第148話 月守の巫女 1


 アカネの背中を追って坂の頂上につくと、そこにはごく小さくな集落があった。


 四つ、五つほどの、小さな木造平屋建ての家の集まり。


 敷地の中央にある地下水をくみ上げるための井戸と、それを明るく照らす大きな焚火が、まず、隆也の目についた。侵入者を拒むかの如く吹き荒れる吹雪は、なぜかこの場所だけは落ち着いていて、地面から生える雑草が顔を出している。


 ここが、隆也の知らなかった、姉弟子の生まれ故郷。


 ぱっと見は、その気候もあいまって、とても寂れた雰囲気を醸し出しているように思えるのだが、


「……なんかこう、あったかいですね」


「いや、寒いだろう。この場所はまだマシなほうだが、一年中、ここは真冬だ」


「天気の話じゃないですよ」


 アカネに言って、隆也は改めて辺りを見回した。


 吐く息すら凍り付いてしまいそうなほどの冷気が包むこの場所で、身を寄せ合うようにして隣り合っている家の雨戸から漏れる、暖かな光と、そこに住まう人々の声。


「うわーん! お母ちゃん、姉ちゃんが、姉ちゃんがおれのことぶった~!」


「違うもん! トビが変なイタズラするから悪いの! ねえ、お父ちゃんもちゃんと見てたでしょう!?」


 雪かきで除けたものを用いて作られた雪だるまが脇に置かれている小屋からは、そんな賑やかなやり取りが繰り広げられている。


 どたばた、どたばたという足音と、子供の甲高い泣き声が、この場所にいても響いてきた。


「……ね?」


「ああ、まあ……あそこは例外かな。うん」


 言って、アカネは呆れたような様子で肩をすくませた。どうやら、ここではままあることらしい。


「もうやだ! こんな拳骨女のいる家なんて、おれもうこりごりだ! 家出だ! 家出してやる!」


「なに馬鹿なこと言ってんの! どうせまたアカネ姉ちゃんに泣きついて、慰めてもらうだけのくせに」


「当たり前じゃ! お前なんかより、アカネ様のほうがよっぽど優しい『お姉ちゃん』なんだから!」


 そんなやり取りのすぐ後、引き戸が開いた先から、坊主頭の少年が勢いよく飛び出してくる。


 彼もおそらくはアカネ同様、鬼の末裔というやつなのだろうが、どこからどう見ても普通のやんちゃ坊主だ。


「ああもう……族長様にも迷惑なんだから、夕飯にはもどってくんのよ!」


「うっさい! 今回ばかりは絶対に戻らないからな!」


 家の中の本当の姉に捨て台詞を吐くトビだったが、しかし、今回もまた、その決心は無駄なものになってしまうだろう。


 ごめんね、と心の中で念じて、隆也はこちら側に気付いた少年と相対した。


「――トビ、またミチヒと喧嘩か? もうイタズラしないって先月約束したばかりなのに」


「げ、アカネ姉ちゃん……」


 これまでのやり取りをばっちり聞かれてしまったのを自覚したのか、トビはバツの悪そうな顔をして俯いた。


「そ、そんなことよりさ! 姉ちゃん、一人でお屋敷の外、勝手に出歩いてもよかったの? ソウジおじさんとキハチロウおじさんは?」


「二人は先に戻ったよ。私もすぐ帰るから、トビも、今日のところはミチヒに謝って自分の家に……」


 トビに対して帰宅を促そうとしたところで、彼女の後ろにいるよそ者二人の存在に気付いたトビは、その脇をすり抜け、隆也の目の前まで来る。


「うん……と、兄ちゃん達、誰? 姉ちゃんの知り合い?」


「ああっと……うん。俺達はそこにいる人の友達で……」


 と、隆也がなんとか誤魔化そうとしたところで、


「ごしゅじんさまとミケは、アカネのかぞくだよ。まえまで、ずっとごしゅじんさまとミケと、アカネとで、いっしょにくらしてたの」


「! か、家族……前まで、一緒に生活……!?」


 唐突に割り込んできたミケの言葉に、目を白黒させたトビが、隆也、アカネ、ミケへの三人へと、順に視線を巡らせる。


 そうやって何巡かさせた後、ぽん、と何か勘違いしたように、彼は手を叩いた。


 嫌な予感がした。


「えっと、トビ君?」


「み……み……」


 すう、と大きく息を吸った彼が、集落中に響くほどの声で、


「みんなああああああああああ! 大変、大変だ! 姉ちゃんが、アカネ姉ちゃんが! 彼氏とその隠し子を里に連れてきたああああああああああ!!!」


「「なっ……!?」」


 弁解をするのにとても面倒くさい勘違いを、叫んでしまったのであった。

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