ウッドビーズ

第11話 作戦会議

 実力テストに合格してから二日が経ち、ジュウゴとアヤメは城の外にある城下町へ買い物に行っているようだが、俺は留守番だ。いや、より正確に言えば子守りかな。白虎の。


 モンスターに芸を仕込むつもりも無いが、基本的に大人しいし食べる物も城の人が用意してくれたイモ類を嬉しそうに食べている。元が魔窟の森の主だったのだから、まぁ俺が何かを教え込む必要も無かった。


「懐いてくれんのはいいけど、おかげで城の人間が誰も近寄ってこねぇ。元の世界に帰る方法とかも探したいんだけどなぁ……」


 すり寄ってくる白虎を撫でながら呟いても理解しているのか、いないのか……言葉は理解しているはずだが、言うことを聞いてくれるわけでは無いらしい。


 そんなことを思っていると、部屋のドアが二度ノックされた。


「開いてるよ」


「失礼します」


「ん? ルネか。どうした?」


「あのですね……実は戦略的な相談がありまして……」


 一歩入ったところでおずおずと言葉を並べるルネはテストが終わってから今日までの二日間、何度かこの部屋に来てジュウゴとアヤメと合わせて四人で話したことはあったが、やはり俺には――というか、白虎に近付こうとしない。


「戦略的な? そういうのは俺より二人のほうが適任だと思うんだが」


「あのお二方は力押しの傾向がありますので。どちらかと言えば戦況などを正しく判断できるのはネコガハラ様ではないか、と」


「そういう知識はほぼ無いんだが……まぁ俺が役に立つかは別にして話し合いに加わるだけなら」


「ありがとうございます。では作戦室へご案内いたします」


 この世界の現状についてはなんとなく理解しているが、詳しいところまでは知らないし丁度いいだろう。それに知識はなくとも定石は知っているし、元の世界とこちらの世界で違う部分があれば学ぶこともある。


「あの、ネコガハラ様? その……白虎、様は普通に付いてくるんですね」


「うん? ああ、たぶん俺のことを守っている気でいるんだろうな。下手なことしなければ大丈夫だ」


「だといいのですが……」


 ルネが言いたいこともわかる。正直なことを言えば、俺だって元の世界でこのサイズの虎に懐かれたら引くし、絶対に連れて歩くことなんてしない。だけど、ここは異世界だ。もうなんだって有りだろう。


 そして、辿り着いたのは地下にある部屋だった。


「へぇ、こんな場所があったんだな」


「作戦室は機密性が重要になるので、地下の存在を知っているのは城の中でも十数名のみです」


 そんな場所を教えてもらえるくらいには信用されているってことか。


 暗がりにあるドアをノックしたルネは中からの返事を待つことなく中に這入っていった。


「お待たせいたしました。ネコガハラ様をお連れしました」


 釣られて中に這入れば巨大なテーブルに広げた地図を囲んでいる四人がこちらを見て、ギョッと身を引いたのがわかった。俺が来るイコール白虎も一緒って思考にならないのか?


「よく来てくれた。意見を聞かせてもらいたい」


「俺なんかで良ければいくらでも。っと、その前に――」


 部屋の中にいたのはレオとリブラ、それに治療がメインの第十師団長のヴィゴ。あともう一人。レオと同じくらいに背が高いが細身で弓を背負っている男だ。初見だが、誰かに似ている気がする。


 目の前まで行くと、恍けた顔をして首を傾げられた。


「ん? あっ――ああ、そうか。初めましてですね。すみません、話には聞いていたのですでに会った気でいました。父と妹にはすでにお会いしていますよね? ボクはバルバリザーク王国の王子、クルシュと申します。一応、兵士長を務めていますが立場的には師団の下ですので。よろしくお願いします」


「王子。こちらこそ、よろしく」


「あ、呼び捨てでもいいですよ。そこら辺は、まぁ適当に」


 随分とふわふわした王子だな。王族としては良いのかもしれないが、兵士長として大丈夫か? いや、意外とこういうタイプが切れ者だったりするってのが定番だよな。


「じゃあ、まぁ王子で。それで? 今は何の話し合いをしていたんだ?」


「次に取るべき行動について、だ」


 そう言ったレオが地図の正面に居直ると、他の四人も定位置に着くようにテーブルを囲んだ。ゲスト席はレオの目の前か。


「とりあえず説明してくれ」


 すると、リブラが身を乗り出してきた。


「では私のほうから。現在、我が国は三つの都市に囲まれております。元、都市ですが。魔窟の森を背後とした時、国の正面に別れている三都市は全てデーモンに占拠されており、その合同軍が約十日に一度のペースで攻撃を仕掛けてきます」


「十日に一度、だけ? こんな言い方をしてはアレだが、城一つくらいなら連日連戦で簡単に落とせるだろ? 他の地域を征服しているデーモンの数と比べても、人間は圧倒的に少ないんだろうし」


「そこはルグル王の力によるところが大きいです。詳しい説明は省きますが、簡単には攻め込ませない魔法により、この国だけがデーモンからの襲撃に対して対等かそれ以上の力を発揮できるのです」


 つまり、王は守りに特化した魔法が使えるってことか。それもおそらく条件付きだ。時間か場所か規模か――でなければ他の国や、それこそ近くの三都市も守れているはずだからな。


「なるほど。占拠やら征服やら襲撃やらとデーモンは随分と派手なことをやっているようだが、そういう都市や国にいた人間たちはどうなった? 皆殺し?」


 問い掛けると、五人は顔を見合わせて気まずそうに視線を下げた。こちらが首を傾げると、ルネが徐に口を開いた。


「……おそらくですが、全員が殺されていることは無いと思います」


「まぁ殺すよりも働かせるほうが有用だよな」


「そう、ですね……」


 話の内容が内容なだけに煮え切らないようなルネの返事は仕方が無いとして、話を続けるよう他の四人を見れば、リブラが気が付いたように取り出したチェスのような駒を地図の上に置いた。


「予想している次の襲撃は三日後なのですが、現在我々はそれよりも先にデーモンから都市を奪還しようと考えております。その上で三都市のうちリバーエッジか、フィルドブルのどちらにするか思案中です」


「裏を掻くってことね。どうしてその二つを選んだんだ?」


「リバーエッジには山があり川とダムによって水資源が豊富にあります。フィルドブルは農耕地なので現状では食材に困っていませんが、確保しておくに越したことは無いかと」


 農地と水か。どちらも生きていくには必要なことだな。


 話している感じだとリブラが参謀なのは間違いない。兵士と師団を束ねている長二人は兵員の割り振り、ヴィゴは治療班で後方支援エリアを定めるため、ルネは全体のまとめ役ってところか?


「リバーエッジにフィルドブル、もう一つの都市には何も無いのか?」


「ウッドビーズですね。巨大な樹がありますが、それ以外に特別なことは何も無いところです」


 まぁ、広い世界ならそういうところもあって然るべきだと思うが、嫌に辛辣な言い方だな。詰まる所、征服するという名目以外に意味の無い土地ってことか。だとすれば、こちらから奇襲をかける場所は決まったようなものだろう。


「俺ならウッドビーズの奪還を第一に考える」


 その言葉にレオは地図の上に置かれていた木の駒を手に取った。


「何故だ? ウッドビーズを奪還したところでこちらに有益なこともなければデーモンたちに不利益を与えることもできないぞ」


「だからこそだろ。ウッドビーズを取ったところで向こうに不利益では無い。が、こちらにとって有益でも無ければ不利益でも無い」


「いや、不利益だ。むやみに敷地を広げればそれだけ戦線も増えることになり我が国の兵員では足りなくなる」


「そうだな。俺でもそんなことには気が付ける。ってことはデーモンたちも同じことを思っているんじゃないか?」


「それは……まぁ確かにそうだが、戦争の基本は手の届く範囲で守れるものを守ることだ」


「基本なんざ知ったこっちゃねぇんだけどよ。でも、あんたらは攻勢に出ようとしているんだろ? だったら基本なんて捨てろよ。それに奇襲ってのは奇を衒って、相手が想像もしていないことをやるもんだろ。まずは自分たちの中にある常識から壊すべきだと思うぞ。まぁ保証も何もできないが」


 ちょっと大それたことを言い過ぎた気もするが、素人考えなんてそんなものだ。そういう意見を求められていたのかはわからないが、五人はそれぞれに思うことがあるのか考えるように口を噤んだ。


 進まない会議に暇になって地図に載っている駒を手に取れば銅で出来ているのか重いし、凄い緻密に作られているのがわかる。造形士でもいるのか知らないが、たぶんそれぞれの街に合わせた形をしているのだろう。ざっと見たところ駒の数は百前後ってところか。そんでバルバリザーク王国から最も遠くて、俺のいる場所の最も近くに置かれている禍々しい形の城がデーモンの本拠地ってことね。先は長そうだ。


「ん~、良い考えなんじゃないかな? たしかにボクらは正攻法しか知らないわけだし、狡猾で強いデーモンたちに勝つには王道から外れるのも有りだと思う」


 まさか王子から肯定してもらえるとは。まぁ考えようによっては作戦を提示したのは俺だし、もし失敗しても責任を負うのは俺だけだから特に心配することなく頷けるってのもわかる。


「ふむ……クルシュ王子がそう言うのならやる価値はあるのやもしれん。リブラ、王子、兵員の準備はいつ整う?」


「急いで明後日でしょうか」


「こっちも似たようなものだね」


「では、出撃を二日後として準備を――」


 レオが言い掛けたところで、俺が手を挙げるとそれに気が付いたルネとヴィゴが掌を差し向けてきた。


「いや、出撃は明日のほうが良い。三日後に襲撃されると予想を立てているのなら、その前日に準備をしていないはずが無い。明後日に奇襲を仕掛ければ集まりつつあるデーモンの兵がそのままこちらに来て戦うことになってしまうだろう。だから――明日だ」


「……私はネコガハラ様の意見に賛成いたします」


「うちのほうもそうだ。治療班の準備は一日で出来る」


 三対三。こういうことがあるから偶数ってのは好きじゃない。いや、そもそも多数決自体好きじゃないんだが、こういう会議になると力がある者や指揮官がはっきりとしているから実質的には五分の状況でも無い。


「ふむ、一理ある。どうだ? リブラ、クルシュ王子」


「そうですね……わかりました。どうにかしましょう」


「ん? こっちは大半を城のほうに残すし、奇襲班のほうは少数だからどうとでもなる」


「ならば決まりだ! 奇襲は明日! 場所はウッドビーズ! 皆、各員に伝えろ!」


 さて、今度こそ本当の実践だ。


 目下の問題は――こいつだな。白虎、お前を連れて行くか否かだが……とりあえず連れて行って戦闘に使えるのかどうかの確認が必要だな。


「ネコガハラ様。お二方への伝言はお任せしてもよろしいですか?」


「ああ、別に構わないよ」


 明日、戦争がある――と伝えた時の二人の表情が簡単に想像できる。


 絶対に笑顔だろう。

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