第76話 後片付け2

 スロープを上がり1階層にやって来ると、これまた酷い光景が目に飛び込んできた。

 罠を仕掛けていた蜂の巣部屋が、嵐が通り過ぎた後の様にしっちゃかめっちゃかになってしまっていたのだ。電線は絡まり、千切れ、罠はずたずた。通路に嵌め込んでいたニードルビーを閉じ込める蓋もバラバラになって部屋に散らばっている。


 敬太がダンジョンに来て、初めて作った罠。この罠を作るまでに、どれだけ苦労したと思ってるんだ・・・。


「ニャーン。」

「ゴルぅ~・・・。」


 敬太が落ち込んでいるのが分かるのか、ゴルが足に絡まる様にしてじゃれて来てくれた。心優しい猫を足元から抱き上げ心を落ち着かせるが、残骸が残る罠があった部屋を直す気も、片付ける気も湧いて来ず、ただ茫然と眺めていた。


「行こうか・・・。」

「ニャー。」


 いつまでも落ち込んでいられる状況でもないので、とりあえずダンジョン内、及び周辺の状況確認を最優先事項とし、「探索」のスキルを使いながら隠れている追っ手が居ないか確認しながら移動して行った。



 ダンジョンの入口の門があった場所まで来ると、ここも思っていた通り、敬太お手製の門が粉々に破壊されていた。木片が飛び散り、打ち付けてあった鉄板がひん曲がり散乱している。


「はぁ~、ここもか・・・。」


 分かっていた、分かってはいたのだが、実際に手間暇かけて作ったものをここまで木っ端みじんに壊されてしまっているのを目の当たりにしてしまうと、どうしてもため息が漏れてしまう。

 

「ニャーン。」

「ゴル大丈夫だよ、ありがとね。」


 そんな敬太を心配したのか、またもやゴルに励まされてしまう。


 フンと鼻から息を吹き出し何とか気を持ち直し、「探索」を使い辺りを警戒しながら追っ手が他に居ない事を確認しダンジョンの外に出ると、そこには壊されてしまったストーンゴーレム達が無造作に積まれ、山となっていた。

 切断されバラバラになっていたり、核を割られその動きを止められてしまったゴーレム達。数十体では効かない数百体規模の残骸の山がダンジョンの入口から半円を描くようにして堆く積まれ散らばっていた。中には拳大の「偵察部隊」も数多く見られる。無駄な抵抗と分かっていても玉砕攻撃をしてくれたのだろう。


 ゴーレム達の残骸は雑木林の方にまで続いており、さらに先に目を向けると、壊されたストーンゴーレム達で道が延々と出来上がっていた。それは見えなくなる所までずっと続いている。きっとこの調子だと、ダンジョンを囲んでいる崖に作った門も壊されているのだろうと、諦めにも似た現実逃避をしてしまう。「形あるものは必ず壊れる」そんな言葉が頭を過るが、最早慰めにもならない。


「ゴーさん。大変だろうけどみんな回収してあげてね・・・。」


 敬太の左手首にバングルとして擬態しながら巻き付いているゴーさんに声を掛けると、分かったとばかりにシュタっと敬礼ポーズを返してくれた。


 空を見上げれば、既に日が落ち闇が迫って来てしまっていた。




 ガックリと肩を落とし全ての作業を放棄して改札部屋の扉の前に戻ると、丁度モーブも見回りから戻って来た所で、蛍光灯の明かりに照らされながらゴーレムを連れて歩いているのが見えた。


「モーブ、そっちはどうでした?」

「うむ。9階層まで見て来たが異常は無かったぞ。」


 1階層、3階層、5階層、7階層、9階層とダンジョンの奇数階に仕掛けた罠は、1階層と同じ様に全て破壊されていると覚悟していたのだが、どうやら最悪の事態にはなっていなかった様だ。

 敬太はホッと胸を撫で下ろした。


「良かった・・・。」

「うむ。奴らもゴーレム達との戦いで大分消耗しておったのじゃろう。わしからすれば、ここまで辿り着いた事が既に驚きべき事じゃったからのう。」


 ダンジョンの外には約1,000体のストーンゴーレム、ダンジョンの中には約100体のアイアンゴーレム。それらを全て倒し3階層の改札部屋前まで攻め込むのは、いくら手練れとはいえ大変だったのかもしれない。結果的には進入を許してしまったのだが、敬太が作り上げた守りはそれなりに効果があった様だった。

 加工のしやすさから木が基本となってしまった門などの防衛設備や、アイアンゴーレムを作り出す事が出来るのに数が多く面倒でストーンゴーレムのまま運用してしまった事。防衛手段の改善点は次々と思い浮かぶ。


 とりあえず今日は時間も時間だし、改札部屋に戻って少し落ち着きたい。色々あって精神的に疲れてしまっていたのだ。


「モーブ。ダンジョンの入口の門が壊されちゃってたんですけど、どうも今日は疲れちゃったので、復旧作業は明日からでいいですか?」

「うむ。そうか。わしは住まわせてもらっている身じゃ、ケイタの好きにしたらいいじゃろう。」



 モーブに許しを得たので一緒に改札部屋に戻ると、子供達とゴルが元気に出迎えてくれた。

 

「おかえりー。」

「おかえり~。」

「ニャー。」


 平常運転の子供達の出迎えの声に敬太は少し驚いてしまう。ゴルは兎も角、子供達の切り替わりの早さが凄いと思ったのだ。

 先程まで改札部屋の扉の先にまで追っ手が迫っていて、何とか撃退出来たものの、子供達もそれなりに危険や恐怖を感じていたはずなのだ。それなのに今はもうケロっとしている。

 敬太は未だに気を抜くと膝が震えそうなぐらい追っ手との戦いで緊張していたし、ビビっていたというのに・・・。

 まだ幼いクルルンとテンシンの方が、命のやり取りをする修羅場を数多く潜り抜けているという事なのだろう。改めて逃亡奴隷として逃げていた日々の過酷さを思い知ることが出来た。



 なんだか子供達に逆に勇気付けられてしまった敬太は、気落ちしているのを悟られない様にいつも通りに振舞い夕食、風呂なんかを皆で騒がしく済ませていった。すると、気が付いた時には敬太の気持ちは平常の心持に戻る事が出来ていた。どうやらバタバタと日常の生活を過ごすうちに、自分が守ったものを感じる事が出来、誇りが持てて「間違っていなかった」と気持ちに整理をつける事が出来ていた様だ。


 敬太は父親の事もあり、結婚する事が出来ていなかったが、何気ない暖かな家庭と言う物も悪くないと思ったのだった。




「モーブ、あとクルルンとテンシンも。今からウサギの子の様子を見るから手伝って。」


 気持ちが落ち着き、ようやく頭が働いて来た所で、やらなければいけない事を思い出したので、テーブルで飲み物を飲みながら談笑しているモーブ達にも手伝って貰う。


 敬太が事故入院から戻ってきてモーブに告げられたことは2つあって、ひとつは既に片付けた追っ手達の事だったのだが、もうひとつ奴隷のウサギの子の手足が腐りそうとも報告があったのを思い出したのだった。


 敬太ひとりでウサギの子のが寝ている寝室に入ってしまうと、人間嫌いのウサギの子は多分暴れてしまうので、獣人のモーブ達に緩衝材になってもらう。


 先に寝室に向かわせて、敬太が傷を見たい事を説明してもらい、寝室に入る事をウサギの子に告げてもらった。


「ケイタいいぞ。」


 しばらく改札部屋で待っていると、寝室に入っていたモーブから声がかかった。


「入りますよ~。」


 敬太はウサギの子を刺激しない様に、猫撫で声を出しながらゆっくりと寝室に入って行く。


「ううううぅぅぅ~。」

「おっちゃんは怖くないぞ。」

「怖くないよ~。」

「うぅ・・・。」


 寝室に敬太の姿が見えると、ベッドに横になっているウサギの子は低い唸り声の様なものを発し始めてしまった。枕元にいるクルルンとテンシンが怖くないとウサギの子を宥めているが、体が動かせないウサギの子は目で敬太を威嚇し続けて来る。


「ごめんね。ちょっと傷の具合を見せてもらうよ。」

 

 それでも傷を見ないといけないので、子供をなだめる様な声を出しながら敬太はウサギの子に近づいて行った。

 

 奴隷商が逃げる為に囮としてフォレストウルフ達の中に投げ込み、いたるところを噛み千切られている状態のウサギの子の手足は大きく腫れどす黒く変色していた。

 敬太は怪我に詳しい医者では無いので詳しい事は分からないが、確かにこのまま放っておくとまずそうだって事だけは一目見て分かった。


「ちょっと写真撮るね~。」


 写真って意味が通じるか分からないし、説明してと言われても面倒なので、敬太はサッと「亜空間庫」からスマホを取り出し、勝手にカシャカシャとウサギの子の手足を撮っておいた。

 現実世界に戻ってネットで調べるのにも、傷の状態とか色つやなんかを記録しておいた方が良いと思ったからだ。


「うううぅぅぅ~。」

「大丈夫だよ。」

「大丈夫~。」

「うん、ごめんね。もう終わりだから、すぐに出て行くからね。」


 ウサギの子はスマホの写真のカシャっという音に驚き、また唸り声を上げ始めてしまったので、敬太はとっとと寝室から退散した。




「どうじゃった?」

「うん。詳しくは分かりませんが、良くない状態だって言うのは間違いないようですね。」


 敬太が寝室を出た後、ウサギの子を落ち着かせてから出て来たモーブが傷の様子を聞いてきたが、やはり当たり障りのない一般的な答えしか返せなかった。


「うむ。そうか・・・これも運命か。仕方があるまい。」

「・・・。」


 スマホの時計を覗くと22時12分。

 なんだかんだとあった1日だったので疲れてはいたが、先日酒に飲まれたせいで遅くまで寝ていたのが良かったのか、まだ眠気はやって来ていない。


「モーブ。ちょっと調べて来ますね。先に寝てて下さい。」

「うむ。そうか。」


 ウサギの子の手足は一刻を争う程ダメになってしまっているのか、はたまた既に手遅れなのか、それともまだ猶予があるのか。敬太が見ただけでは何も分からなかったので、現実世界に戻りネットで調べるだけでも調べておこうと思ったのだ。

 モーブの様に諦め、手足を失わせる事を受け入れてしまっても良いが、まだ出来る事があるんじゃないかと。素人判断は危険かもしれないが、何もやらないよりはマシだろう。


 出掛けるのにパッっと辺りを見回したがゴルが見当たらなかったので、ゴルが寝床にしているダンボールを覗き込むと、既にスヤスヤと寝息をたてていた。

 わざわざ寝ているのを起こしてまで連れて行くような用事でもないし、今夜は置いて行く事にする。


「それじゃ、行ってきますね。」

「うむ。」


ピピッ


 改札を使って現実世界に戻った。


 夜の駅は人も疎らで閑散としていた。

 帰宅ラッシュが終わり、飲んだくれらが溢れ返る前の隙間の時間だった様だ。


 駅構内でひとり立ち竦みスマホで調べ物をしているのは目立つ感じだったので、近くにある24時間営業のファーストフードの店に駆け込んだ。

 店でコーヒーを1杯だけ頼み、席に着くと早速スマホに指先を走らせる。


 怪我、化膿、黒い、壊死ニキ。関連しそうなキーワードを入力し、ウサギの子の手足の状態に近い症状、画像を探す。




ジリリリリリリン


 クリニックのホームページや怪我の経験者のブログなんかを読み散らかしていると、突然敬太のスマホの画面が切り替わり黒電話の着信音が店内に鳴り響いた。

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