第4話

「霧が出てきたわ、みんな注意して!」


 いつものシャドウの行動パターンから推測するに、霧が現れ始めると間もなくシャドウが出現する。それを見越してアリシアが一行とレイナに注意を促す。


「レイナ……、それにシェインも。久しぶりだね」

「エクス……っ!」


 霧の中から少年の声が聞こえる。レイナとシェインには耳なじみのある、よく聞いた仲間の声が。

 声が聞こえてきたのとほぼ同時に、一行全員の脳裏に映像が浮かぶ。それは過去の記憶。シャドウとなってしまったヒーローの、まだ英雄だったころの記憶だ。


◆◇◇

「えーと、どうも、みなさん、こんばんは。こんな森まで観光ですか? それとも商売? 大勢で集まっちゃって賑やかですねぇ」


 青髪の少年が少し焦ったような笑顔を浮かべながら話しかけている相手は黒い妖精のような怪物――そう、ヴィランだ。当然ながらヴィランは少年に何も答えない。


「おっと、怖い顔で睨まないでくださいよ。僕はただの通りすがりのモブですから」


 両手を上げて敵意はないことを示そうとしながら、少年はちらりと別の方向へ目をやった。

 そこにいるのは一人の少女。顔はよく見えないが、金髪に赤い服を着た少女が木の下敷きになって気絶している。そこを怪物たちが何人も囲って、今にも飛びかかりそうに見えた。


「…ひとまずさ、その子から離れたらどうです? 倒れた木の下敷きになった女の子を大勢で取り囲むとかどういう趣味してんですか」


 今度はさっきのようなおどおどとした口調ではなく、まっすぐヴィランの目を見据えて迷いなく言い放った。どんな事情があるにしても、見るからにか弱く、まして期の下敷きになっていて何も抵抗ができない状態の少女を取り囲んでいるなんてどうかしている。

 できるだけ事を荒げたくはないが、そんな状況はどうしても見過ごせるわけがなかった。


「う……ん……ヴィラン⁉ なにしてるの、あなたっ! 早く逃げてっ!」

「クル! クル! クルルルルアアアアア!」


 目を覚ました少女が少年に向かって叫ぶ。少しきつい言い方になってしまっているが、その声音からは彼を心配する様子が伝わってくる。と、同時にヴィランが少年に向かって鋭い爪のついたその手を振りかざした。


「おっと、ギリギリ回避! 大丈夫、君? 自力で抜けられそう?」

「…だめ。足が挟まって動けない。…私ひとりなら、どうにでもできるから。あなたはこのまま私を置いて逃げて」

「そんなわけにもいかないでしょ。いくらなんの役目も与えられなかったモブでもさ、意地ってもんがあるんだから…」

「なんの役目も与えられなかった…? まさか、あなた…」

「クル! クル! クルルルルアアアアア!」


 少女が何か言おうとしたのを怪物の気味の悪い叫び声が遮る。今にも二人に襲いかかってきそうで、これ以上悠長に話している時間はない。


「やっぱり交渉は無理そうか。仕方ない、木刀での我流剣術だけど…全員まとねて相手になって…!」

「待って! お願い、これを…『導きの栞』を使って!その『導きの栞』をあなたの『空白の書』に挟んで! ヴィラン…あの怪物たちと戦う力があなたに宿るはずよ!」

「『空白の書』? …もしかしてなんにも書かれていない、ページが真っ白の僕の『運命の書』のことを言ってる?」

「お願い、私を信じて! 『空白の書』を持つあなたなら、ヒーローの魂ともつながるはずよ!」

「…なんだかよくわからないけど、わかった! 君を信じてみるよ!」


 少女から渡された不思議な形の栞を自分の『運命の書』……彼女からは『空白の書』と呼ばれたそれに挟む。すると体の芯が熱くなり、自分の体がどんどん組み変わっていくような感覚に陥る。誰かの意識が入ってくる。しかしそれは決して嫌な感覚ではなく、優しい、温かい感覚だった。


――さあ。いくよ、エクス。あの大木の天辺へ!

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