第565話 天誅
それは、本当に突然の出来事だった。
前例のない次元降下作戦で
兵士たちは、その姿に驚愕する。
ほどよく日焼けした精悍な顔つき、何度も死線をくぐった者だけが持つ特有の鋭い目つき、実戦で鍛え上げられた無駄のない体躯。そして……なぜだか剥き出しになった機械の手脚――
間違いない……
それは、3か月前に自らを犠牲にして日本を救った、第一戦闘団第一小隊長にしてオメガチームリーダー、石動士郎その人であった。
その彼に、一団の影が一斉に飛び掛かっていく。え――!?
だが、周囲の兵士たちはすぐに顔をほころばせた。飛び掛かっていったのが、オメガたちだったからだ。
「士郎ッ!」「士郎さん!!」「士郎きゅんッ!!」「「中尉ッ!?」」
もみくちゃにされた士郎は、あっという間に地面に押し倒される。
「お……おいっ!? 分かった! 分かったから――」
「うわーん! 士郎さんッ」「士郎きゅん士郎きゅんッ!」「もう! 心配したんだぞッ!?」
だが、そんなところにも当然、敵の銃火が殺到する。ここは戦場のド真ん中なのだ。
ガガガガガガッ――
チィンッ――プィンッ!!
「ま、マズいッ! さ! みなさん、少し態勢を整えましょう!」
騒ぎを聞きつけた田渕が、慌てて駆け付ける。だが、その田渕自身、信じられない様子で少々浮き足立っているのが傍目にも分かった。だって……
隊長が、生きていた――!
その事実は、このベテラン兵士をして落涙を止められない。それでも、彼の元来の生真面目さがこの場の態勢立て直しを優先させた。
「――第1分隊はここに橋頭保を築けッ! 中尉をお守りするんだ!!」
「ウゥオッ!!」
香坂分隊長をはじめとする兵士たちは、士郎とそれに群がるオメガたちを中心とし、あっという間に全周に警戒線を張る。やがて何枚もの防弾盾がそこかしこから搔き集められ、期せずして小さな陣地がその場に築かれていった。
***
周囲には相変わらず銃火が飛び交っていた。だが同時に、兵士たちの奮戦によりある程度の範囲が徐々に制圧されつつあった。おかげで橋頭保の周りは、少しの間なら落ち着いて話ができる程度には制御されつつある。
そこでようやく田渕は、オメガたちに抱きつかれたままの士郎に向き合った。
「――隊長……よくぞご無事で――」
途端、田渕の目には再び熱いものがこみあげてくる。何せ田渕は、自分が隊長のお陰で生き永らえたことを、オメガたちから聞かされていたからだ。
「タイムリープ」という“やり直し”によって、自分が死なないルートを彼が切り拓いてくれたのだ……という説明は、何度聞いても今一つ理解できないでいたのだが――
いずれにせよ、田渕にはあの地下街で自分が一度絶命したという自覚がどことなくあって、でも未だにこうして命を繋いでいることが、恐らくそれを裏付けているのだろうくらいには、オメガたちの話を受け入れていた。
だから、やっぱり隊長が生きていた――というその事実に、胸を熱くせずにはいられなかったのだ。そう――石動隊長は、まさに「命の恩人」なのだ。
「……田渕曹長こそ……よかった……」
すると、士郎の機械の右腕にひしと抱きついていた
「――士郎きゅん、田渕さんは今、曹長じゃなくて少尉なんだよ!?」
「え? そうなんだ!? それはよかった……って、え――!? 今日はいったい何日だ!?」
突然の質問に、田渕は困惑しながらも答える。
「えと……実はもう、あれから3か月経っています。今はもう9月です」
「え――……」
途端、士郎の顔が硬直する。
「う……ウソ……だろ……」
田渕は最初怪訝な顔でそんな士郎のリアクションを見つめ返し、そして唐突に何かに気付いたような顔で改めて彼に向き直った。
「隊長――隊長の中では、あれからどれくらいの時間が経っているのですか!?」
「どれくらいって……そりゃつい昨日のことだが……」
――え……!?
昨日!? 本当なら3か月経っているというのに、隊長の中ではあの
「正確には、一日半だ。時間にして、30時間から40時間くらい経ったか……」
士郎が自分の腕時計を見ながらそう告げるのを見た瞬間、田渕は無線機で叶を呼び出す。こりゃ大変だ――
***
「――そりゃあ間違いない……『ウラシマ効果』だよ。中尉と我々の間には、どうやら約60倍の時間差が出来てしまったようだ」
駆け付けた叶は、士郎との再会をひとしきり喜んだあと、そう言い放った。
「ウラシマ効果?」
「あぁ、おとぎ話の浦島太郎を知っているだろう?」
「あの、カメを助けたお礼に竜宮城へ行った人の話ですか?」
「うむ。浦島太郎は、竜宮城で乙姫さまの歓待を受け、ようやく陸地に帰ってくるのだが、その時に貰ったつづらを開けた途端、白髭の爺になってしまったという。これは、竜宮城と地上で時間の流れが違っていたという現象を表しているといわれているんだ」
「時間の流れが異なっていた……」
「あぁ。そして、これこそがまさに『特殊相対性理論』の現象をおとぎ話で著した、世界でも稀有な例だとされている。この場合、竜宮城はもしかしたら地球ではない別の星、あるいは宇宙船ではなかっただろうかという説さえある」
「なんで宇宙船――」
「特殊相対性理論では、光の速さに近づけば近づくほど、時間の流れが遅くなるとされているんだ。この場合浦島太郎は、光速に近い移動を行ったことで、地球との時間の流れに誤差を生じてしまったのではないかとされている。あの話のシチュエーションは、到底地球上だけの出来事では完結しない」
亜紀乃が、目を丸くして聞いていた。まさか馴染み深いおとぎ話の裏に、そんな仮説があったなんて……という顔だ。くるみが食らいつく。
「それと士郎さんの話が一緒だと!?」
「あぁ、間違いないだろう。だって、あの地下街で李軍が作った特異点だって、その中と外で時間の流れが違っていたじゃないか。異世界に転移した中尉の身に、時間の歪みが生じたとしても、何ら不思議はない」
そして肝心の士郎はというと……
すっかり深刻な顔になっている。だって――
「えと……少佐……あ、いえ――今は叶中佐でしたか……でも、以前我々がここ『
まさにそこである。前回は何事もなかったのに、なぜ今回は――
「そりゃあもちろん、中尉が通ってきた次元通路が、恐らく
「――!! だから……だからあれほどの――」
突然士郎が目の色を変える。一体どうした――!?
その時、橋頭保の周囲で突然どよめきが起こった。直後――
「みんなッ――!」
「「「「「……
そう――それはまさしく、神代未来だった。
石動士郎の傍には、必ず彼女がいるとは思っていたが……やはり――
それからオメガたちとの感動の再会が繰り広げられたのは言うまでもない。
なんなら先ほどの士郎の時よりも、それは熱烈だったかもしれない。だってオメガたちは、未来のその異能にひとかたならぬ敬意を抱いていたのだから――
私たちの石動士郎を、その身をもって守ってくれた未来ちゃん――
それから二人が語ってくれた「この一両日の話」は、叶やオメガたちの想像を遥かに超えたものだった。それはまさに、次元移動の凄まじさを物語る話だ――
「――じゃあ、あの大和の砲弾は、こっちで爆発したんだね!?」
叶が、驚きとともに念押しをする。
「えぇ――俺たちはあの直後、まさに次元を跳躍したんです。ハッキリと分かりました……突然時空が歪み……それどころか、自分たち自身の肉体さえもバラバラに、粉々に粉砕されたような気がしたんです」
それは、つい先ほど特戦群と帝国軍兵士たちが経験した現象に、極めて酷似していた。
「――それはとても長い長い……敢えて言えば、何かのトンネルをくぐっているかのような感覚でした。その時視界に入っていたのはお互いと……大和の砲弾、そして――李軍でした」
「光速に近い移動をしていたのは、まさにその瞬間だったのかもしれない……」
叶が指摘する。確かに、先ほどの『ウラシマ効果』が発現するとしたら、まさにこの部分に違いない。
「――そして、突然どこかに着地したような感覚があったんです。それがまさにここ――『幽世』でした」
「――それを目の当たりにしたのは私です」
またしても突然、声が上がった。驚いて一同が振り返ると、そこにいたのはまぎれもない『出雲守備隊』の髙木隊長だ。
「たっ……髙木隊長ッ!?」
叶は、驚きのあまり立ち上がる。オメガたちも、彼の出現に驚きながら、それでも喜びの方が勝る。
「隊長さんっ!?」「よかった! 無事だったんですねっ!?」
「えぇ、おかげさまで……皆さん、お久しぶりですね……」
それは、心の片隅でほんの少しだけ予想していた、懐かしい再会だった。当然ながら、士郎たちが『幽世』から帰還したあとの髙木たち自由日本軍の消息については、誰も把握することができていなかったのだ。いったいあの後、彼らに何があったのか――
「――我々は、皆さんが残していってくれた最新の武器と戦術システム、そして大量の弾薬のお陰で、なんとか占領軍を押し戻すことができました。そしてついに、首都東京へ攻めあがったのです」
髙木は、目を輝かせながら語る。
「……でも、さすがに占領軍総司令部のある東京は、大要塞と化していました。皆さん方国防軍が空爆を重ねていてくれたお陰で敵地上軍はほぼ姿を消しており、我々が攻めあがった直後はそれなりに優勢だったのですが……」
いつの間にか、多くの兵士たちが訊き耳を立てていた。もちろん橋頭保の外側では、相変わらず戦闘が続いていたのだが、今や帝国兵たちは掃討戦に移行している。自然、兵士たちも英雄たちの話に意識が向く。
「――占領軍は、大規模な反攻に打って出てきました。そのせいで、自由日本軍は返り討ちにあってしまった……敵本陣で、壊滅の危機に陥ってしまったのです」
ゴクリ……と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。辺りは異様な静寂に包まれている。
「そこで我々は、やむを得ず一時後退を図りました。ズタズタになった前線をいったん下げ、軍の立て直しを図ろうとしたのです。ですが、占領軍はここぞとばかりに逆に追撃戦を仕掛けてきた――その時です。大規模攻勢に転じたその占領軍のド真ん中で、突然大爆発が起きました」
「それが……中尉だったというわけか」
叶が納得したように呟いたところに、士郎が補足する。
「――はい、どうやら俺が一緒に持ってきた大和の砲弾が、そこで爆発したようなんです。ですが――」
「その爆発は、とても通常爆弾とは思えないほどの破壊力でした……」
髙木が再び口を開く。その時の情景が目に浮かぶのだろうか……その顔が、紅潮していた。
確かに大和の五式弾は、それなりに凄まじい破壊力を秘めている。何しろ地下深くに堅牢に構築された敵施設を、完全に破壊することを目的として製造された砲弾なのだ。だが、それをも遥かに上回る爆発とはいったい……
未来が話を継ぐ。
「――えっと、それは多分、核爆発に匹敵するくらいの規模だったの」
――っ!?
核爆発だって……!? 何度も言うが、未来はかつて「本物の」核爆発を目の当たりにしている。その未来が言うのだから、それは決して大袈裟でもなんでもないはずだ。
「――なるほど……それでさっき中尉は、すべて腑に落ちたような顔をしたんだね? 中尉達の次元転移が、シュバルツシルト面を通過したようだという話に……」
「えぇ、その通りです。中佐、もしも通常爆弾がそうした時空の歪みを通過した場合、これほどのエネルギーを蓄積する可能性は――」
「もちろんある! それどころか、必然と言ってもいいくらいだ。何せシュバルツシルト面には、この物理世界のありとあらゆるエネルギーが吸い込まれていくんだからね。そこを振り切って別の次元に到達した時、その無限のエネルギーを引きずって現れる確率は、ほぼ100パーセントだといっていいだろう」
「だからあの砲弾は……まるで核爆発のような破壊力を持っていた――」
未来がようやく納得したような顔をする。いっぽう髙木は、頬を紅潮させながらこう言い切った。
「――なるほど……詳しい仕組みはよく分かりませんが、その凄まじい爆発を見た瞬間、我々自由日本軍はこう思ったのです。これは、我が日本を脅かす占領軍に対する、まさに“天誅”だと――」
天誅――
それは天――神などの人智を超えた存在――が、悪行を行った人間に下す神罰のことだ。
「――そして我々はその爆心地から石動中尉と神代未来兵曹を見つけ……そしてそれを機に、一気に反転攻勢に転じました。今度こそ、占領軍の息の根を止めるのだと……それが昨日のことです。そして一夜明けた今日、我々は最後の総攻撃の真っ最中なのです。ただし戦況は一進一退……全体的に押してはいますが、ちょっとでも油断すればすぐに攻勢の矢を折られ、敗退しかねない厳しい戦況です……」
そこに我々が現れた、というわけか――
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