第44話 アグレッサー
オメガは戦闘モードに入った時、敵味方の区別がつかない。
これまでの戦闘で、彼女たちが戦場にいるすべての人間を容赦なく皆殺しにしていたのはそのせいだし、未来のお陰で「味方認定」された士郎たち四人だけが実験小隊に同行していたのもそれが理由だ。
今回〈甲型弾〉によるナノマシーン注入で、ようやく第三者を「味方」と識別する目途が立ったとはいえ、今この瞬間、そうした味方識別マーキング処理を施していない士郎たち以外のすべての者はオメガにとって「敵」――すなわち、滅すべき対象でしかない。
新見
先ほど〈飛竜〉の搭乗員一名が、西野楪によって爆殺される瞬間を目の当たりにしてしまった。彼女たちは今や完全に
戦闘状況下で見境がなくなるオメガの習性は、長年の課題であった。
だが、我々はきっとこの問題を解決できる……千栞は今までそう考え続けてきた。
石器時代、ただ草原や森を焼き尽くすだけだった「火」を、人類は肉を焼いたり暖を取ったりするために使いこなすようになった。
ほぼ無限に核分裂反応を続ける「原子力」は、核兵器にも用いられるが、同時に世界中で発電にも使われている。
要するに、どんな力であっても「制御さえできれば」人間はそれを有効利用できるのだ。
オメガの力もそれと同じだ。
今はまだ完全に使いこなせていないが、近い将来きっと彼女たちの力を制御できる日がくる。
そうすれば、その圧倒的な戦闘力で、世界の秩序に挑戦する連中を退治して平和を実現することができるし、彼女たちの持つ特異な遺伝情報は、人間の生命進化にあらたな可能性をもたらすだろう。
だから、こんなところで私は死ねないのだ。
ましてや、いつも世話を焼いてきた彼女たちの手にかかるなどあり得ない……。
「お願い! 正気に戻って!」
千栞は思わず彼女たちに叫ぶ。
だが、我ながらその莫迦げた発言に失笑するしかない。彼女たちにとっては、今だって正気なのだ。
オメガたちの攻撃衝動は、きわめて正常なものだ。
それは、ライオンが自らの生存本能のためにガゼルを襲うのと何も変わらない。
そう……オメガの本質は
漠然とした認識だが、彼女たちは我々人間を絶滅させるために神から遣わされた存在なのではないか、と思うことがよくある。
正面からにじり寄っていた久瀬亜紀乃の瞳が一瞬光芒を放った。
……ああ、能力の発現だ……コードネーム〈
このあと瞬きする暇もなく私の背後に回り込み、喉を切り裂くだろう。もしかしたら、首を切断されたことにすら気付かないかもしれない。
数瞬後、私という存在はこの世からいなくなる。
でもどうか……
痛くありませんように……
新見千栞は目を瞑った。
その時だった――。
千栞は頭部にバンッ、と強烈な衝撃を受けてのけぞり、地面に背中から叩きつけられた。
ちょうどおでこのど真ん中、眉間の中心を焼き串で貫かれたようなものすごい痛み。一瞬、脳震盪を起こしたように平衡感覚が失われ、大波が渦巻く海面に放り投げられたような錯覚に陥る。
だがそれも一瞬で、しかも眉間の痛みもすぐに引いた。
ジンジン痺れているだけでどうということもない。
……あれ……
私は死んだのではないのか?
久瀬亜紀乃に首を刎ねられたのではないのか?
そう思って目を開ける。……目が……開いた。
仰向けの状態から首だけ動かす。……首が……首が繋がっていた。
自分の胸を見る。……見える。
右手を無意識に動かす。……視界に、持ち上げた右手が見える。
ひっくり返ったまま、緩慢だった意識が急速に焦点を結び始める……
千栞はガバッと起き上がった。
オメガたちが背中を向けて歩き去るのが視界に入った。
そしてその向こうに――。
田渕軍曹が膝撃ちの姿勢のまま、左手を高く上げてこちらに手を振っているのが見えた。
その意味を瞬時に理解した千栞の瞳に、大粒の涙が溢れてくる。
「……もうっ! ……軍曹っ!」
どんな時でも沈着冷静な田渕は、オメガに襲われている自分を見て咄嗟に思いついたのだ。
そう、味方識別のマーキングを施すことができる〈甲型弾〉を、自分に撃ち込むという最適解をだ。
これだけ切迫した状況で、しかも田渕軍曹の位置は自分から100メートル以上離れている。狙撃があと一秒遅れていたら、そして弾丸が逸れていたら、確実に千栞の胴体と首は切り離されていただろう。
なんという冷静な思考。
なんという鋼の意思。
なんという職人芸。
こんな男に惚れない女はいないわよね、と千栞は泣きじゃくりながら大きく手を振り返した。
「軍曹ーーっ! 大好きーーッ!」
***
田渕に躊躇っている時間はなかった。新見少尉はなんとか無事だったようだ。
次はあっちだ。
爆発が起きた時、田渕は用を足していて事なきを得た。
ただ、そのせいでみんなが集まっているところからは遠く離れてしまっていた。
激しく炎上する〈飛竜〉のすぐそばで、
遠方からだったが、オメガが誰かを攻撃してバラバラに吹き飛ばす様子が見えた。
なんてこった!
その光景は、あまりにも無残だった。戦友に手をかけるなんて……
だが、田渕はすぐに気を取り直す。
これが、話に聞いていたオメガの「無差別攻撃」なのだと瞬時に理解した。
それは彼女たちの、どうしようもない「本能」なのだそうだ。
すると、視界の隅に別のオメガが目に入った。
そちらを見やると、久瀬亜紀乃たち数人が新見少尉を取り囲んでいるところだった。
「こっちもかよッ!」
早く何とかしないと、新見も先ほどの誰かと同じように無慈悲に殺されるだろう。
見回すと、石動少尉の方には香坂たちが走り寄っていく様子が見えた。
だったら俺はこっちだ。
スコープなしで狙撃するには少々距離があると思ったが、新見を救うには今日の戦闘用に支給された例の〈甲型弾〉を彼女に撃ち込むしかない。
咄嗟に判断した田渕は、戦場ではいつも肌身離さず持っている自分のライフルを前に構えると、一番安定する膝立ちの姿勢で一撃必中の狙撃をお見舞いしたのだ。
新見少尉がこちらに手を振りながら何やら必死に叫んでいたが、助かった、ということなのだろう。
田渕はライフルを抱えたまま、石動少尉の方に全力疾走する。
***
「い……いやっ……」
女性操縦士が、目の前に仁王立ちしている西野
その後ろからは、士郎が必死に楪の説得を試みていた。
「ゆずッ! 止めるんだ! ……彼女は守られなければいけないッ!」
腕に神代
何が違うんだ!!
田渕や各務原や香坂は、未来を介してオメガたちから「味方認定」を受けているのだという。
その未来は現在まだ意識混濁中だ。というより、これ以上
「少尉ーーッ!」
向こうから、田渕が全力疾走してくる様子が視界に入る。
「ゆずちゃーーんッ!!」
別の方角から、
そしてついに――。
「……お願いッ……やめ……ッ」
「ゆずッ! 駄目だ!!」
士郎が叫ぶ。
田渕が走りながらライフルを構えて撃ってきた。ブィンッ、ブィンッ……と銃弾が掠める音が何度も聞こえるが、当たらなかった。
「ゆずちゃんッ! あかーんッ!」
「ゆずさんッ!」
各務原と香坂も走り寄ってくる。
そのとき、西野
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