第18話 私、モテてたんですか? 鈍感で悪かったな
翌朝、これしきのことで二日酔いになる私ではない……と大見得を切りたいところだったが、頭痛がした。
まあ、仕方が無いな。
しおしおとシャワーに入り、服を清潔なものに着替え、しぶしぶ朝食をとった。
それから、少し考えた。
また、ライフル撃ちを止めるわけにはいかない。
競技会の成績が悪くても、実戦では十分な成績を上げている。
でも、評価はされない。
確かに少しさびしいような気もするが、今までだって、たった一人でこうやって来た。成果は上がっている。結果は嘘をつかないのだから。
ドアを開けて外へ出て、基地へ行く。
また、あの荒野に一人で立つ。オレンジ色の太陽とくぐもったような夜空。糧食は何がいいかな? 一人で味わう煮しめたような紅茶の味。
早く行かないと、また、ろくな糧食が残っていないに違いない。魚だの鶏だのはいやだ。あとで時間が出来たら、射撃場へ遊びに行って、思う存分撃ちまくってやろう。
基地へ出勤すると、ジェレミーがさっと振り返った。マイカがにっこりしてくれた。
「おはよう」
オスカーがうれしそうで、ナオハラがにやついていた。昨日、そういや裸踊りしていたな。ナオハラは二日酔いじゃないのかな。
「また、一週間だよね? それとも、前の作戦の続きだっけ?」
「一応、一週間分の装備。この前のグラクイ大出現は、後始末が大変過ぎた。もう二度とやりたくないよ。いつもと同じメニューに戻す」
「よし。まず、糧食の確保だ。この間は2回連続で食べられちゃったからな」
「……食い物の話好きだな……」
「うん」
倉庫へ入り込んで、せっせと糧食を漁り始めた。鶏も部位によっては悪くないが、ササミのサラダなんかいやだ。
「ノッチ、夕べはギルと一緒だったそうだな?」
オスカーが、ふらりと倉庫にやってきた。
「あー、そうそう。ハンスの店でね。ナオハラがテーブルの上で裸で踊っていたよ」
「えっ? なんだ、それ。まずいんじゃないか」
オスカーは、全裸を想像したらしかった。それは違う。
「ハンスが『スナイパー隊と飲もう』って言う会を月一回やってるそうだ。知ってた?」
「うん。行ったことは無いけどね。おれはスナイパーじゃないし」
「ナオハラだって、スナイパーじゃないさ。鉢合わせしたんだ。十パーセント引きだとか言ってたけど。猛烈に飲んでたよ」
オスカーは、そんな与太話より私のほうに関心があったらしい。まじまじと見据えた上で、慎重に、でも、さりげなく聞いた。
「あんた、ギルと一緒に帰ったって? 酔っ払って」
「めっちゃ酔っぱらってた。確かに。飲みたい気分だったんだよ」
私は夕べのことを思い出して、少し嫌な顔をした。ギルのことじゃない。その前のことだ。
「じゃあ、ギルと付き合う気になったのかい? ナオハラが言ってたけど……」
「は? 何の話?」
私は、糧食から目を離して、オスカーの顔を見た。
「昨日、ハンスの店では、ギルが君の隣に腰掛けた時から、みんなが固唾を飲んでいたそうだ。ギルが、あんたに、べた惚れなのはみんな知ってるし、みんなギルのことをいいヤツだと思っているし、うまくいけばと祈るような気持ちだったらしい」
思いがけない展開だった。
「べたぼれ? 全然、知らない。誰かほかの人の間違いじゃない?」
オスカーがため息交じりに言った。
「いいえ。違います。あんたのことです。良くある話だろ、入隊しました、先輩にきれいなお姉さんがいました……」
オスカーの顔をまじまじと見つめた。うそを言っているわけではないらしい。
きれいなお姉さん……なんか、イメージが違うと思うが。ギルの目は大丈夫なんだろうか。
夕べの店の様子を思い出した。
「じゃあ、妙にシーンとしていたのは……あと、出て行ったら、急に歓声が起こってたのは……」
「そう。うまくいったので、みんな大喜び」
「うまくいったって、どういう意味?」
オスカーが困ったような顔をしていた。
「うーん、おれもあんたが付き合いましょうって、OKするとは思えなかった。」
恐ろしい誤解も世の中にはあったものだ。
「おかしくないか? それ。考えてもみろ。ギルは二三、私が三十近く。ずいぶん年が離れている。ギルが私を好きだって? みんなが本気でそういう勘違いをしてるのか? そういう場合って、私が悪者になるのか? 一緒に帰らなきゃよかったよ。みんなにそう思われているだなんて、ギルが気の毒だ」
「あのな、どこを勘違いしてると言ってるのかがわからんが、少なくとも、ギルは本気だ。一緒に帰ったくらいで、カップル成立とはギルは考えないだろうけど」
私はかなり困った。
「オスカー、誰からもそんな話は聞いてもいない。少なくとも私は知らない。ギルは本気なのかな?」
「知らないと言い切られても……。そりゃ誰も教えてくれないだろう。だけど、全然、感じ取れもしなかったというのかい?」
「全然、知らん。大体、本人も何も言ってない。ガセじゃない?」
「ていうか、あんた、それ、ひどくないか? まあ、元々他人に関心がないとは思っていたけど。ちょっとは、気づいてやれよ」
「うーん、なんか、夕べ、ハンスが妙なこと言ってたような。その話だったのか。でも、周りにカップル成立と思われていたら、それだけでギルは傷つく。気の毒だよ。いいやつなのに」
「困った話だ……あんた、ちょっと……鈍感なんじゃ」
オスカーは、途方にくれたらしかった。私は、まだ三日分しか集めていない糧食を眺めて考えた。
「知らん振りして過ごすしかないよ。一回くらい一緒に帰ったくらいでなんなんだ」
「あんた、誰とも一緒に帰ったりしないだろ。少しは人と付き合ったらどうなんだ」
いや、昨日はちょっと、事情があって……でも、説明はめんどくさかった。
オスカーもジェレミーも、とても仲が良かった。仕事の上での話だが。
ギルだって同じだ。
三人とも、荒野に出ても、あるいはほかに倉庫の片づけをしたり、いろんな記録や請求書の申告をしたり、銃の手入れをしたり、とにかく何をするにも、要領を得ていて、他人に手間をかけさせない、そして協力しあえるいい関係だった。
冗談も愚痴も言えるし、たまに食事を付き合うことだってあったし、飲みに行くこともあった。
確かにギルは優しかった。
なんというか、果てしない優しさだった。
それは、たとえば、オスカーやジェレミーには頼まないことを頼めるような優しさだった。
どんな無理でも喜んで聞いてくれそうだった。例えば、私的なことなんかでも……家具が重すぎて、動かせないとか……ワインを買い込み過ぎて運べなくなったから一緒に運んで……って、どこのアホ女だ。自分で運べ。さもなくば、手配してから買え。どんだけ飲む気だ。
ええと、ワインだったらOKか。一緒に宅飲みしましょうと言う暗号で、これは頼んでもいいかな? でも、化粧水の大びんが安かったから買っちゃったけど荷物多すぎで運べない、こっちのはNGでふざけんなって言われるレベル?
いや待て。この事例集は、全部、彼氏かそれに近い男の取説で、ギルは違う……
そこまで考えて、崖っぷちをのぞき込んだ気がした。
ダメじゃないか、私。
無理を頼んだことはなかった。仕事仲間の線を越えたことなんか無論ない。
でも、何でも喜んで聞いてくれそうだということには気が付いていたのに、それがどうしてなのかには頭が回ってなかった。
確かに、噂だけではないかもしれない……。
いや、違う。噂ではないそうだ。今、オスカーがそう言った。
さっき、オスカーが言いかけたのは、「あんた、ちょっと鈍感過ぎない?」みたいなセリフなんだろう。
人と付き合いたくないというのは、こういう深読みがものすごく手間だからだ。
誰かが倉庫をのぞき込んで、バルク少佐が呼んでいると声をかけた。
急に冷却された気がした。バルク少佐には悪い予感しかしない。
ジェレミーの席に着くと、バルク少佐は、顎で座れといすを指し示した。
やっぱり機嫌がよさそうではなかった。何を頼んでも、聞いてくれそうもない。
「夕べ、もう少し、自己推薦してほしかった」
少佐は疲れた様子で文句を言った。
「お任せくださいの一言くらい言えないのか、君は」
「どんな仕事だかわかりませんが、百パーセント確実は無いと思いました」
「百パーセント確実は、誰にも無い。
野外で七百メートルを一発でも当てられたのは君だけだった。だから、君が、最も私たちが希望しているスナイパーに近い。
君は五発を全部当てた。ほかに選択の余地は無い」
私はだいぶ当惑した。事情を知らないので、どう振る舞えばいいかわからなかったのだ。
「少将は、もう少し人を当たれといわれた。民間のスナイパーをという意見だった。無理だ」
「無理ですか」
「ダメだ。軍の中で処理してしまいたい。民間人に何が出来る。機密の保持が全く出来ない。民間が優秀で軍がダメだという考え方は間違っている。少将は文官出身なんだ。それに時間がもう無い」
事情がわからない私は黙っていた。それを察してか、少佐は、言葉を続けた。
「とにかく、少尉には待機を命ずる。動くな。夜は寝て、昼間、起きておけ。いつ徴集がかかるかわからない」
「あの、いつもの作戦のほうは?」
「行くな。君は、リストから外れたわけじゃないんだ。出動するなら、昼間だ。昼夜逆転する作戦の参加はもってのほかだ。体調に万全を期しておけ。チームはオスカーに任せとけ」
それから、彼は付け加えた。
「大体、酒臭いぞ。そんなに飲むくらいなら、自己推薦の練習でもしとけ。君よりずっと腕の無い連中の大言壮語を聞かせてやりたいくらいだ」
ジェレミーとマイカが、遠巻きにしていた。
「ジェレミー!」
少佐が大声で呼ばわった。
「ノルライド少尉を荒野には出すな。待機させろ。後は頼む」
ジェレミーとマイカ、オスカーを始めとしたバルク隊の連中は、目を丸くしていた。
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