろん、家族が一緒に暮らすのは、当然のことでしょう?」
至極真っ当な話だが、しかし、隆也にも言い分がないわけではない。
「ではなぜ、産まれたばかりのミケをそばに置いてやらなかったのですか。俺が最初に会った時、群れからはぐれたこの子はまともに栄養もとれず、毒を食べて瀕死の状態だったんですよ」
「そのようですね。それは先ほどミーシャからも話を聞きました。ですが、それは仕方のないことだったのです」
「仕方がない……ですって?」
その発言を聞いて、隆也は自分の頭がかーっと熱くなっていくのを自覚する。
自分が腹を痛めて産んだ子が最優先ではないのか。それが母親のセリフか。
「……事情をお話ししましょう。まず、前提として、神狼が人の前に姿を現すことは滅多にありません。例外はありますが、この氷の頂で、彼らは長い寿命を静かに全うします」
ミケを除いて、神狼に遭遇するのは大氷高が初めてである。シマズでミケと戦ったアレはゲッカが作り出した幻影で、本物ではない。
「もちろん、他種族との交流もしませんし、ひどく嫌います。彼らはとても賢い種族なので、もちろんそれぞれの信条は違いますが。夫でなければ、私も殺されていたはずです」
その後、ファルメは自分の出自も含めて、レオニスとの出会いから、ミケを産むことになった経緯について説明してくれた。
元々とある国の騎士団に魔術師として所属していたファルメは、王の命令によって、とある素材の収集のため大氷高に赴いていたが、竜をも凌駕する神狼の強さにあえなく敗走してしまう。
逃げる途中で大怪我を負ったファルメも死を覚悟したらしいが、そんなときに出会ったのが、ミケの父親であるというレオニスだった。
群れに内緒でレオニスはファルメを助け、その過程で、レオニスとファルメは心を通わせ、ついにはミケが産まれることになった。
そこで終われば美談だったのだが、もちろんそう上手くはいかず。
「……私と、それからミーシャの存在が、群れの一部にバレてしまったのです。他種族でも特に自分勝手な人間を嫌っていましたから、レオニスたちが狩りに行っている最中に私とミーシャは襲われて……その時に、はぐれてしまったのです」
ミケが隆也と出会ったのは、どうやらその後ということらしい。なにもわからないまま山の麓まで降りてきてしまったミケを、偶然、修行中の隆也とアカネが助けた、と。
「ですから、仕方がないこと、だったわけです。騒動がおさまった後、大きな群れから外れた私たちはこっそり麓に降り、ミーシャをくまなく探しましたが、見つからず……」
当然だろう。その時、すでにミケは隆也とともに行動を共にし、ベイロードに戻ってしまっている。いくら神狼とはいえ、さすがにそこまでは追いきれない。
「これで私からの話は以上です。少しは私たちの事情も、わかっていただけたかと」
出来すぎた話な気もするが、反論すべきところも特にない。
胸に顔を埋め、力いっぱいに隆也を抱きしめるミケを見る。
正直に言えば、手放したくはない。仕事仲間としても、また、ともに暮らす家族としても。
「ミケ、お前はどうしたい?」
「私……私は……」
隆也とファルメの顔を、ミケはそれぞれ見ている。命の恩人と、それから実の両親。成長しているとはいえ、ミケの心はまだまだ子供だから、迷うのも当然だろう。
隆也はじっと待ちミケの答えを待った。自分から求めてはいけない。求めたら、優しいミケは余計に苦しむことになる。
「……私は、」
そう言って、ミケが隆也から離れ、ファルメのもとへ歩み寄っていく。
そちらのほうが自然だと、隆也も思う。やはり誰しも、帰る場所があるのなら、そこへ戻るべきなのだ。
「……ごめんなさい。私、やっぱりご主人さまと一緒にいたい」
だが、ファルメに頭を下げたミケが選んだのは、隆也のほうだった。
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