第83話 部屋割り


 魔城『ガナ・バレス』の内部は、思った以上に入り組んでいた。


 元々魔界にそびえ立っていた岩山を中からくりぬいて造られた要塞は、目的地に行くだけでも、階段を下りたり上がったり、一旦、窓から城の外壁に出て回り道をしたりと、現在地がわかりにくくなるように作られている。


 特に現在の城主であるムムルゥの私室や、その隣にあるという客間は特にまわりくどいルートを通る必要があるらしい。途中、ところどころで解呪ディスペルを使って、正しい道を隠蔽する魔法の解除も行っていたので、もし、隆也が一人で城を出歩こうものなら、確実に迷子である。


「――ここが客間ッスね。城内を通路だらけにしてるもんで、充分な広さがとれないのが申し訳ないんスが」


「大丈夫ですよ。あんまり広いと俺も落ち着かないですから、このぐらいがちょうどいいです」


 魔槍を創るための研究や作業は、また別の場所でする予定となっているため、この客間はあくまで荷物置きと、それから夜寝るために使うだけだ。


 八畳ほどの広さの中に、小さなベッドと革張りのソファ、それに大きなベッドが一つ。


 特に、ベッドは二人で寝ても十分手足が伸ばせそうなほどに広いので、隆也の職場兼住まいにあるシングルベッドよりは、いくらか快適に過ごせそうだ。


「よっと……副社長、これから俺のことを鍛えるということですが、何から始める予定なんです?」


「うん、まずは『錬金』からだな。タカヤ、ちなみに今の錬金レベルはいくつだ?」


「この前、師匠にチェックしてもらった時は『レベルⅤだ』と言っていました。館では主に調合とか鍛冶、重点的に鍛えられたので錬金はそこまで……」


 この世界でいう『錬金』とは、特定の鉱石や材料を組み合わせることによって、本来、自然界ではなかなか採取の難しい貴重な金属を作り出すことを指している。


 以前、隆也は自身の相棒である『シロガネ』を作った際に玉鋼を製錬しているが、あれも、この世界では錬金の一種である。


 自然界に出来ている天空石はともかくとして、それよりさらに価値が上である鉱石の『アダマンタイト』や『ミスリル』、『オリハルコン』といったものは、この錬金スキルを用いなければ、新たに産み出すことが不可能のようだ。


 もちろん、錬金レベルが高くないと、素材があっても創り出すことはできない。


 新武器、しかも魔槍クラスを開発するのなら、当然、その元となる素材から重要なわけで。


「ムムルゥさん、ちなみに、トライオブダルクに使われている金属素材ってわかりますか?」


「ダークマター、だった思うッスよ。魔界に漂っている瘴気が結晶化したもの……そう、ババアから聞いたような覚えがあるっスね」


 トライオブダルクが闇魔法との相性がいいのは、それが理由ということで考えてよさそうだ。闇魔法だけは、瘴気の影響を受けない。


 じゃあまずはダークマターの錬金から、とある程度の方向性が決まったところで。


「――あの、タカヤ様。こんな時にこんなことを言うのはどうかと思うのですが」


 レティが、隆也の荷物の中にあった着替えを、備え付けのクローゼットへ収納しつつ言った。


「えっと、どうしたのレティ?」


「はい。私達四人の部屋割りは、いかがいたしますか?」


「……あ」


 その言葉で、隆也は大事なことを忘れてしまっていたことに気付く。


 この客間は、あきらかに二人用だった。


 魔界に滞在すると決めた以上、隆也がここで寝泊まりすることは確定なのだが、では、誰と一緒に寝泊まりするか。


 客間に一つだけ置かれているダブルベッドは、あきらかに『二人一緒にここで寝ろ』と言わんばかりに、部屋の大部分を我が物顔で占有している。


 ソファもあるにはあるが、こちらはあくまで一人で座るための小さなものでしかなく、睡眠には圧倒的に不向きである。 


「ちなみにムムルゥさん……そっちの私室はどんな感じで……?」


「部屋の装飾がちょっとだけ豪華なだけで、基本的に間取りは一緒ッス……ちなみに、ベッドも同じもの……はっ!」


 ここで何かに気付いたムムルゥと、言い出したレティの視線がかち合った。


「……レティ、ここはもちろん空気読んでくれるっスよねぇ?」


「? いったい何をおっしゃられているのですか、お嬢様? あなた様にはご自分の部屋があるではありませんか。私がタカヤ様とベッドで寝ますから、そちらはそちらで自分のベッドでおくつろぎくださいませ」


「なあっ――!?」


 もう一人の当事者である隆也をよそに、魅魔族二人の瞳が突如、火花を散らし始める。


「だ、ダメダメ! ダメっスよ、そんなの!」


「なぜですか? 二人ずつで部屋を割るなら、私とタカヤ様、お嬢様とフェイリア様で問題ないのでは?」


「も、問題大アリっスよ! レティがタカヤ様と、そ、その、一緒に寝るだなんて、そ、そんなこと、もしそんなことになったら……!」


 それは確かに問題だと隆也も思う。ヒトと魔族。種族が違うとはいえ、生物学上、オスとメスであることは間違いない。


 もし、隆也がレティと一緒に寝ることになっても、隆也からレティに何かすることはありえないだろう。彼は今も変わらず意気地なしの童貞である。


 だが、その逆については、決して保証されない。なぜなら、レティは、隆也のことを一人のオスとして好きだと公言しているからだ。


 最近、職場で寝る時は、常にミケか師匠が隣にいたので必要以上に迫られることはなかったが、その障害が消えた今、まず間違いなくレティは隆也を誘惑してくるだろう。


 そうなると、たとえ受け身一辺倒の隆也でも、ちょっと耐えられそうにない。魔族とはいえ、レティは絶世の美女といって差支えないのだ。


「では、お嬢様がタカヤ様と夜をご一緒されますか? お嬢様がそこまで殿方と同衾したいというのであれば、お嬢様のメイドとして、その強いお気持ちを尊重させせていただきますが」


「そ、そそそれはっ、そんなことは……あうう」


 ちらり、と隆也のほうを見つめたムムルゥは、顔だけでなく首元付近まで肌を上気させている。


 先程のミヒャエル達手下とのくだりもそうだったが、これだけ慌てふためくムムルゥは、隆也にとって新鮮なものに映る。


 正直なところ、ちょっとだけ彼女のことをかわいいと思ってしまったが、それは彼女には伝えられそうにない。


 結局、部屋割りについては、見かねたフェイリアが助け船を出したことで、隆也・フェイリア組とレティ・ムムルゥ組へと分けられることとなった。これなら間違いは、おそらく起こらないだろう。

 

 ということで、結局、隆也は床で寝ることとなった。

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