第73話 処刑

 ミニバイクの暴走集団が交差点で立ち往生した瞬間。


 ダダダダダダッ

 ダダダダッ

 ダダダダダダダダッ


 スクランブル交差点の四方八方から、まるで削岩機のような重い連射音が轟き――

 同時にバキャバキャバキャッ――


 という凄まじい破壊音が反響した。

 辺り一面に火薬の匂いが立ち込める。


 ドゥンッ!!

 一台のバイクが火を噴いて炎上し、辺りにもうもうと黒煙が立ち昇った。


 憲兵たちが、一斉に交差点の中央部に向けてライフルを連射していた。

 何の警告もない、一斉射撃だった。

 歩道上で幾重にも交差点を取り囲み、ごった返していた野次馬連中も、一斉に悲鳴を上げ、頭を伏せる。


 射撃はものの数十秒だっただろうか。だが、さっきまでけたたましい爆音を上げていたミニバイクの集団は既にそこにはなく、ハチの巣になった「元」ミニバイクだったと思われる何かの残骸と、身体中のあちこちから血を流して倒れ込んでいる暴走族の若者たちが、道路上のあちこちに転がって呻き声を上げているだけであった。


「うっひょー! やっぱ近衛は容赦ねぇなー!」


 各務原かがみはらが半笑いで交差点を覗き込む。


「みんな死んだのですか?」


 亜紀乃が少し心配そうに問いかけた。


「大丈夫だ、彼らの使っている弾薬は治安維持用の特殊弾で、タンパク質に触れると弾頭が溶解するようになっている」

「あぁ! だが当たると相当痛いぜぇ!? ま、いい薬だけどね」


 士郎の説明を、各務原が補足する。

 実際、この鎮圧用弾薬は士郎も大陸で使ったことがある。当たると致命傷にこそならないが、皮膚に触れてから銃弾が融解するため、実際のところ数センチは確実に体内に食い込む。運悪く眼球にでも当たれば失明は免れず、何発か食らえば普通の人間なら立っていられない。ちょうど、爆竹を皮膚に押し当てたまま破裂させたようなものだ。もちろん、融解するのは人間に当たった時だけだから、バイクや建物など非タンパク質に対しては普通の破壊力を発揮する。

 そんな銃弾だから、本来は一般市民に向けて撃つものではないのだが、周知のとおり近衛憲兵は容赦ない。迅速に治安を回復するためには、現場指揮官の判断で幾らでも発砲するのが彼らのやり方だ。

 さらに――。


「グループのリーダーは誰だ」


 憲兵隊の指揮官と思しき将校が、交差点の中央――暴走族たちが血まみれで倒れている真ん中に仁王立ちになって問いかけていた。


「チッ、知るかよそんな奴」


 誰かが悪態を吐いた。その瞬間、パンッ――と音がして、将校の足元に半身を起こしていた金髪の若い男の頭が吹き飛んだ。辺りに血飛沫が飛び散る。


「キャアァァッ」


 周辺のギャラリーから小さな悲鳴が起こる。

 銃弾は、先ほどの鎮圧用ではなかった。将校は、手にした軍用拳銃をさらに近くにいた男のこめかみに押し付けた。


「ひッ……ひぃぃぃっっ!」


 銃口を突き付けられた男は、ガタガタと震えながら誰かの方向を指さした。


「こここ……こいッ、こいつですッ!」


 指差された若い男は、ギョッ……と怯えた顔で将校を見上げると、ぱくぱくと口を動かした。その顔つきはまだ幼く、せいぜい16か、17歳くらいだと思われた。


「――ひッ……ひゃぁだなぁぁぁ……おおおまわりさぁん……じょ、んぐ……じょ……だぁん、ですょぉぉお?」


 将校は、みっともないほど身体を前後左右に揺らしながら顔面蒼白になって座り込んでいる少年を冷たい目で見下ろした。


「貴様がリーダーだな」


 周りの他の若者たちが必死で頷いている。


「……い、ぃゃ……リーダー……ってぃぅか……せ、せんぱぃ……っていうだけで……」


 少年はこの期に及んで醜態を晒す。恐らく普段は仲間うちでふんぞり返っていたのだろうが、今は必死で自分を小さく見せようとしているようだった。

 無理もない――と士郎は思った。残念だが、彼の運命はもう決まっているのだ。


「見苦しいぞ。貴様、責任者の覚悟もなしに国家に反逆したのか」

「こ……国家にはん……反逆だなんて……そんな……大それたこと……」


 憲兵将校の追及に、か細い声で答える少年。

 突然、少年はがばッと地面に頭を擦りつけた。


「――お……お願いですッ! 見逃してくださいッ! もうしませんからッ!!」


 半分泣き声で喚き散らすように赦しを乞う。


「自分は、警察官ではない」

「――は?」

「憲兵である」

「――は、はいッ!」

「貴様の態度は警察官には通用するかもしれんが、憲兵隊には通用せん」


 将校はぴしゃりとそう言い放つと、既に涙でびしょびしょになっている少年の顔を拳銃のグリップで小突きながら引き起こし、眉間にまっすぐ銃口を突き付けた。


「おッ! お願いしますッ!! 許してくださいッ!! お願いしますッ!!」


 少年は、悲鳴のような叫び声で何度も命乞いをする。


「貴様の暴走行為は――今日が初めてではないな」


 涙と鼻水でドロドロになった少年の顔を覗き込みながら、将校が訊ねる。


「――は! ハイッ! 何度かやりました……ご、ご……ごめんなさいッ!!」

「ならば次はやらないという保証はどこにもないではないか」

「ハイッっっ……」


 少年は、将校の図星を突いた問いかけを否定することができない。


「――でもッ! 今度こそもうしませんッ! ……ぅっうっ」


 激しく嗚咽する少年を、将校は醒めた目で見下ろす。


「軍曹! このガキの前科を調べろ」

「了解しましたッ」


 後ろに控えていた憲兵軍曹が素早く将校の前に進み出て少年の髪をぐいッと引っ張り上げ、小さな黒い箱型の装置を片目に押し当てた。虹彩で個人認証を行い、個人履歴を調べる端末だ。


「確認しましたッ! 前科六犯です。窃盗二、傷害三、危険運転一ですッ」

「再犯確率は」

「はッ! 87パーセントと表示されておりますッ!」


 それを聞いた少年が、ひぃぃぃっっ! と身を縮こませる。

 この装置は憲兵隊が常備している犯歴チェック端末で、軍と警察のデータベースにアクセスし、個人の犯行予測もAIで瞬時に判定してしまう代物だ。


「――というわけだ。貴様、国家にはまったく役に立たないクズだな」

「びぎゃあぁぁぁぁ! ずびばぜんずびばぜんぅぅぅう! 許じでぐだざぃぃぃぃいい……」


 将校は、周りを取り囲んでいる他の憲兵たちに無言で顎をしゃくる。

 すると憲兵たちは少年を両脇から押さえつけ、跪かせたまま背中をぐいッと倒すとちょうど将校の腰のあたりに頭が来るような姿勢を取らせた。

 いうまでもなく、処刑ポーズである。


「ひやッ! ひゃめてッ!! おねがいでずぅぅぅっ!!」


 少年は必死で抗おうとするが、兵士たちにがっしりと押さえつけられ、びくともしない。なおも金切り声を上げ、必死で命乞いする少年の後頭部に、将校は拳銃の銃口を押し当て――


 それから何ということもなく、その頭を撃ち抜いた。

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