望まぬ転生‐2

「な……っ!完全に騙された…!」


 魔法陣から放たれた光は、俺の視界を完全に塞ぎ、体は何か特別な力で押さえ付けられているようで、動かない。声だけが辛うじて出せるというような状態だ。


「ふふーん。私の眷族になりたくないとは、聞いてないわよ?」


 なんて屁理屈だ。酷すぎる。


 こんな女神がいてたまるものか。そしてそれの眷族になるなど最悪だ。


「そんな選択肢、出してなかっただろ!」


「うるっさいわね!あんたが素直に異世界転生しないからこうなるのよ!」


 なんて事だ。人のことを騙したうえで逆ギレまでしやがった。


「あんたそれでも女神か!」


「そーよ!これでも女神よ!そしてあんたはその眷属!悪かったわね!」


 何かこれを止める方法が無いかと必死に考える。


 しかし、それも虚しく転生は終わってしまったようだ。光は段々と眩さを失い、魔法陣も小さくなって閉じてしまった。


 体に外的変化は無かった。だが、自分の中に何か入り込んでいる様な感覚に襲われた。


 その不快感からか、転生によって体へ負担がかかったのか、俺は、その場でばたりと倒れてしまった。






                       *






「あちゃー、やっぱり倒れちゃうかぁ」


 私は、自分の眷族となった男、ハヤトに近寄って、あるものを確認する。


「うん。でもまぁ、ちゃんと指輪は顕現して、成功かな」


 ハヤトの右手、人差し指にはめられた指輪には、しっかりと私の名前が刻まれていた。この指輪は、眷族としての証であり、私が授けた能力も、これを通して発現される。


 また、この指輪は、ハヤトの意思だけでは外すことが出来ない。私が許可するか、誰かに外されるか。


 指輪が外れた瞬間、ハヤトは私の眷族ではなくなる。


 今回行なった転生は、眷族転生というものだ。私はハヤトに能力を授け、女神として守護を与える。ハヤトは私に忠誠を誓い──これは無理矢理だったが──命令を果たす。そういった契約の下、この転生は成り立っている。


 私が指輪を外すことを許可した場合は、単なる契約の解除として見なされ、再契約も可能である。


 が、誰かに外された場合、私は守護という役目を果たせなかったとして、契約破棄、、、、となり、二度と契約はできない。


「……ちょっと、不安よね。」


 契約破棄になった時のことを考えている訳では──ないことはないが。別にハヤトに思い入れがある訳では無い。ただ、私の眷族は、この男が初めてだった。これから先、うまくやっていけるのだろうか?それが子の言葉が指すところだった。


 ──正直、私の第一印象は最悪だと思う。


でも、ハヤトを私の眷族にしたのには、理由がある。


 異世界に行ってもらわないと困る。というのもあったが、この男は今まで見てきた人間とは全然違う。私自身が興味を持ったのだ。


 今までの人間と違うのは、私が最近この第四神級に昇級したばかりというのも、あるかもしれないが。


 死者はありとあらゆる世界からこの神々の空間へ連れてこられ、まず最初に、第二神級「裁定の神」によって、生前の経歴や業を測られ、それに見合った神の下へ送られる。


 だから、下神級の神には、ろくでなしが送られたり、しょうもない死因の者が送られたりもする。


 神級、というのはそのままの意味で、神としての位を表す。神は、神として認められると、一部例外を除き、基本第十神級からその活動を始める。


 その活動で、上位神様に功績が認められると昇級することができる。


 活動というのは、自分の世界の管理が主である。


 また、自分が気に入ったり、上位神様からの御意向があった場合は、死者は自分の世界に転生させることもある。──自分の眷族にすることも。


 私は、数千年もの間、努力を積み重ね、やっとの思いでこの神級までやってきたのだ。


 だから、そろそろ一人くらいは、特別扱いをする人間がいてもいいだろう。


「うん。しっかりやっていこ」


 私は不安を押し込んで、これからを見ていくと決めたのだった。






                       *






 目が覚めると、白い天井が目に入った。緻密な装飾細工が仕込まれた照明が目に入る。


 周りを見渡すと、神殿の様な作りの一室だった。柱で区切られた大きな窓から、日の光が差し込んでいる。


「……ここは」


 倒れる前の記憶はハッキリと残っている。だが、例の異物感はなくなっていた。


 それにしても、俺は真っ暗な謎の空間にいたはずだ。そして、女神に騙されて……


「そうだ、あの女神は?」


 俺がここにいるということは、あの女神が運んできたのだろう。しかし、肝心の彼女が見当たらない。俺を騙して勝手に眷族にした、あの女神が。


機会をみて辞めてやろう。というか、今すぐ辞めたい。そのためにも彼女に会わなければ。


 俺が寝台から起き上がろうとした丁度そのとき、扉が開いた。


 そこから入ってきたのは、やはりというか、女神だった。


「起きたようね。調子はどう?」


「調子は悪くないが、機嫌は良いとは言えないな」


「……そう。……そうよね」


 彼女が急にしゅん、とするので、思わず俺も困惑した。


 彼女は少しの間、もじもじとした後、口を開いた。


「まずは、謝らせて。……ごめんなさい」


 突然の謝罪だった。俺は彼女に対して、絶対に謝りそうもない、自分の非を認めなさそうな人間、というか女神だといった印象を抱いていた。反応に困る。


「そうよね、突然謝っても困惑するわよね」


「あ、あぁ……」


「私だって、自分勝手だと思うわ。だから……ごめんなさい」


 はぁ、この女神にも困ったものだ。初手で謝られては、俺も怒りにくくなってしまうものだ。


それに、眷族の契約解除の話も切り出しにくくなる。


 俺はもうこの女神の眷族だ。謝っているにしても、あの女神のことだから、下手に何か言ってはまた逆上するかもしれないし、何をされるかわかったものじゃない。


「いや、もういいさ……。俺はもう女神アイラの眷族なんだろう?どうせ長い付き合いになるんだ。……いつか辞めてやるけどな。ここで無駄に言い合っても、お互い困るんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、彼女はほっとしたような、驚いたような顔をして、こう言った。


「……やっぱり、あんたは他の人間とは違うみたいね」


「……?どういうことだ?」


「なんでもないわ」


 やはり、この女神のことはよくわからない。いきなり謝ってきたり、しゅんとしたかと思えばいきなりいつもの調子に戻ったり。まぁ、さっき自分でも言ったが、長い付き合いになるのだろう。その内わかればいいさ。話題を変えよう。


「ここはどこなんだ?見た感じ、神殿の様だが」


「そう、ここは神殿。あなたにとっては異世界の、私にとっては自分の世界の神殿」


「結局、異世界には来てしまったんだな……」


 俺としては納得のいかないところもある。が、来てしまったのは来てしまったのだし、もう非現実的だろうが何だろうが受け止めると決めもしたのだ。彼女の初手謝罪にも免じて文句は言うまい。


「私の世界って言うのはね、ここの人々は、私を神様として崇めてるってこと」


 俺としては、こんな女神が一つの世界から信仰されていることに疑問を覚えるが、この世界の人々からしたら、彼女はさぞかし神聖なものなのだろう。早速、価値観の違いを感じてしまった。


「じゃあ、この神殿は君を奉っているということか」


「えぇ、そういうことね。あんた、察しがいいじゃない」


 彼女は満足そうに頷くと、ビシッと俺を指さした。


「そして、わかってると思うけどあんたはその女神さまの眷族!だから、あんたには私の手伝いやら何やら、いろいろやってもらうからね!」


「自分の仕事くらい自分でやってくれよ……神様なんだろ?」


 どうせ彼女のことだ、くだらない雑用を任せてくるに違いない。……しかしまぁ、それが眷族というものか。


「そうね、私も今までそうしてきたし、これからもある程度は自分でやるわ?でも、私にだってやりにくい仕事もあるの」


「例えば?」


「この神殿から出なければいけないこと全般よ。神は管理者であるけれど、得てして信仰の対象なの。あまり世界に直接干渉しないほうがいいわ。あんたにはわからないかもしれないけど、そういうものなの」


「じゃあ、今までこの神殿から出るときにはどうしていたんだ?」


「毎回姿を変えたり、声を変えたりして、素性を隠したわ。それでも協会などには近寄らなかった。気づかれないように、大変だったわ」


「なるほど」


「しかも、神殿から離れるほど、私の神としての力は弱まってしまう」


 そういうことか。神としての素性を隠したうえで、こっそりと外部で仕事をしなければいけないこともあったらしい。さらに、神殿という力の制約もあるらしい。それでは確かに不便だっただろう。


「それで、眷族の俺の出番ということか」


「そういうこと。力を貸しなさい?もちろん、拒否権などないけれど!」


 彼女は、自信満々にそう言った。そちらの方が彼女らしいとも思える。


 いつか絶対に眷族なんぞ辞めてやる。そう思っていることに変わりはないが、悪い気もしない。むしろ、案外面白そうだとも思えてきた。


「よろしく。──あぁ、女神さま。敬語は必要ですか?」


「何よ今更!逆に馬鹿にされてるみたいで嫌。このままでいいわ。──よろしくね」


俺たち二人──女神様とその眷族は、やっと。一応、同じ方向を向けたのだった。

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