第189話 真の姿

 

 ついに表に現れた『七番目』の怨嗟の声が響くと同時、華奢なセプテの体の一部に急激な異変が訪れた。


 発光していた左目が徐々に肥大化し、そこを中心にして、色を赤黒く変色させながら顔の左半分の血管を異常に隆起させる。


 左目から頭の中へと浸食を受けて意識の主導権を奪われる苦痛。


「え、う、なんで私、私の目、目ッ……っ、ああッ……!!」


「セプテ……このっ、二人とも、はな……せぇっッ!」


「うおっ……!?」


 思わず悲鳴に似た声をあげるセプテを見て、ラヴィオラは、強引にルドラとフェイリアの二人を引きはがし、力づくで星剣を引き抜いた。

 

 ラヴィオラの魔力を通して虹の軌跡を描く切っ先が狙うのは、従者の少女を苦しめる原因となっている左の瞼。


「ラヴィオラ様待ってくださいっ、それは、」

 

「構うな! どうせセプテの左目は義眼だ。取り換えれば、問題ない!」


「そういうことでは……!」


 とっさに制止しようと飛びついた隆也より一歩早く、ラヴィオラの正確無比な突きが、セプテの瞳をとらえた。


【――そっちから来たカ、助かル】


「?! 私の剣が、飲み込まれて……?」


 貫いたと思われたラヴィオラの星剣。しかし、実際はそうでなく、極彩色の瞳に触れた先から、溶けるようにしてセプテの、いや、『七番目セブンス』の体内へと取り込まれていったのだ。


【半分に残していル分、やはり力が少し足りなイか……だが、こやつらなど、これで十分ッ……!】


「んぎっ……コイツマジか……!」


 分身である剣を取り込んだ『七番目』が、自分を拘束している光哉へと手をかざすと、その瞬間、やはり隆也では視認のできない力が、指先から肩にかけて、腕全体をあらぬ方向へとねじり上げていく。


【イイ加減貴様も邪魔ダ、魔族の小娘ェッ!!】


「やべっ……ムムルゥ躱せっ!」


「うひぃっ……!?」


 繰り出された『七番目』の横薙ぎを、ムムルゥはとっさの影転移で回避して、すぐさま隆也の背後にまわりこんだ。


「な、なんすかアレっ!? 腕が剣みたいになってるんスけどっ」


 ムムルゥの言う通り、『七番目』は分身である星剣を取り込んで、セプテの左腕を剣のような姿に変えていた。左目はすでに隆也の拳大ほどに肥大していて、避けた皮膚からは赤い血が滴り落ちている。


 浸食具合は、すでにかなり進んでしまっているとみていい。


「隆也、魔力回復薬もらうぜ」


「それはいいけど、腕の怪我は平気?」


「心配ない。俺を誰だと思ってる」


 無事なほうの左手で壊れた右腕を撫でると、光哉の魔力に覆われた箇所が、瞬く間に修復していく。


【治すか……シブトい餓鬼どもメ】


「……はっ、そっちこそ虫けらのくせして、意外にやるじゃねえか」


 余裕ぶって言って光哉だったが、それまでの余裕の笑みはすでに消えている。


 つまり、対峙している敵はそれだけの能力を持っているということだ。


 思えば『七番目』は、気の遠くなるほど昔から、少しずつでも魔族を喰らって自らの糧としていた。その時は、数千年をはるかに上回る。


 そして、それだけ喰ってもなお復活にはまだ足りず、最上級魔族の光哉と上級魔族のムムルゥにこれだけの力を見せて、まだ半分。


 ゲッカからある程度の情報は得て覚悟し、その上で光哉に加勢を頼んだのは正解だった。


 倒さなければならない。この場でなんとか食い止めなければならない。


 その場にいるほとんどが、その意見で一致した。


「隆也、そこのお姫さんを頼んだ……多分、その状態じゃ、足手まといにしかならねえ」


「! 魔族の分際で私に指図をッ……私はまだ戦え――」


「まともな武器も無いのにか? そんなんで友達と戦えんのかよ?」


「っ……!」


「……まあ、心配すんな。できる限りのことはやってやるさ」


 そう言って、光哉はラヴィオラを後ろに下がらせた。


 現状、この中でまともに『七番目』と戦えるのは光哉と、それからムムルゥぐらいのものだ。


 魔族にこの窮地を救ってもらう――ラヴィオラにとっては屈辱だろうが、『七番目』を倒し、さらにセプテを救うためには我慢してもらうしかない。


【墜落で思わヌダメージを受けたこの体……この人間ノ少女の一族に代々寄生を続け、完全修復にあともう少しというところヲッ……貴様ラ、どこで我のことを嗅ぎつけタ?】


「あ? そんな『世界を征服したいです』満々の気ぃ出してりゃ、誰だって気づくわ、このボケ」


【……話しても無駄なようダな】


「当たりまえだろ、クソ虫」


 そう言って、光哉が自分の影の中から一本の黒い長剣を取り出す。名前まではわからないが、魔界庫にあった魔剣で間違いない。


「『完全模倣』――対象――借りるぜ、『前斬魔鬼将ゼリアス』」


 瞬間、光哉の肉体がすぐさま炎のような表皮につつまれる。レッドデーモンではあるが、ライゴウではない。おそらく、先代あたりの名だろう。


【面白イ、小童の分際でなかなかの魔力……貴様を殺して喰えば、復活する分に十分足りそうダ――!】


 ぬらり、と不気味な刃を宿した左腕を突き出し、『七番目』は叫んだ。


【我の『目的』ノため、ここで喰われロッ――この星は、我ノっ、我ダケのものダッッ――!!!】

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