第137話 ベイロード五番街


 ベイロード五番街は、支部であるシーサーペントの建物がある四番街の真反対に位置し、下層区にあたる。


 隆也の住まいからもほど近い場所にあるが、そこから見える五番街の外観は、特に荒れ果てているということもなく、普通だ。建物は三番街の古い町並みと較べると比較的新しいし、瓦礫があたりに散らばっているとか、そういうこともない。


 だが、それはあくまで外側だけの話。


「……もう真夜中も真夜中ですけど、ちらほら明かりがありますね」


五番街ここは朝でも、夜でも、四六時中こんな感じよ。ベイロードは夜のお店でも、営業時間ってきっちり決まっとうっちゃけどね。出店するにも役所の許可とかいるけど、ここらへんは、ほとんどが無許可営業やないかな?」


 酔いつぶれて半裸状態になっている男の脇を通り過ぎながら、隆也とメイリール、そしてムムルゥを加えた三人は、イカルガが示した犯人たちの根城へと向かっていく。


 大人数で行動すると目立つので、隆也達は人数を分け、ルート別に五番街へと侵入していた。メイリール、ムムルゥ、隆也の三人、ダイクとロアーの二人。アカネは単独行動だ。


「ところでタカヤ様、五番街に来る前にウチに戻ってましたけど、なんか持ってきたんすか?」


「うん。これから犯人の本拠地に殴りこむのにいるかなと思ってね」


 隆也が取り出したのは、真っ黒な何かを封入した球状の物体。このまま投擲して使うものだが、目くらましとしてとても有効なアイテムである。中身はまだ秘密。


 ムムルゥの槍であるトライオブレッドをはじめとした武具関係は全て支部に保管されてしまっているが、他のアイテムに関しては別だ。


 任務中の道具類の持ちこみも基本禁止されているが、これは任務に関係ないし、それに、証拠が残らなければ何も問題ない。そもそも支部側だってインチキをしていたので、これでおあいこだ。


「……見えた。あそこか」


 ちょうど五番街の中心あたりに来たところで、イカルガが、該当の建物の屋根にとまった。三階建ての建物に、地下へと続く階段もある。


 外から中の様子が確認できないよう分厚いカーテンがかけられていて、堂々と真夜中の無許可営業をしているその他の店と並べると、さほど目立たない。


 入口を見ると、体格のいい男ども二人が、一本の酒瓶を回し飲みしながら、なにやら下卑た笑い声をあげている。剣と、それから斧だろうか、それぞれ武器も持っているが、遠くから見る感じだと安物だ。


 ということで、大した敵ではない。


「ムムルゥちゃん、あそこの二人は私に任せてくれん? 中の奴らは私よりも強そうやけん、そっちは任せた」


「ういッス。ちょうど暴れまわってやりたいと思ってたっスから、問題ないっスよ。ねえタカヤ様、あの建物、三階から一階建てぐらいにしてやればいいっスよね?」


「無関係の人もいるだろうから……せめて二階建てぐらいにしてやれば?」


「それ、あんまり変わらんような気がするっちゃけど」


 闇ギルドは、表向き、食堂や酒場やその他夜の店、街の人々が集う憩いの場や集会場という看板を掲げている。場合によってはきちんと役所にも申請をし、許可を得て営業しているところもあるようだ。


 もちろん、それが実体ではなく、夜な夜なゴロツキどもが集っては、『集会場』から『ギャンブル場』へと姿を変え、不正な金のやり取りや、流通を禁止している麻薬などの薬物も売買も行われている。奴隷売買をやるところも。


 犯罪行為を含めて公にできない仕事の依頼なども、この時になされるようだ。


 それが、先程アカネから聞いたベイロード五番街の内情である。といっても、大なり小なり、こういうことは他の都市でも頻繁に起こっていることらしいが。


「こんな場所、さっさと潰しちゃえばいいのに……支部の方は何をやってるんだろう」


「一応、支部のほうも、ベイロード市から依頼は請け負っとうらしかよ。実際、これまでも何人か掴まえたりもしとるし。でも、こういうの実際見ると、全然やね。本当に仕事しとっちゃろうか?」


 メイリールがそう愚痴る気持ちもわかる気がする。そもそもこんな場所がなければ、今回、奪われるようなこともなかったのだから。


「まあ、そこらへんの鬱憤含めて、やっちゃえばいいんじゃないっスか? 相手も相手だし、倍返ししてやれば」


 元々あるルールを守らない輩を、ルールは守ってくれない。魔族であるムムルゥですら理解できることを理解できない奴らなどに、思いやりの心は不要だ。


「――ようしっ、それじゃあいっちょ暴れてくるけん。合図は、イカルガちゃんがやってくれるんやっけ?」


「はい。イカルガが鳴いたのを合図に、アカネさんが屋上から侵入して、遅れてロアーが火矢を放ちます。メイリールさんとムムルゥは大立ち回りして注意を惹きつけてくれれば。俺も、後でちょっとだけですが、加勢します」


「うん、待っとうけんね」


 差し出された隆也の拳と付き合わせた後、メイリールは、とん、とん、と小さく飛び跳ねて、一人、見張りの二人のもとへと向かっていった。


 一言、二言と言葉を交わし、見張りの男がメイリールの体を掴もうとした刹那に、目にも留まらぬ『早回し』で放たれたメイリールの渾身の回し蹴りが、男の側頭部をきれいに捕えた。


 さあ、殴り込みの時間だ。


 ――ピイイイイッッ……!


 時間外れの鳥の囀りが、海の街の静かな夜の空に響き渡った。

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