第81話

「ああ、そうだろうな…。わかってたよ」


 希久美は、今度は泰佑の手を握った。


「ところで、なんでこんなになっちゃたんですか?」

「ふふふ、情けない」


 泰佑のその後の言葉が出てこない。希久美は握っている手の力を強め、泰佑を力づけた。励まされた泰佑がようやく口をひらく。


「実はね…」


 泰佑は、シェラトンホテルで希久美に話したと同じストーリーを、かすれる声でゆっくりと話し始める。


「…。好きになった女性を男として愛せない。女性としての幸せをあげることができない。そんな自分が息もできないくらい情けなくて、彼女のことも自分のことも忘れたくて仕事してたら、いつの間にかここに運ばれてたんだよ」


『うわっ、ねえこれってすごくない。石津先輩の頭の中にある、まぎれもない本心を聞いたのよね…』

『シッ!』


 テレサの興奮した声がイヤホンを通じて聞こえてきた。


「石津先輩、その女のひとがそんなに好きなんですか?」

「ごめん、菊江にはわるいけど…」

「その女、やめた方がいいですよ。石津先輩を殴ったり蹴ったり、薬盛ったり、挙句の果てに遊びで先輩をホテルに誘ったりしたんでしょ。何考えてるかわかりません」

「でも、何やらせてもカッコいい女性なんだぜ。…焼いてるのか?」

「違います!もっとも死んでしまった私には関係ないですけどね」

「安心しろ、親友がお見合いしている相手なんだから、これ以上近づかないよ」

「お見合いだなんて…」


『そんなこといいから!薬が効いてる時間は短いのよ、次へ行って!』


 ナミに遮られて、希久美の質問は次の段階へと進む。


「でも、どうして私とだけできたんでしょうね?」

「そうだね、どうしてかね」

「私と出会う、もっと、もっと前のこと話して下さいよ」


 泰佑は、今度は何も答えなかかった。何かが飛び出さないように、まぶたと口を固く閉じているようだった。希久美はベッドにあがると、泰佑の傍らに横たわり、腕枕をして泰佑の頭を包んだ。泰佑は、希久美の香を体に取り込むように深く息を吸った。


『ちょっと、オキク。あんた何やってるの?』


 ナミの問いにも答えず、希久美は質問を続ける。


「安心して話してください。私はここにいるし、ずっと先輩を見ているから…」


 泰佑は、希久美の腕の中で大きくため息をついた。


「何から話せばいいんだ…」

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