第42話 爆散

 突如、〈飛竜〉の方角からけたたましい警報音が鳴り響いた。


 士郎と未来みくは慌ててそちらの方角を見やる。

 すると、先ほどまで機体の傍で椅子に腰掛けて寛いでいた操縦士二人が飛び上がって〈飛竜〉に取り付き、操縦席コクピットの扉を開けようとしているところだった。

 そのまま機内に乗り込むのかと思ったら、今度は脱兎のごとく機体から飛び離れ、士郎たちの方向へ全力疾走で駆け出した。


 必死の形相で二人が叫ぶ。


「少尉ぃーーッ! ロックオンアラームですぅーーッ!」

「伏せてぇぇーーっ!」


刹那――。


 真っ白な閃光が視界を遮る。

 ほんの僅か遅れて、大音響が両耳をつんざき、オレンジ色の巨大な火球が士郎の目の前で膨れ上がった。あまりの圧力に、棒立ちだった身体の前面すべてが巨大なハンマーで叩きつけられたかのような打擲ちょうちゃく感を覚える。

 直後、物凄い熱風と衝撃が襲い掛かってきて、士郎と未来はあっけなく後ろに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「……っ」


 爆風でもうもうと埃が舞う中、士郎は声にもならない声で呻きながら僅かに目を開け、頭を巡らす。後方に、人影が倒れていた。


「未来っ!?」


 士郎は身体をよじらせ、地面に横たわる未来に向かって必死で這い寄る。

 辺りには、オイルとモーター、そして火薬が焼け焦げる、えづくような匂いがあっという間に充満していった。


「未来っ! 未来っ!」


 ようやく未来の傍まで這いずり寄った士郎は、力なく横たわって動かない未来の両肩を揺する。

 顔を見ると鼻血を噴き出した様子で、両耳と、唇の端と、そして固く閉じられた瞳の端からも、赤黒い鮮血の筋が垂れていた。

 爆風の圧力だった。


「未来っ! 大丈夫かッ!?」


 士郎は必死で呼び掛ける。

 すると、未来の眉間に皺が寄った。


「……う……うう……」


 ――良かった 生きてる――士郎はそのまま未来を抱き寄せ、上半身を起こして身体を包み込むように手元に引き起こした。

 彼女の肩、二の腕、背中、腰を順に撫でて目立った外傷がないことを確認する。

 そして血と埃にまみれた頬に掌を優しく添え、軽くさすってやる。


 ようやく未来が薄眼を開けた。


「よかった、み……」


 未来、と言いかけて士郎が言い淀む。

 ようやく意識を取り戻し、ゆっくりと開けた未来の瞳は、煌々こうこうと青白く光り輝く、戦闘モードのオメガの眼そのものであった。



「……少尉……、大丈夫……ですか……」


 士郎の背後から声がする。

 振り向くと、先ほど全速力でこちらに逃げてきた操縦士二人が苦しそうに辛うじて立っていた。

 一人は濃緑色のフライトスーツの袖からポタポタと血を滴らせ、もう一人は――女性パイロットなのだが――短めの髪が逆立って煤まみれになっていたが、幸い二人とも無事のようだった。


「……あぁ……なんとか」


「そうですか……良かっ……」


 何か続きを言いかけて、男の操縦士が固まる。


 彼らは怯えた様子で士郎の後ろの方角を凝視し、一歩、二歩……後ずさった。

 士郎も気配を感じ、首を回して操縦士たちの視線の先を見やる。


 するとそこには、先ほどまでかいがいしく女性たちの世話をしていたはずの、久瀬亜紀乃と西野ゆずりはが、やはり煌々と青白くその眼を光らせ、無表情にまっすぐ操縦士二人を睨みつけていた。


「……ひッ……」


 女性操縦士が引きるような小さな声を上げる。


 士郎は、彼らの異常に怯えた様子に何事かと向かいに立つオメガ2人をもう一度見つめる。

 そして……全身から血の気が引いた。


 新見少尉の声が頭の中で響く。

「戦闘中の彼女たち、敵味方の区別がつかないのよ」

 先ほどの大爆発で再びオメガの意識が戦闘モードにシフトしてしまった今、この空間で彼女たちの攻撃対象となり得るのは――。


 収容所の敵兵たちは既に全員殺し尽くされていた。

 保護した女性たちは、士郎たちが放った〈甲型弾〉に仕込まれていたナノマシーンによって「味方識別マーカー」を遺伝子レベルで体内に埋め込まれているから心配ない。

 もちろん士郎は未来みくの特別で、その士郎が守りたいと思った田渕や各務原、香坂は「未来の保護下」にある、という認識をすべてのオメガが既に共有している。


 だが……〈飛竜〉のパイロット二人と……新見少尉は?


 ナノマシーンの効果は今日の戦闘でようやく確認されたものだから、三人は当然まだ服用していない。

 そもそも戦闘が終了してオメガたちが味方アライドモードに切り替わってから彼らはここに着陸したのである。


「……ま、待てッ!」


 士郎は、少しずつ彼らとの距離を詰めようとする亜紀乃とゆずりはの動きを制止しようと声をかける。

 だが――。


 間に合わなかった。


 コードネーム〈起爆装置デトネーター〉、西野ゆずりはがその右手をまっすぐ男の操縦士にかざす。

 両の眼が瞬間的に強い青光を発したかと思うと、操縦士の頭や上半身、腕のあちこちが急激かつ不規則にボコボコと膨張し、一瞬のち――


 全身が爆散して果てた。

 

 彼の隣にいた女性操縦士に、大量の肉片と鮮血が降りかかる。


「ぎゃあぁぁぁぁぁッ!!」


 彼女は全身血塗れのまま、その場にへたり込む。

 座り込んだ地面が黒く濡れ、失禁していた。

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