第19話 重み
俺の部屋に集まったのは三人――ルネと白虎とペロ。姫とネコは護衛に連れられて去っていった。毎度どこに行っているのか知らないが、それも仕方が無い。ジュウゴとアヤメが気が付いているのかわからないが、王はまだ俺たちを信用していない節がある。まぁ、気持ちもわかるがな。
「それで? 何か話があったんだろ?」
ソファーに腰を下ろしたルネに問い掛ければ傍らで戯れる白虎とペロを一瞥して、徐に口を開いた。
「テンジョウイン様は、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろ。あれは今、現実を受け入れている真っ最中なんだ。放っておけばいい。時間が解決するかはわからないが――解決はする。何かが犠牲になってな」
十中八九、犠牲になるのはデーモンだが、わざわざそれを言う必要もないだろう。
「ですが……」
「心配は要らない。と、言いたいところだがルネは何を心配しているんだ?」
「私は――私が、皆様を呼んだのです。つまり、皆様に何かがあればそれは私の責任です」
「ああ、そういう感じね。まぁ、俺に関してはなんで俺が? って気持ちが拭えずにいるが、二人に関して悩むのは無駄だ。元の世界で持て余していた二人は、こちらの世界でようやく満たされる可能性が出てきた。あいつらは好きでやっているんだ。仮に俺たちが死のうともルネが気に病むことは無い」
あくまでも俺の考えだが、それを伝えるとルネは大きく息を吸い込んで静かに鼻から吐き出した。
「……そう、ですか」
「話がそれだけなら解散だな。俺は寝る」
「ちょっと待ってください。話はもう一つあります」
その言葉にベッドに横になろうとした体を戻してルネの顔を見れば、何について話したいのか見当が付いた。
「内通者のことか?」
「そうです。わかったことだけでもお伝えしておこうと思いまして。今回の作戦で私が担当したのはウッドビーズでしたが、その前にお三方の受け持ちについて訊いてきたのは十名――キャンサー様とカプリコーン様を除いた師団長八名と兵士長のクルシュ王子。そして、ルグル王です」
「まぁ想定していた範疇を出ないな。内通者ってことはそれなりに情報を手に入れられるくらい立場が上の者なはずだ。とはいえ、ルグル王もか」
無い話ではないが王が内通者ともなれば誰が裁くのかという問題にもなるが、そもそも王が国を裏切る意味もわからないし、魔法の力の関係で国からは離れられないはずじゃなかったか?
「おそらくルグル王は情勢を知るためだと思うのですが……」
「だろうな。まぁ、あとはヴィゴの理由も想像が付くだろ」
「ヴィゴ様は……そうですね。治療班なので配置を知っておきたいというのがあったのでしょう」
他の師団長や兵士長にしても戦略的な配置を知っておきたいだけだったという可能性も十分に有り得るわけで、現状ではやはり内通者候補から外せる者はいない。
「とりあえず、最悪の想定をしつつ一人ずつ疑いを晴らしていくしかない。まぁ、焦っても仕方が無い。のんびりやろう」
「のんびり、ですか……それもそうですね」
「どうする? 今の話、俺から二人に伝えておくか?」
「いえ、私のほうからお伝えしたほうが良いでしょう。それよりもネコガハラ様は工房へ向かって頂ければ、と。キャンサー様がお呼びです」
こいつ、さてはそっちが本題だな? まぁ、そろそろだろうとは思っていたが。
じゃあ向かおうかと腰を浮かせば、部屋の隅で床に丸まって眠る白虎とペロが目に入った。わざわざ起こす必要も無いな。
ルネと共に部屋を出て、廊下の途中で別れて工房へと向かった。
鋼鉄の扉を開けば、そこでは鉄を粘土のように練って形を変える師団員と全てを監督するキャンサーがいる。
「ん? おお、来たね。頼まれていた品は出来上がっているよ」
奥の別室に連れて行かれると、そこの作業台の上に約三メートルの棒が置かれていた。
「中々に会心の出来だと思っている。持って確認してくれ」
「俺の注文は鋼鉄の糸を束ねて作った、良くしなり、程よい硬さを持つ棒だったが――」
持った感じは見た目以上に重い。材質が鉄だから当然だが、編み込みが細かいから手にしっくりくる。持ち上げてみれば変に撓まず普通の棒に見えるが、こちらが捻りを加えるとまるで筋繊維に伝わるようにぐわんっと弾けた。
「……どうだ?」
「良いね。見事に俺の思った通りに動く」
武器を使った戦闘が嫌いなのは思い通りに動かずに誤差が生じやすいからだ。特にうちの武術は竹術。使うとすれば天然の竹だから微妙に誤差が生まれるのは当然だったが、この棒は俺の体と繋がっているような感覚で自在に動かすことができるし、何より本物の竹と違って壊れにくい。あまり期待していたつもりも無かったが、思わぬ嬉しい誤算だ。
「そりゃあ良かった。苦労して作った甲斐があるってもんだ」
「まぁ、問題はどうやって持ち歩くかってことなんだけどな」
基本的には俺は素手での戦闘を前提としている。武器が無いと戦えない、なんてことにならないためにそのスタンスは変わらない。となると、この三メートルの長物を常に持ち歩くのは邪魔だ。
「その点は改良を加えてある。あんたは他の二人の防具と違って動き易さ重視で鎧とか着けていないだろう? だからそれを補えるようにした。棒の端と端を握ってくれ」
「端と端?」
三メートルの棒の端と端は物理的に持てない。が、これは良く撓る棒だ。捻りを加え、曲げた状態で端を掴んだ。うん。この状態、結構きついな。
「その状態で逆側に力を、というか捻りを加えるんだ。こう……わかるか?」
さてはこいつ感覚型の天才だな。俺をそっち側の奴だと思ってほしくないが、これでも武術家だ。言わんとしていることはわかる。
要は両方から棒の中心でぶつかるような捻りを加えろということだろう。
「つまり――こう」
グッ、と捻りを伝えた瞬間に棒は内側から弾けるように鋼鉄の糸に戻り、そのまま両手の指先から肩までを覆っていった。
「よし! どうだ? きつくないか?」
「ああ……問題ない。まるでゴムで腕を包まれているような感覚だ」
指も違和感なく動くし、関節も普通に動く。
「成功だね。それは渡していたグローブと同じように魔力が込められているが鉄の強度がある。言ってみれば鋼鉄の籠手だね。いやー、滑らかに動かせるように糸を細くするのが大変だったよ」
確かに、解けた鉄はまるで絹糸のように細かった。
「で、これを棒に戻すにはどうすればいいんだ?」
「勢いよく手を合わせて捻るんだ」
「また漠然としているな。まぁ、やってみるが」
言われた通りに勢いよく手を合わせて腕まで捻りを加えれば、集まっていく糸が掌の中で棒に姿を変えた。
「どうだ? 気に入ってくれたか?」
「ああ。最高の物を作ってくれたな」
「命を預けるものだからね。常に最高でなくちゃならない。それで? 名前は決めたか?」
「名前? 武器のか?」
「そうだよ。他の二人も自分の剣と杖に名前を付けたし、あんたも」
命を預けるが故に、ってことか。
「じゃあ、シンプルに『破竹』だな。俺の思い描いていた竹術をそのまま体現できそうだ」
むしろ竹よりも竹らしい。……いや、それは違うか。
「訓練や実践で違和感があれば言ってくれ。すぐに直す」
「わかった。とりあえず体に馴染ませるとするか。キャンサー、ありがとう。これでより戦える」
「いやいや、仕事だよ」
形状を籠手に変えて工房を後した。
一先ずは中庭の訓練場に向かったが、一旦休憩だ。
「はぁ……はぁ……」
皆が知らない事実がある。それは――魔力を含んでいる武器や防具は重いということだ。おそらくは俺が魔力を有していないせいもあるのだろうが、耐性の高い普通の服で約二倍から三倍の重さで、デーモンを攻撃するためのグローブとブーツは約五倍の重さを感じている。
たぶん、含んでいる魔力の量によって重さが変わるのだろう。つまり、この絹糸のような鋼鉄を編んだ棒は、仮に籠手状態にしたとしても尋常ではない重さなのだ。とはいえ、なまじ動けてしまうだけ達が悪い。
「……三日後か」
次の作戦までに重さに慣れないとな。
まったく……結構、余裕が無い状況だというのに俺の尻尾は正直者だ。尾っ立ってやがる。
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