第35話 ご都合主義
片腕の猪族モーブの叫び声が聞こえた方に、静かに草をかき分け進んでいく。
派手な音をさせないように慎重に、かつ迅速に。
20m程進むと大きな木の傍に辿り着き、その木から覗き込む形でモーブの姿を発見する事が出来た。
モーブは血まみれになりながら地面に座り込み、背中に2人の子供をかばっていた。左腕はダラリとチカラ無く垂れていて、その代わりに肘から先が無い右腕を付き出して牽制している。
敬太が木の棒では頼りないだろうからと渡していた、鉄パイプは地面に転がっていて、ニヤニヤした3人組が踏みつけていた。
「手間かけさせやがってよ~。」
「へへへ~。」
3人組は皮の鎧の様な物を身に着け、剣や短槍を持ってモーブを囲むような形で陣取っていて、余裕の笑みを浮かべている。こいつらは多分モーブの言っていた追っ手なのだろう。
子供達がモーブの傍に2人しか見えなかったので、付近を見回す。
すると、3人組の後ろの方の地面に倒れる首の無い小さな体が2体横たわっているのが見えた。傍らに転がる兎族のヤムチャルと鼠族のチャオズンの首が無念そうに虚空を見つめている。
短い期間だったが、敬太に懐き、一緒にご飯を食べていた子供達の物言わぬ姿に、得も言われぬ恐怖を感じ、脚が震え出してしまった。
一旦、木の後ろに隠れ心を落ち着かせる。
「ふ~~~。」
深呼吸して、頭の中を整理する。
モーブは傷だらけになりながらも必死に抵抗しているのだ。こんな木の陰でビビって震えている場合じゃない、覚悟を決めろ。今、手を差し伸べてやれるのは自分だけなんだ。ここで踏ん張らなければヤムチャルとチャオズンに合わせる顔が無いぞ。
敬太は自分自身に言い聞かせ、気合いを入れ直す。
最近、使う機会がめっきり減ったがいつも肩にかけて持ち歩いていたクロスボウを肩から外し、いつもの手順で準備にかかる。
輪っかを足で踏み弦を引くとフックのところでカチッと音がしてしまい、焦って動きを止めて周りの気配を伺ったが、そこまで大きな音では無かったようで、3人組が敬太の方に向かって来る事は無かった。
小さくため息を吐き、矢をセットしたら、ゆっくりと木の陰から顔を出して標的を決める。3人組で一番手前にいるのは、剣を肩に乗せてふんぞり返ってモーブを見下ろしている奴だ。
クロスボウを構え、銃床部分を肩に付けて安定させ、狙いを付ける。
しかし、体が震えていて、狙いが定まらない。
「落ち着け・・・。」
3人組がいつモーブに襲い掛かるのか分からないのだ。怯えて震えている場合ではない。
気持ちを落ち着け、ゆっくりと息を吸い込み深呼吸し、もう一度深く息を吸った所で動きを止める。
素早く標的の動きを読んで狙いを付けたらトリガーを引く。
ヒュッ
小さな風切り音を残し、40cmのアルミの矢は敬太の狙い通り、剣を持った追っ手の首に吸い込まれていった。
追っ手が反応するより早く、クロスボウを地面に投げ捨てると、木刀を手に持って木の陰から前に躍り出る。
敬太が姿を現すと同時に、首に矢が刺さった男が受け身も取らずに派手に地面に倒れた。そのおかげで皆の注目が倒れた男に向けられ、一瞬の隙が出来た。
「瞬歩」
敬太はその隙を突き、新しくATMから買っていたスキルを使う。
「瞬歩」は読んで字の如く、一瞬で歩みを進めるものだ。
瞬く間に、木の前から短槍を持っている男の前に移動出来た。
「剛力」「転牙」
これもまた新しく買っていたスキルの連続使用になる。
「剛力」は僅かな間身体強化してくれる物で「転牙」は突きスキル「通牙」の上位版だ。
短槍を持っていた男は突然目の前に現れた敬太の攻撃の前に、為す術もなく吹き飛んで行った。
残るはもう1人、同じく剣を持っている男だけになったのだが、中々の手練れらしく敬太の「転牙」の後の隙を狙い突っ込んで来ていた。
しかし、これも想定内だ。
既に新しいスキル「見切り」を発動させており、男が振り下ろしてきている剣の軌道は読めている。
軽々と軌道から体をずらし剣を避けたら、このタイミングでまた新しいスキルを使う。
「タールベルク」
これは「連刃」の上位版になる。「連刃」は2連続攻撃で、「タールベルク」はその上の3連続攻撃だ。
木刀を一度振り下ろすとタタタっと小気味良い音が鳴り響き、3連打をもろに喰らった剣を持った男は、白目を向いてバタリと地面に倒れた。
周りを見てから残党が居ないか確認して、それから傷だらけのモーブの元に駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「うむ。助かったわい。」
「ゴルベのおっちゃん。」
「わ~~ん。」
どうやらモーブは傷だらけで血を流し過ぎ、チカラが入ら無い様で立ち上がる事も出来ないみたいだ。
だが、受け答えは出来るぐらい意識はしっかりしているようなので、ウエストポーチからポーションを取り出し投げつけた。
「急いで飲んで下さい。」
しかしモーブは片腕が無く、もう片方の腕も動かせない程の傷を負っているのを忘れていた。
投げつけたポーションはキャッチされる事無く、モーブの体に当たってしまい地面を転がっている。
どうも、しっかりしていないのは敬太の方だったようだ。
初めて人を倒してしまった事に興奮し、落ち込んでいて、動揺していた。
「あ、ああ。すいません。」
「う、うむ。」
敬太はすぐにしゃがみ込みポーションを拾ってモーブに飲ませてやったのだが、手の震えは治まっておらず、少しだけポーションをこぼしてしまった。
「うむむむむ・・・。」
例のポーションの効果で五臓六腑に染みわたるような感じになっているのだろう、モーブが唸りだし子供達が心配そうに見つめている。
敬太は子供達に「大丈夫だよ」と声をかけてあげたが、唸って苦しそうにしているモーブにしがみついていて放れようとしなかった。
しばらくするとモーブはハッをした顔をして立ち上がり腕を動かしている。どうやらポーションが効いたようだ。
「大丈夫ですか?」
「うむ。すまない。」
「いいです、気にしないで下さい。それより追っ手は、これで全部倒したと考えていいのですか?」
「いや、それは分からん。逃げ隠れしている身なのでどうなっているか全然分からんのじゃ。」
それもそうか。人目を避け、誰も来ないような所に隠れ続けていたんだ。情報なんて入ってくる訳が無いのは少し考えれば分かる事だった。
「これからどうするんですか?」
「うむ・・・。また逃げるだけじゃ・・・。」
モーブは色々と諦めているのか自嘲気味な答えだった。
敬太は腕を組み少し考えた。
もしかして今回の追っ手の襲撃を許してしまったのは敬太のせいではないのだろうか?
まずモーブ達に餌付けの様な事をしてしまった。敬太のエゴで勝手に食料を渡し続けてしまった。そのせいでモーブ達は無暗に移動出来なくなり、敬太が探し出しやすい位置の拠点に居座り続けるようになってしまったのではないだろうか。
「また来ます」なんて言われたら、施しを受けている側からしたら、拠点を移動させ辛いだろう。また食料を持って来てくれるならば「ここに居ますよ」って示しておかなくてはならない、と思うようにしてしまったのではないだろうか。
それは追っ手側から見ると「見つけてください」と言ってるのと同じ事だったのではないだろうか?
考え過ぎなのかもしれないが、敬太がモーブ達と接触していなければ、今回の襲撃は未然に防げたのではないだろうか。
そうなるとヤムチャルとチャオズンを殺してしまった責任の多くは敬太にあると思わざるを得ない。
中途半端な偽善が悲惨な結果を招いてしまったのかもしれない。
「ダンジョン《うち》に来ますか?・・・いや来て下さい。」
「うむ・・・。いやしかし・・・。」
「少し遠いですが大丈夫です。クルルンとテンシンを連れて来て下さい。」
敬太は覚悟を決めて、責任を持ち全面的に面倒を見るつもりでモーブをダンジョンに誘った。あそこならば追っ手に襲撃されても跳ね返せるような作りに改造できるし、ゴーさん達もいる。今いる森よりは安全だろう。
「追っ手がまだいるかもしれません。手早くヤムチャルとチャオズンを弔って、ここから移動しましょう。」
「うむ。そうじゃな、ここに居座り続けるのは危険じゃ。」
とりあえず敬太のダンジョンに向かうかどうかは置いといて、全員で手早く墓穴を掘った。
モーブの鉄パイプや拾ってきた木の枝を使い、大きな木のたもとに、小さな穴を掘る。
それからモーブと敬太で遺体を1体ずつ抱えて、クルルンとテンシンが切り離されてしまった頭をそれぞれ抱きかかえ、墓穴に埋葬した。
こんな形でしか外される事が無かった奴隷の小さな首輪が2つ、空しく地面に転がっているのをしばらく見つめてしまう。
倒した追っ手を確認すると、3人とも息は無く死んでいた。
敬太がぼんやりと感傷に浸っている間に、モーブが短槍できっちり止めを刺してくれたようだ。
子供の首が切り飛ばされ殺されているのを目の当たりにし、怒りと、反撃が怖く殺られる前に殺らなければという恐怖で3人組を倒してしまったのだが、殺してしまう程では無かった。だが、モーブからすれば追っ手を殺してしまうのが、自分たちが生き延びる事に繋がるのだろう。
敬太がとやかく言う事では無い。
モーブと子供達を見ると追っ手の装備を剥ぎ取り、漁っていた。なんとも切り替えが早く、浅ましくも逞しいところを見せられて感心した。
子供達に手招きされ敬太も皮の鎧を剥ぎ取るのを手伝う。
子供達は所持品を漁りコインの様な物や、ナイフをなんかを剥ぎ取っていた。追っ手は死んでしまっているので文句は無いのだが、この光景は実際に現場に居合わせると何とも言えない気持ちになる。
不意にとトンと後ろから肩を叩かれたので振り返るとモーブが1本のアルミの矢を渡してきた。どうやら敬太がクロスボウで首に打ち込んだやつを引き抜いてきてくれたらしい。
「ありがとうございます・・・。」
「うむ。」
敬太も矢を引き抜いて持って帰らないとなぁと考えていたが、ちょっと死体の首から引き抜く勇気がなかったので目を逸らしていたのだ。モーブが代わりにやってくれたので助かってしまった。
モーブの姿を見ると血が付いた短槍を手にしている。あれで止めを刺してくれたのだろう。敬太には「殺すな」とも「殺してくれてありがとう」とも、どちらが正しく、どうすれば良かったのかは分からなったので何も言えなかった。
モーブ達が生きていく事を考えると止めを刺して殺すのは当然なのかもしれない。
敬太だけが覚悟も無く、甘い考えなのだろう。改めて考えさせられた。
殺した男達は身包みを剥がし打ち捨てたまま、敬太のモトクロスバイクまで戻り、剥がしてきた戦利品を出来るだけ積み込んだ。
敬太は、みんなに「ちょっと待ってって」と断りを入れてヤムチャルとチャオズンを埋めた場所まで、また戻り、墓前にそれぞれが好んで食べていた菓子パンを1個ずつ置いて手を合わせた。
「ごめんな・・・。」
目を瞑り、自分の考えの甘さを反省し、許しを請う。
「何でパン置いてるの?」
「何してるの?」
後ろを振り返ると、残った子供達が不思議そうに敬太の事を見ていたので、
「お腹がすいたら困るだろ。」
と、答えてやると微妙な反応をしていたが「弔いの心」は伝わったようで神妙な顔をしていた。
「さて、行きましょうか。」
あまりのんびりとしている訳にもいかないので、みんなに声をかけて移動を開始した。
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