小宇宙ガイドブック

宮本摩月

別れ話タイトルマッチ

 全国一千万の別れ話ファンの皆様、こんばんは。本日のメインイベント、貴樹君と理穂ちゃんの修羅場がまもなくはじまろうとしております。都内のワンルームマンションという闘いのワンダーランドには安易なセンチメンタリズムなど入り込む隙もありません。ルール無用のデスマッチ。まさにリング上は修羅の棲む場と化しています。挑戦者、貴樹君は今回二度目のチャレンジです。今回こそ無事理穂ちゃんと別れることができるでしょうか。

 さあ、共用廊下のヒールの音が貴樹君の部屋の前で止まりました。まもなくゴングと共に理穂ちゃんがリングインです。

<チャイムの音>

「どうしたの急に呼び出したりして」

 理穂ちゃん、間合いを縮めていきます。貴樹君としては距離を取りたいところですね。

「理穂。じ、実はさ」

 あー、いけません。貴樹君動きが硬い。この日のために何度もイメージトレーニングしていたのが活かせてませんね。もうすこしリラックスして距離を取りながらジャブから攻撃の突破口を開きたいところです。いきなり、インファイトに持ち込むのは危険ですね。このままでは理穂ちゃんの涙攻撃で別れ話がうやむやにされてしまった前回の二の舞になってしまいます。

「実はどうしたの?」

 理穂ちゃんが顔を近づけてきました。これは完全にチャンピオンのペースですね。近距離での打ち合いに持ち込まれると圧倒的にハードパンチャーの理穂ちゃんが有利です。貴樹君、別れ話を切り出すことができるか。

「いや、あの、とりあえず座れよ。コーヒーでも作るよ」

 貴樹君、スウェーバックして難をのりきりました。さあ、ここから立て直したいところですね。

「それより、外に食べにいかない? 安くて美味しいイタリアンレストラン見つけたんだ」

「マジで? どうしようかな」

 貴樹君、ペースを握られっぱなしではいけませんね。このまま、ずるずるいくと、いつまでも別れることができなくなります。

「……いや、今日はやめとこう。大事な話があるんだ」

「大事な話? 実はね、あたしも貴樹君に大事な話があるの」

 おーっと、理穂ちゃんが変則気味の攻撃にでた。

「な、何?」

「貴樹君から言ってよ」

「あ、ああ。……俺たち、いつまでもこのままでいいのかなとか思ってさ」

 貴樹君、教科書どおりの綺麗なジャブです。

「そうよね」

「そろそろさ、こういう関係終わりにしないか?」

 ついに出ました。貴樹君、渾身の右ストレート。打ち終わりは、すぐにガードを固めて涙カウンターの餌食にならないようにしなければいけません。

「……」

 出たー! 理穂ちゃんの沈黙攻撃! これは効きそうですね。さらに、瞳がうるうるしてきた! 理穂ちゃんのラッシュに貴樹君耐えられるでしょうか?!

「ありがとう」

「ありがとう?」

 理穂ちゃんの口から意外な言葉です。どういうことなんでしょうか。

「お礼言われるようなこと言ったつもりはないんだけど。もう一度言うよ。俺たち、そろそろ……」

 おーっと、理穂ちゃんがいきなり抱きついてきた! ホールドです。さらに唇を重ねてきた。これは貴樹君の攻撃を封じようということでしょうか。

「貴樹君が決断してくれるなんて夢みたい! あたしね、ここんとこ無かったのよ。そう、あなたの子よ。どうしようかと思ってたの。でも良かった。貴樹君が決断してくれて。さっそく結婚式の日取り、決めましょ!」

 これは強烈なボディブローです。貴樹君ダウン! 見事なKO勝利を納めた理穂ちゃんが貴樹君を介抱しています。

 数々の激戦を繰り広げてきた貴樹君も、ついにプレイボーイ引退の日を迎えそうです。ウエディングベルという名のテンカウントと共に。

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