フェイク堂書店

 繁華街の表通りから外れたあやしげな雑居ビルの中にその書店はあった。


ーーフェイク堂書店ーー


 店名に興味をそそられる。自らニセモノを名乗るとはなかなか大胆だ。地味なごく普通の店構えでアダルト系でもないようだ。入ってみるか。

 店内もごく普通。少し失望したが、まあせっかく本屋に入ったんだから何か買おうかな。

 ボクシングファンの私は雑誌コーナーに「ボクシングビート」を発見し手に取った。

 好きな選手の記事は載ってるかな。

 と、ここで気がついた。雑誌名が間違っているのだ。「boxing beat ボクシングビート」ではなく「boxing heat ボクシングヒート」になっているのだ。ボクシングへの熱い思いということで雑誌名としておかしくはないものの、いつの間に名前が変わったんだ。Twitterのボクシングビートアカウントをフォローしているが、誌名が変更されたなんて聞いたことないぞ。競合誌なのか? こんな紛らわしい名前付けるのはルール違反だろう。

 私はボクシング誌をもとに戻し、文庫本のコーナーに向かう。通勤電車で読めるような重すぎず、でも知的刺激のあるショートショートでも買おう。

 星新一の名前が目に入ったが、星作品はすべて読了している。そのまま通りすぎようとしたが、ふと違和感を覚え立ち止まった。

 「ノックの音が」という作品集が平積みにされていたが、表紙のイラストが明らかに内容にそぐわないのだ。「ノックの音が」という作品集は、すべての作品が"ノックの音がした"という冒頭から始まる基本的にインドアなイメージのものである。それなのにまるでスポーツ根性もののような画風で野球少年がノックを受けているイラストだったのだ。そのノックじゃないだろ。

 他にも「ボッコちゃん」ではなく「膀胱ちゃん」というのがあったり、「マイ国家」ならぬ「マヤ国家」などもあった。ざっと立ち読みしてみたが、マヤ族の国を舞台にした大伝奇小説のようだ。星新一が書くとは思えないジャンルである。

 本当に星新一か?

 表紙の裏に著者プロフィールがあった。星新-(ほししんマイナス)となっている。なんだこいつは。

 ここでようやく店名がフェイク堂書店たるゆえんを理解した。こういうインチキ書物ばかりを売ってる店なのだ。

 ブランド物のニセモノを扱う店があるのはわかるが、書物のニセモノなどでは儲からないどころか普通の本より手間はかかるし、赤字にしかならないのではないだろうか。

 贋作だってそれなりの創作能力が必用なはずだし、ネタ元に訴えられたら赤字どころの話ではなくなる。

 おそらく、儲ける気などなく金持ちの道楽なのだろう。

 私はボクシングヒートとアラサー・C・苦楽という謎の作家の「2001円府中の旅」という貧乏旅行記をレジに持っていった。

 レジに座るオヤジは期待通り、カツラとつけ髭まるわかりのヘンテコな人物だった。

「ありがとうございます」

 オヤジの声を背に店を出た私は考えていた。

 今度は、現金じゃなく、ピザの店の会員カードで支払ってやろう。VISAカードと言い張って。

 あのオヤジなら売ってくれることだろう。

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