第36話捜索
「まったく、まさか冒険者にここまで常識がないとは思わなかったよ」
パーティー会場に戻ったフォートは、ため息交じりにつぶやいた。あの後もう少しあそこで待っていたが、結局誰も来なかった。
「ねえ、君もそう思わないレイさん? もっと常識を持って欲しいよねえ?」
フォートは傍らのレイに尋ねる。レイはそれに頷いた。
「・・・そうだな。暗殺する側としては、そういう常識外れの行動は予測しにくいからやめて欲しいな」
「・・・あっ、そうですか」
フォートは「暗殺の方が常識外れでは?」という言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、僕たちはどうする? 二人だけでも捜す?」
フォートはレイに尋ねた。
ことこうなってしまった以上、他の先輩方と一緒に探すことが出来ないのなら、二人だけで探すほかない。
しかし、彼らは新米の冒険者だ。爆弾がどこに隠されているかなど少しもわからない。(まあ、戦いが本業の先輩方も、爆弾の隠し場所なんか詳しくはないだろうが)
そのため、「爆弾がありそうだな」と思われる場所を手当たり次第に探すしかない。
「はあ・・・ほんとに時間の無駄だなあ・・・」
フォートは再びため息をつく。
先輩方と連絡が取れない以上、先輩方がすでにどこを探したのかもわからない。つまり、“他の人にすでに探された場所”を何度も探す羽目になりかねないのだ。
そんなのは、爆弾の爆発が迫っている今の状況を考えれば、これ以上ないほどのタイムロスだ。
「報・連・相は組織行動の基本だろうに。まったく、とんだ機会損失だ」
「ほうれん草? なんで野菜が基本なんだ?」
「・・・・・・」
どうやら、目の前にも組織原則を知らない男、もとい女がいたようだ。しかしフォートは、ほうれん草についての説明をするのを諦めた。
諦めて、辺りを見回し始めた。
白いドレスを着た老齢の婦人。タキシードに身を包んだひげ面の男。そして、巨大な宝石を体中につけた、いかにもお金持ちそうな男。
そんな、帝国のみならず世界中の高貴な方々が、食事をしたり、話をしたりしている。
「・・・それでですな、是非とも我が国と・・・」
「・・・それはそうと、連合国の件は・・・」
「・・・じつは、かなり高質の鉱山が・・・」
そんな風にそこら中で、かなり重要な情報が飛び交っていた。
「・・・しかしどう? スパイが本業の君としては、ここは情報の宝庫なんじゃないかな?」
フォートはレイにそう尋ねた。レイはゆっくりと頷く。
「そうだな。でも、あんまりキョロキョロするな。怪しまれるぞ」
フォートは「おっと、確かにそうだ」と言って、辺りを見るのをやめた。
今回の任務は“帝国にバレないように”爆弾を処理することだ。もし、ここでキョロキョロなんてして怪しまれでもしたら、運が悪ければ全部がバレてしまうかも知れない。
「もし、そこのお二人さん」
「!」
棒立ちしていた二人に、突然その婦人は話しかけてきた。
「お二人さん、あなた方はどこのどなたなのかしらねえ。私、毎年このパーティーに来ているのだけれど、あなた方を見るのは初めてなのよ」
「・・・ええ。今日、初めて参加したので」
フォートの答えに、婦人は「あら、やっぱりそうだったのね!」と笑った。
「私、このパーティーに来ている皆さんとお知り合いになりたいと思っているのよ」
(なるほど、このパーティーの顔役といったかんじか)
「ところで、あなた方はどこの人なの? お仕事は何を?」
「! ・・・えーっと」
フォートは答えに詰まった。
ここにやって来るのに必死で、ここに来てからの事を考えていなかった。こんな質問への答えなんて考えていない。
答えに詰まったフォートを見て、婦人は訝しみ始めた。
「どうかしたの? ・・・もしかして、何か言えない理由でもおありなのかしら?」
「えーっと・・・」
「連合国で商人をやっています」
「!」
フォートに助け船を出したのはレイだった。
「彼は私の夫で、名前をジャンドールと言います。私は、ソフィアです」
「あら、そうだったの。ジャンドール・・・申し訳ないけど聞いたことがない名前ね」
「ええ。最近になって商会の規模が大きくなったばかりなので。連合国での一件はご存じですか?」
「ああそれなら、私の耳にも入っているわ」
連合国での一件とは、連合国で起きた蝗害と、それによる暴動のことだ。
「その影響で、連合国にあった多くの商会はなくなってしまいました。そして、敵が少なくなったおかげで、それまで弱小商会だった夫の商会は、一気にのし上がったんです」
「あら、そうだったの」と婦人は納得したようだった。
フォートは小声で「助かったよ」とレイに言った。
レイの行動はさすがと言うほかない。おそらく、このような質問をされることを予想して、事前に答えを用意していたのだろう。
連合国の一件を知っている者ならば、間違いなく納得してしまうだろう。これほどの準備が出来たのは、レイがこれまでにしてきたスパイとしての勘に寄るところが大きい。
納得した様子の婦人は、さらに言葉を続けた。
「でも、コレでようやく合点がいったわ」
「どういうことです?」
「いえね、おかしいと思っていたのよ。何故か今年は、新しく見る人ばかりだったから。でも、連合国から来ていた商人の方々が総入れ替えしたのなら、それも不思議じゃないわね」
おそらく婦人が言っている“新しく見る人”の中には他の冒険者、つまり先輩方も含まれていることだろう。
「・・・あ、そうだ」
フォートはある事を思いついて、思わずそう口走った。婦人は不思議そうにフォートを見る。
「どうかしたの?」
「いえ・・・一つお願いがあるのですが・・・」
フォートは婦人の耳に顔を近づけて、コソコソと耳打ちした。
「・・・と言うわけなんですけど」
フォートからのお願いに、婦人は快く「あら、そんなのお安いご用よ」と承諾した。
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「あの、いいですか?」
フォートは、タキシードを着た男に話しかけた。男は、訝しんでフォートのことを見る。
「・・・誰だ? 知り合いではないと思うが・・・」
「ええ、僕もあなたのことは知りません」
フォートからの答えに、男はより一層警戒を強める。
「・・・なんの用だ?」
「いえ、たいしたことじゃないんですけど・・・」
フォートは男に耳打ちする。
「実は、僕も冒険者なんです」
「!」
男は驚いてフォートのことを見た。
「・・・新入りか?」
「ええ。先日、金等級になりました」
「・・・なんで、俺が冒険者だとわかった?」
冒険者の男は疑念のこもった目でフォートを見る。
彼は自分が冒険者だとバレないように最大限注意を払っていた。視線を集めてしまうような行動は避け、さらには話しかけてきたお節介おばさんも話半分に無視した。
にもかかわらず、何故バレてしまったのか?
「それはもちろん、そのお節介奥さんのおかげですよ」
フォートはにこやかに答える。
フォートはあの婦人に、「このパーティーで初めて見た人たちの中で、奥さんに素性を明かさなかった人を教えてください」と頼んだのだ。
そして、婦人と“失礼にも”お知り合いにならなかった人間達をピックアップした。
婦人が話しかけたのにもかかわらず、素性を明かさなかった者。それは間違いなく、素性を明かすことが出来ない人間、つまり潜入している冒険者だろう。
なにせ、もし彼らが連合からやってきた商人達だとしたら、コネクションを築くためにむしろ自分から名のるはずだから。そうなると消去法的に、彼らは冒険者と言うことになる。
案の定、すでにこの男で4人目だが、その全員が冒険者達だった。
「なるほどな・・・」
男は納得した様子でため息をついた。
「ところで、お前はなんのためにこんな事を?」
男は不思議そうに尋ねる。金等級以上の冒険者達は皆、「自分さえいれば十分」と思っている節がある。そのため男もまた、単独行動をしていた。
にもかかわらず、目の前の新米はわざわざ、爆弾ではなく同業者を探しているのだ。そのことが、男にとってはどうしても不思議でならなかった。
しかしフォートはむしろ、男のそんな団体行動の重要性を微塵も理解していないであろう発言に、僅かに呆れつつ答えた。
「そりゃ、皆さんがどこを探したのかを確認するためですよ」
フォートは他の冒険者達がすでに探し終えた場所を確認して回っていた。彼らが自分から報告するつもりがないのなら、こちらが聞きに行くまでだ。
そしてすでに三人に聞いていたが、悲しいかな、彼らの探していた場所のほとんどが、かぶりまくっていた。間違いなく、報・連・相をおろそかにした所為である。
「そういうわけで、どこを探したのか教えてもらえますか?」
フォートは男に尋ねる。しかし男は、フォートからの質問を笑った。
「そんなことして意味があるのか? 俺が爆弾を見つけるのに」
「・・・」
今日4度目に聞いたその言葉に、フォートは一層に呆れた。
今まで聞きに行った全ての冒険者達が、フォートにそう言っていたのだ。
(まったく・・・どいつもこいつも自信過剰すぎるぞ・・・)
フォートはミカエル商会で会長に「報・連・相を密にするように」と以前言われたときのことを思い出していた。
彼は冒険者になってようやく、ミカエル商会がいかに優れた団体行動をしていたかを理解した。そのことを知れただけで、冒険者になった価値は十分にあるという気さえする。
そんなわけで、面倒がる男を説得してようやく、フォートは男がすでに探し終えた場所を聞き出した。(笑えないことに、男が探した場所は全てがかぶっていた)
「・・・じゃあ、これが探し終えた場所のリストです。そこは他の人がすでに探したあとなので、時間を無駄にしないでください」
フォートは男に小さなメモを渡した。男は「まあ、仕方ないからもらってやるよ」といって、それを無造作に受け取った。
「・・・そういえば、お一人ですか?」
フォートは男が行ってしまおうとする直前に、そう尋ねた。というのも、見た限り男は文字通り単独で行動しているようだったのだ。
仲間はいないのだろうか? すくなくとも、この会場にやってくるのに、女性の連れが一人はいたはずだが・・・
「別れた。ここに入ってすぐにな」
「ああ、別行動ですか」
「いや、多分勘違いしているんだろうが、そいつは仲間じゃない。そして冒険者ですらない」
「・・・は?」
冒険者ではない? じゃあ、もしかしてただの知り合い? でも、冒険者でもない人間に、金等級以上の冒険者しか参加できないはずのこの任務を手伝わせても良いのか?
「ああ、それは問題ない。彼女は別れてすぐに、泣きじゃくって帰っていったからな」
「・・・ん?」
フォートはわけがわからず首をかしげる。なんだか雲行きが怪しくなってきている。
そしてフォートの中に、ある考えが浮かんだ。
「えーっと・・・その人と初めて会ったのはいつでした?」
「昨日だが?」
「あー・・・」
フォートは全てを理解した。
つまりこの男、ここに入るために昨日、ナンパでもして女性を見つくろったのだろう。そして予定通り潜入すると、無慈悲にも「お前とはここまでだ」とでも言って別れた。
不憫なその女性はきっと、ナンパしてきた男に使い捨てられたことに気がついて、泣きじゃくってパーティー会場を出て行ったのだろう。
この男、なかなかのクズの臭いがする。
しかし、フォートが心配していた『モンスター相手には無敵の冒険者達が異性に関してはスライム以下』という事はなさそうだった。
それどころか、ナンパして相手を見つくろい、その人をたやすく振ることが出来るレベルの猛者だった。ある意味で、冒険者というよりもモンスターだ。いや、魔王か?
そんなことを考えていたフォートに、今度は男が聞き返す。
「そういうお前こそ、連れはどうしたんだ? 姿が見えないが・・・」
「あー・・・」
確かに男のいうとおり、フォートの側にレイはいなかった。二人は今、別行動をしているのだ。
フォートは遠い目をして答えた。
「彼女は今・・・楽園に旅立っていますよ・・・」
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