テレ子
倉田京
むかつく同居人
差し込んだ鍵を回し重たい扉を開け、狭い玄関に入る。一月の空気はアパートのドアノブを氷のように冷たくしていた。郵便受けを空けると、届いていた大き目の封筒やらハガキが落ちて、ドサっという音が暗い廊下に響いた。一週間働いた疲れがピークに達する金曜の夜は、そんな
明かりを点け、会社帰りのコンビニで買った普通よりちょっとグレードの高い肉まんや野菜スティックなんかが入ったビニール袋を、乱暴にキッチンに置く。ヤカンに水を入れ、カップ麺用のお湯を沸かす。今日は手抜き
ストーブを点けるとため息が漏れた。『
イライラしながらコートをハンガーにかけていると、テレ子がテレビの電源を入れた。ヘドロを煮詰めたような私の気分とは素晴らしいまでに正反対の明るく爽やかな缶チューハイのCMが終わって夜のニュース番組に変わる。割と嫌いな芸人がスーツ姿で、先月隣の県で起きた強盗殺人の犯人がまだ捕まっていないだとか、そんな事を深刻そうな顔で話し始めた。それにしてもテレ子のやつ、まだ出て行ってないのか。これでもう、かれこれ四日目になる。こんな気分の時までこいつの相手をするのは
テレビで思い出した。あれをするのを忘れていた。私は一旦玄関まで戻って携帯のカメラを使い、電気をつけながら部屋のあちこちを撮影した。ひとしきり撮り終えた後、朝ここを出る前に撮っておいた写真と見比べてみる。
玄関異常なし。廊下異常なし。キッチン、あれ?あ、これはさっき私が置いたビニール袋だ。異常なし。トイレ異常なし。脱衣所異常なし。お風呂場、しまったシャンプーが切れかかってたんだ、買ってくるのを忘れた。あーもう。異常なし。最後はリビング、これも異常なし。
出勤前と比較して物の位置は変わっていない、多分。念のためわざとヘアピンみたいな軽めのものを机の角ギリギリとかに置いておいた。それが落っこちたりしていない。クローゼットとキッチンの棚の中なんかを事前に撮っておくのを忘れていたけれど、違和感が無いから、おそらく大丈夫なはずだ。という事はテレ子は今日リビングで一日中じっとしていたってことなんだろうか。
ヤカンの湯が湧いた。カップ麺の蓋を少し開くと、そこがまるで人の口のように見えた。私は上面を狐ゴリラの顔に見立てて『死ぬのじゃ~』と言いながら熱湯を注ぎこんだ。トマト味のものだったので血のあぶくを吐いている感じに見えた。そうだ、いい事を思いついた。私は夕飯をリビングに運ぶと、ずらっと並んだDVDのパッケージの中から、憎いあんちくしょうに似ている役者が出来るだけ早く、そして
テレビで何を見るかの決定権はテレ子にはない。例えテレ子が小学生の頃ホラー映画を見て怖くてちびっちゃった、なんてトラウマを抱えていたとしても知ったことじゃない。主は私だ。二十四歳社会人『
テレ子という名前、もといあだ名はもちろん私がつけた。テレビを勝手に点けるから『テレ子』だ。こいつは『テレビの電源を入れる』ということしかできない。ちょっと力が弱い地縛霊なのだ。木に登ることは出来ても降りることは出来ない猫のような奴なのだ。厳密には地縛霊かどうかすらも分かっていない。私が電柱の下か、ビルとビルの
私生活を見られるというのはとっても嫌なことだ。ゾンビが百匹ぐらい出てくる映画を見ながらドクロ柄のクッションをぎゅっとしながらウヒョーと叫んでいたり、ちょっとエッチな気分になって
という訳で、テレ子は一応私と同い年ぐらいで、私と同じくらい
私が外に出ている間に物を動かしたような形跡がなかったので、この子はやっぱりテレビにしか
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