第19話 侵入者
~休暇一日目~
「やあ、待たせて悪かったね」
フォートは大きな建物の前で待つ、顔を黒いスカーフのようなもので隠した、忍者のような見た目の人物にそう謝った。
忍者姿の人物は、数百メートルほど離れたところにある、ビッグ・ベンのような巨大な時計台を見た。
「いや、問題ない。時間通りだ」
「それは良かった。こっちには腕時計がないから、時間の確認がなかなか出来ないんだよね。あの時計台も、町中じゃあ他の建物に隠れてよく見えないし。5分単位の時間は感覚に頼る必要があって困るよ」
そんな風に不満を漏らすフォートの肩には、矢筒が掛けられていた。そして片手には、弓が握られている。
「それじゃあ早速、いくとしますか」
そう言うと二人は、目の前のレンガ造りの巨大な建物の中に入っていった。
~蝗害が起きる2ヶ月前に遡る~
「知ってるか? 俺たちの商会、なんか滅茶苦茶たくさんの小麦を集めてるらしいぜ。なんでそんなに集めてるんだろうな?」
「さあな。お偉いさん達が考えてることなんて知るかよ。それに、俺たち警備がそんなこと知ったって意味ないだろ」
暗い中、商会の警護を行う二人の番兵はそんなことを話していた。二人とも、先日のスパイの一件で警備を増強するために新しく雇われた警備だ。
「だからこそ知る意味があるんだろ? こんなに小麦なんて買って、もし売れなかったらこの商会潰れちまうぞ? そうなったらめでたく、俺たち無職だ」
「だから意味ないだろ。知ったところで、俺たちには何にも出来ないんだからな。まさかお前、“この商会は俺が救う”とか思ってんのか?」
「ちげーよ。泥船に乗り続ける意味はないって話だ。沈むってわかってるなら、沈む前に他の沈みそうにない船に乗り換える必要がある。違うか?」
「確かにそうだけどなあ、でもここ以外に雇ってくれるあてなんてあるのか?」
「ダリア商会とかどうだ? 確かあそこは、帝国一だっただろ?」
「お前知らねえのかよ。あそこもこっちと同じで小麦を買い集めてるって話だぞ」
「え、そうなのか? とすると、こっちが泥船ならあっちも泥船か・・・ん?」
番兵の一人は、近くの物陰の方を見た。
「どうかしたのか?」
「いや、さっきそこで物音がしたような・・・きのせいか」
そう結論づけると、二人はまた無駄話に興じ始めた。
(・・・今のは危なかった)
オットーフォンの秘書の若い男は、胸をなで下ろした。彼は今、黒いスカーフを首に巻き、全身黒づくめの、まるで忍者のような格好をしていた。
(下調べを怠らなくて正解だったな)
彼はこの日のために、数ヶ月にわたって警備の穴を探っていた。そして、今日この日に、番兵の中でも特に勤労態度の悪い二人が登板になることを突き止めていた。
(さて、いくか・・・)
彼は足音を立てずに、すぐさま商会の宿舎に向かった。もちろん、場所は事前に調査済みだ。
(・・・よっと)
彼は心の中でそんなかけ声をして、数メートルほどジャンプした。そして、宿舎の二階の窓に飛びつく。
(ここから・・・右に3個隣だったな)
窓を少しずつ移動して、隣の窓に飛び移り、瞬く間に目的地にたどり着いた。
(鍵は・・・まあそりゃ、かかってるよな)
彼は懐から、細長い金属の定規のようなモノを取り出し、それを窓と窓の隙間に押し込んだ。そして、それを上に押し上げると、窓の鍵が開いた。
宿舎の窓の鍵はフック式で、何か平たいモノを差し込んで、それを押し上げることでフックを外して簡単に鍵を開けることが出来ることも、もちろん事前に調査済みだ。
(さてさて、眠っていてくれるかな・・・?)
静かに窓を開け、中をのぞき込むと、そこには誰もいなかった。
(・・・? おかしいな、この時間には寝ているはずだが・・・)
彼は、誰も隠れていないことを確認して、そっと部屋の中に入った。やはり、誰もいないようだ。
(なぜいないんだ?・・・まあいい。これはむしろチャンスだ。いないうちに、何か情報が無いか探るとしよう)
そう考えて、机の引き出しに手を掛けたとき、
「フォートさまー! いますかー? ターラが夜這いに来ましたよー!」
扉を蹴破って、10歳くらいの少女が飛び込んできた。彼は見つかる前に、天井の隅にまるで蜘蛛の巣のようにひっついていた。
(こいつは確か・・・商談の時に一緒にいた子供・・・)
ターラはベッドの側に行くと、シーツをめくってフォートがいないか確かめた。
「あーあ、またいない。逃げられちゃったかあ・・・」
ターラは残念そうにそう言うと、テクテクと部屋を出て行った。
(『また逃げられた』と言うことは・・・そうか、あの子から逃げるために、部屋にいなかったと言うわけか。それなら、まだ帰るまで時間はありそうだ)
そう考えた彼は、“スタッ”と静かに着地して、机に向かった。
(さて、何か情報は・・・おっと?)
机の引き出しを開けた彼は、まるで隠されているかのように不自然に入れられた本を見つけた。
(何の本だ? 題名は・・・無しか。日記か何かか?)
彼はページをめくり、中をのぞき見た。
(空白が多いな、やはり日記か? いや、何かの機密情報を書いているという可能性もある・・・っ!)
そのページを開いて、彼は絶句した。そして、数ページにわたって書きこまれている言葉を、何度も見なおした。
「何が書かれてるかなんてわからないだろ?」
「!」
彼はドアの方を振り向いた。そこには、入り口を塞ぐように立つフォートが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます