第224話 来訪者 2


 セプテとラヴィオラに席を外させて、隆也と光哉、二人きりになったところで話始めた。


「体質が変わることで素質もそれに応じて微妙に変化するのは、まあ、表の二人もそうだから知ってたが……まさか、素質本体のほうに直接メスを入れるよう真似をするとはね」


 光哉の話によれば、吸血鬼であるティルチナの眷属になると、もれなく『不死』であることを示す状態がツリーペーパーにも刻まれるようだ。


 つまり、もし、シャムシールの言う素質の加工が可能であれば、眷属化などせずとも『設計図』さえはっきりして、加工できるレベルに達している素質持ちなら、『不死』の能力を獲得できるということだ。


 この世界の理に照らし合わせれば、それは決して不可能ではないはず。


「ってか、火の賢者のヤロー、よくそんなことやろうと思ったな。しかも、ウォルスの人間を脅かしてまでだから、かなりマジな決意も持ってるはず」


「……だね」


 後で話す、と語っていたわりに、結局シャムシールが隆也にその目的を打ち明けることはなかった。


 弟子であるレグダは、その振る舞いから事情を知っているようだが、強靭な鱗で覆われたような口をこじ開けるのは難しいだろう。


 エヴァーなら、そこらへん知っているのかも知れないが……やはり、ウォルスで別れた後、どこに行ったか分からずじまいである。


「後、気になるのは、お前がその半蜥蜴人の『木』に触れた時に響いたっていう『声』のことだ。確か、機械音声みたいだって、言ってたよな?」


「うん。人が喋ってるにはちょっと言葉と言葉の繋ぎ目っていうのかな、そういうのがおかしい気がして。それに、暗号めいた音声のこともあるし」


 隆也はすっかり元通りになった指先を見つめ、続ける。


「ツリーペーパーを通してレグダの『素質』に触れた時、変な感じがしたんだ」


「変な感じ?」


「うん。俺もはっきりとは説明できないけど。ん~……見えない障壁に触れたみたいな感覚っていえばいいのかな。障壁自体は熱をもっているんじゃなくて、障壁に触れたものに対して攻撃するというか」


「……なんかコンピューターシステムとか、そういう話になってきてんな、それ」


「話を総合するとそんな印象になるよね。ステータスとかウインドウ、アイテムストレージとか。そんな便利機能はないのにさ」


 あるのは、紙に描かれる多様極まる『木』の絵だけ。


 ますますこの世界のことがわからなくなってきた。単純に次元の違う世界なのか、はたまたなんらかの原因でゲームの世界に強制ログインでもさせられていて、今自分たちが見ているのは夢やまぼろしの類なのか。


 もしかして、シャムシールはそこらへんの疑問を解き明かしたいのかもしれない。六賢者は出自からよくわからない存在だ。魔獣ではない、天使や悪魔でもない、エルフでも精霊でもない。


 人間なのだが、人間にしてはあまりにも人間離れしている。


 六賢者はそんな存在のような気がするのだ。


「あ、そうだ。六賢者の件で思い出したけど、光哉のほうの話ってのは? 俺の師匠がどうとか、話だったような」


「ん? あ、ああそうだった。ほい、これ」


「……手紙、しかもこれ」

 

 この形式は見覚えがあった。


「受け取ったヤツに対して、強制的に時限式の転移魔法が発動するってやつな。お前たちがライゴウを六賢者に押しつけた時みたいな。それがウチの師匠あてに、森の賢者から送られてきたんだよ」


「え? 師匠?」


「ああ。俺の魔法の師匠。今は魔界のすみっこで隠居生活しているニートなんだけど。俺が養ってる」


 それもそうか、と隆也は思う。今までそれほど気に留めなかったが、光哉はムムルゥ以上に闇の魔法を使いこなしている。単純に炎だけを出す、風を起こす、雷を発生させるものと違って、相手から姿を隠したり、物陰を利用した転移魔法だったりは、この世界なりの法則にしたがって術式が構築されている。


 そういうものは一朝一夕では身につかない。書物を自分なりに読み込むか、誰かに師事するかで学ぶしかない。


「ちなみに、その師匠っていうのは」


「闇の賢者」


「ん?」


 隆也は訊き返した。


 ……なんだかまたややこしくなりそうな人物が飛び出したような。


「……ごめん、もう一回」


「だから、闇の賢者だよ。『闇の賢者』ミリガン。れっきとした六賢者の一人」


「一応、師匠たちと同じだよね?」


「そうじゃねえか? 瘴気のなかのほうが自分にはあってるとかで、魔界にいるだけだし」


 人種的な意味で。あと、やはり変わっているのは皆同じらしい。今さら驚かないが。


「そんなわけで、この手紙はお前に返しとく。それと、森の賢者のヤツに伝えておいて欲しいんだが、」


 光哉の目が細くなり、周囲の空気の温度が一段冷える。


「――俺の大事な人たちに手を出したら、その時はもちろん容赦しないってな」


 ごくりと唾を飲んで、隆也は静かに頷いた。


 これは多分、隆也に対してかけた言葉でもあるだろう。もし、ミリガンとエヴァーの二人の間で何か良くないことが起こって、隆也がエヴァーの味方をしたときは、光哉とは敵対する覚悟を決めなければならないということだ。


 それだけは絶対にないようにしなければ――。


「――ちょっと、なんですかあなたは! 止まりなさい!」


 そう思った時、ドアの向こうで護衛をしていたセプテが声を荒らげた。


「――おい、おい! 開けろ、タカヤ! そこにいるのだろう!?」


「その声は、レグダさん?」


 響いた声は間違いない、レグダのものだった。


「レグダ……さっき言ってた火の賢者んとこの弟子か。セプテ、それにラヴィオラ。構わない、開けさせてやれ」


「ご主人様……いいのですか?」


「ああ。話はだいたい終わった。闇と森と火の賢者の弟子のみが集まるなんて絶対にないからな。たまにはいいだろ」


「では……」


 少しして、勢いよくドアが開かれて、レグダが隆也の仕事場に入ってくる。


「レグダさん、どうしたんですか? 急に」


「どうもこうも……! 貴様が一枚噛んでいるのではないのか?」


「は……?」


 どういうことか、隆也にはまったく意味がわからない。


 なにか不穏なものを察知したのか、隣にいた光哉の目が真剣なものへと変わる。


「説明してください。いったい、何がどうなったんですか?」


「……シャムシール様が殺された。おそらく、森の賢者の手によって」


 伝えられたのは、この場にいる誰もが想定できない展開だった。

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