これがイクラちゃん道だっ!

 イクラちゃん一門の戸を叩いた俺に対する師匠の第一声は「ハーイ」だった。

 す、凄い。凄すぎる……。師匠は《ハーイ》という一言に、俺に対する好意を込めた挨拶、そして、入門の許可を与えるという二つの意味を含ませる高等テクニックを、いともあっさりと見せてくれたんだ。

「あ、あっ、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げた俺に師匠の怒りの声が浴びせられたっけ。

「バブー!」

 そ、そうか。入門した以上これからは普通の言葉を使っちゃいけないんだ。

 俺は謝った。

「ハーイ」

「バブー!」

 ……今の言い方じゃ駄目だって? 心の中でもイクラちゃん語を使えだって?

ハーイ。

「ハーイ」

「ハーイ」

 ハーイ。チャン、ハーイ。

「チャン」

「バブー」

 ハーイ。チャン、ハーイ、バブー、チャン、チャン!バブー。《バブー》、バ

ブー、バブー、チャン、ハーイ、バブー。……ハーイ。

「ハーイ」

「チャン」

「バブー、チャン、バブー」

 ……チャン。チャン(チャン、ハーイ。バブー。バブー)。バブー。チャン。

「バブー!」

「バブー?」

「バブー、バブー!」

 そ、そんな、ひどい……破門だなんて……これから一生イクラちゃん語を使ったらいけないなんて。あまりにもバブー……あっ心の中でも使ったら駄目なんだな……。


 絶望の淵に立たされた俺は、気が付くと三代目O次郎師匠に土下座していた。

「O次郎師匠、僕を弟子にしてください」

 ……俺って無節操だよな。両師匠に対して失礼だしさ。

 O次郎師匠は俺に優しくこう言った。

「バケラッタ!」

 入門を許可してくれるって? やった~!

 でもさ……俺って……最低の礼儀知らず。喜び過ぎて思わず……

「ハーイ」

 って言ってしまったんだよな……。心の中で、まだイクラちゃん師匠への思いが残ってるんだ。

 O次郎師匠はでも怒らなかった。やっぱり大物は器が大きい。俺の肩をポンと叩いてささやいてくれた。

「バケラッタ、バケラッタ。バケラッタ」

 凄いだろ。《バケラッタ、バケラッタ。バケラッタ》だってさ。

 俺は泣きながらO次郎師匠に抱きついた。

 O次郎師匠は、あの時の事を話題にすると

「バケラッタ」

 って照れ臭そうに苦笑いするけど、ホントなんだよ。

 O次郎師匠の口添えで破門をとかれた俺は今、イクラちゃん師匠の内弟子をしている。イクラちゃん師匠には内緒だけどさ、俺の座右の銘は《バケラッタ、バケラッタ。バケラッタ》なんだ。

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