第10話

「霧が……! みんな、離れるな!」


 シャドウが現れる前兆の霧に気づいたレヴォルが一行に向かって叫ぶ。

 ほどなくして、レヴォルたちが予期していた通り、シャドウの記憶が流れ込んできた。


◆◇◇

 エクスたちが慌てた様子で何かを探して駆け回っている。仲間の一人が焦った声を出す。


「…カオステラーは、あの鏡はどこだ⁉ 早いところ、あの鏡を見つけ出さねば…!」

「ツヴェルク、そっちでなにかわからないか?」

「いま、必死こいて探しとるのじゃが…! 仲間もみんな、混乱していて…!」


 エイダとクロヴィスの言葉にツヴェルクが答える。その様子を見ていたレイナが急に立ち止まった。


「見つけても無駄よ…」

「レイナ…?」


 いつもの彼女らしくない気弱な声で俯いて続ける彼女に、仲間たちもまた足をエクスとファムも足を止める。


「いまの私は『調律』の力を失った…。鏡を見つけても、どうすることもできない…」

「…いつまでそんな弱音を吐いてるの? 前にも言ったでしょ。あなたには、私たちがついているって。ビビる必要はないの。なにかあったら、遠慮なく仲間を頼れって前にも言った―――」

「…自分の気持ちすら信じられなくなったのに、いったい誰を信じろっていうの…?」

「あっ…」


 レイナを安心させようと言った言葉だったが、逆に反論されてしまう。顔を上げて言うレイナの瞳にどこか既視感を感じる。

――…初めて出会ったときの目だ。

 ファムとレイナが初めて出会ったとき。故郷の想区を失くしたばかりでレイナは心を閉ざしていた。‘‘沈黙の霧’’の中でぼうっと立ち尽くしていたあの時もこんな目をしていた。


「私には本当に、たしかなものなんてなにもなかった。全部が偽りだった。過去も、感情も、戦う理由さえも…! …わかってるわよ。本当は戦わなきゃいけないことくらい…。このままじゃいけないことくらい…。けど、怖いのよ…! また『調律』の力を…あの『怪物』を、私の中に宿すのが…! だって私のあの力は、なにも守れなかったじゃない! タオのことだって…私は…」

「見つけたぞ! あいつらがいるのは、玉座だ!」


 魔法の鏡を探していたツヴェルクがレイナたちに向かって叫ぶ。

 エクスとファムは顔を見合わせると頷いてレイナの手を引っ張って玉座へと向かった。


「エッ…なんなのですか、これは…」

「本当にこれは、この世の光景なのか…。まるで終末の風景じゃないか…」

「見ろ、あの向こうにいるの、例の鏡とロキじゃないか⁉ それにもう一人いる少女…あれが、カーリーか…!」


 玉座の間に到着すると、すでに想区の崩壊が始まりかけていた。空にひびが入り、今までに見たこともないこの世のものとは思えない風景がそこには広がっていた。

 玉座の近くにいるロキとカーリーの様子を見てファムが苦笑いを浮かべる。


「なんか儀式っぽいのを始めてない? これ、速攻で潰しに行ったほうがいいんじゃないの?」

「速攻するためには、あれを倒していく必要がありますけどね」


 シェインが指差した先にはヴィランの大群がいた。恐らくロキとカーリーの『儀式』が終わるまでの時間稼ぎだろう。


「この光景…。また繰り返されるのね…。…なんのために私はここまで来たの。なんのために、いろんな人の想いを踏みにじって、『調律』をして…。私の旅には、なんの意味もなかった…。本当に私は、空っぽな人間…」

「…そんなことない」


 レイナの言葉にエクスが呟いた。不思議そうにするレイナの目をじっと見つめ、自分の想いを伝える。


「…エクス?」

「いままでの旅になんの意味もなかったなんて、そんなこと、絶対にレイナの口から言わせない。それを証明するために、僕は戦う」


 シンデレラの想区から連れ出して度に連れて行ってくれたこと。仲間の過去を知って、これからもずっと一緒にいると誓ったこと。悩んで迷って、それでも想区を守るために『調律』をすると決めたこと。

 他にもたくさんのことがあった。想い出があった。たくさん悩んで、うんざりするほど迷って、それなのにはっきりとした答えは出なくて。

 けれど、その全部に意味がなかったなんてことはないはずだ。


――たとえ君の本心だったとしても、僕はそんな言葉は否定してやる。


 エクスの言葉にシェインも頷いて、レイナに告げる。始まりは偽りでも、今のこの仲間たちとの絆は本物だと信じたい。


「…シェインも行きますよ。タオ兄が帰ってくるまで、タオ・ファミリーを守らないといけませんから。こんなところで立ち止まってる暇はないですよ」


「…レイナ。私は君や君の仲間と出会えた運命を誇りに思っている。だから、いまだけは君の盾でいさせてくれ。なぁ、クロヴィス」

「俺は巫女の事情などどうでもいい」

「おまっ…!」


 エイダがクロヴィスに同意を求めるが、クロヴィスはふんと鼻を鳴らして「どうでもいい」と切り捨てる。


「俺はエクスの拳だ。エクスが仲間のために戦うのなら、それに従うまで。戦うのに、それ以上の理由が必要か?」

「…やっぱり素直じゃないな、君は」


 エクスが仲間のために、レイナのために戦うことを分かっていての言葉だったのだ。エクス以外のことなどどうでもいいというような態度をとっておきながら、やはり仲間のことは心配なようだ。


「わたしも、いきます。戦うのはコワイ…。でも、みんながいるこの世界が消えるのは、もっとイヤだから…」

「私もです、姫。王妃様もそれを望んでおられるはず。君も来るだろ、ツヴェルク」

「むろんじゃ!」


 白雪姫とヴァルト王子、それからツヴェルクまでもがエクスたちの戦う意志に同調する。この想区を、この想区に生きる人々の想いを守りたい。それが彼らの戦う理由なのかもしれない。

 多くの仲間たちがレイナを励まそうとし、レイナのために戦おうとするのを見たファムはレイナに言う。いつもの茶化したような調子ではなく、いつになく真剣な表情がレイナを見つめた。


「レイナ。あなたにその気がなくても、みんなはヤル気満々みたいだよ。たしかなものはない? なに言ってんの。よーく目の前を見てみなよ。これは全部、あなたが私と別れてから、一人で始めた旅の中で集めてきたものたち。あなたが持っている、本当の‘‘たしかなもの’’、だよ。」

「…………」


 レイナの瞳が涙で揺らぐ。

 ‘‘たしかなもの’’なんか何もないと思っていた。偽物の自分にふさわしく、全てが等しく偽りだと。

 エクスがレイナに手を差しのべる。


「一緒に行こう、レイナ。この悪夢を…君の悪夢を、終わらせるために」

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