第3話 復活の時
「パンパカパーン! おっめでとうございまーすっ!」
完全に意識を失ったはずの僕は、うるさいラッパと、素っ頓狂な声にたたき起こされた。
なんだ?死んだんじゃないのか?
恐る恐る目を開くとそこには、ただの真っ白い空間があった。“ただの真っ白い空間”としか形容できないほどに、そこにはなにもなく、ただただ白かった。
僕はその真っ白な、延々とどこまでも続いていそうで恐ろしくさえあるその空間にただ一人、ぽつんといたのだ。
「・・・ここは?」
周りを見渡してみる。当然のように全面真っ白。
しかし、どうやら地獄ではなさそうだ。さすがにここまで何にも無い、ただただ真っ白なだけの地獄なんてのはないだろう。
もしそんなのがあったとしたら、『地獄はインテリア不足なのでは?』と心配になる。
なら天国なのだろうか? まあ天国だったら、ある意味こんな感じの場所もありそうではあるが。
「残念でした。ここは天国でも、ましてや地獄でもありませんよ。その一歩手前で す」
「!」
僕は空を見上げた。そこには、幼い少女が”ぷかぷか”と宙に浮かんでいた。
少女は僕が彼女を見つけたのを確認すると、ゆっくりと僕と同じ高さに降りてきた。
彼女は床――真っ白くてどこからが床かわからないので多分だけど――に降り立つことはなく、浮かんだままで僕と向き合った。
「・・・浮かんでるのには意味があんの?」
無意味に浮いている少女に、なんとなく聞いてみる。
「はい。こっちの方が“スゴイ人”感が出るでしょ? そんなことより、まずは 現状確認をしましょう。これをしないと、みんな勘違いをしちゃいがちなんですよ」
“みんな”と言うことはつまり、僕以外にもこういうことを体験した奴がいると言うことなのだろう。
そして口ぶりから察するに、この少女はすでに何回も、いや、ことによると何十、何百回と、こういうことをしてきたのだということが窺えた。
もちろん『だからどうした?』という話ではあるけれど。
「まず一つ目、あなたは死にました!」
少女は僕を指さして、ハツラツな笑顔でそう言った。『死にました!』って元気に言われると、なんか複雑だ。
そういえば、僕が起きたときも『おっめでとうございまーすっ!』とか言ってたな。死んだ事の一体何がおめでたいんだ?
「二つ目、何とあなたは異世界転生者に選ばれました!」
「・・・・・・はい?」
僕は思わず、僕を指さしてそんなことを言う少女にそんな間の抜けた返しをしてしまった。
しかし少女は、相も変わらずニコニコとしている。
「マジモンのマジで、あなたが転生者に選ばれました! おめでとうございます!」
「・・・・・・」
「あれ? 反応が薄いですね? あ、もしかして異世界転生とか知らないタイプで すか? オタクじゃなかった人? じゃあ、説明がいりますね。えっとですね、 異世界転生というのは現代社会の現実逃避欲求から生み出された、いわゆる小説 やマンガ等の分野の一つでですね・・・」
「いや、大丈夫。さすがに知ってるから。というか、たくさん読んだから」
「おや、もしかしてあなたもそういう欲求があった口ですか? 異世界に逃げ出し たいという欲求。多いんですよねえ、最近そういう人。でもおかしいですね、そ ういう人は大抵『異世界転生が出来る』とわかったら飛び跳ねて喜んだり、中に は感動の涙を流して、何者かの神に祈りを捧げ始めたりもするのですが・・・」
「なんか最近の社会を完璧に映し出しているな。しかもかなり偏った人種の。
・・・いや、そうじゃなくて、たんに『え、マジでそんなのあったの?』って 思ったから」
「なるほどなるほど。確かにそういうタイプも一定数はいましたね。でも、異世界 転生系の愛読者では珍しいのは確かです」
「・・・・・・」
「? どうしたんですか? キョロキョロ見渡して」
「いや、もしかしてドッキリじゃ無いかと思って・・・」
最初は度肝を食らってこの状況を受け入れそうになったけど、よくよく落ち着いて考えれば、こんな事あり得るのか?
はっきり言って、異世界転生が存在するという確率よりも、実はドッキリに嵌められていると言う可能性の方が高いと思う。
特に親父なら“そういうこと”をしてもおかしくはない。あの変人は、こういう余興で金に糸目をつけないからな。
そんな僕の様子を見て、少女は呆れた様にため息をついた。
「まだ信じていなかったんですか? しょうがないなあ・・・じゃあ、まずは証明 しましょうか。これが、ドッキリなんかじゃないって事を」
そう言って、少女は指ぱっちんをした。すると・・・・・
――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「・・・なっ!?」
僕は思わず声を漏らした。
なにせ、今まで何もなく、ただひたすらに平べったく白い床が広がっていた空間から、まるで何かのおとぎ話にでも出てきそうな、真っ白なお城が隆起してきたからだ。
「さて、こんなのは朝飯前ですし、もういっちょいっときますか」
少女が再び指ぱっちんすると、今度は少女の近くの床から、真っ白な、まるで大砲のような形をしたモノが出てきた。
そしてそれは次の瞬間、耳をつんだく轟音と共に何かを城に向けて発射した。
それは城にぶつかると大爆発を起こし、爆風が落ち着いた頃には城はバラバラに崩れ去っていた。
「・・・っ!」
「これで理解してくれましたか? これがドッキリじゃないって」
少女はニコニコと僕を見てきた。
いや、ドン引きですわ。ここまでする必要あった?
もっと、コンパクトな証明方法があっただろ。
こうゆうオーバーワークの証明は数学とかで一番嫌われるんだからな。
もっとスマートに証明しようよ。
「理解してくれたようだから話を続けましょう。さて三つ目、何とあなたには転生先の世界を決める権利が与えられました! これはかなり運がいいことです!」
少女はまたもやハツラツとした表情で、そんなことを僕に言った。
「運がいい・・・のか?」
死んでるのに? ここから先、よっぽどの付属品をもらえても正直“運がいい”とはならないと思うんだけど・・・
「それはもちろん! 行き先を決めれる人なんてほんとに少ないですからね! たいていの人はランダムに飛ばされて『こんなとこに来たかったわけじゃない!』とかいうことになるんですから!」
「そうなんだ・・・」
まあ、死んだ後に生き返れるわけだから、行きたかったところに行けなかったとしても文句を言う権利はなさそうだが。
それに比べて、行き先を選べる僕はどうやらここでも“恵まれている”と言えそうだ。
つくづく嫌になってくるな。
「おや? なんだか不満そうですね? ・・・ああ、つまりこう言いたいわけです ね? 『俺は現実世界でやりたいことがあったのに、何を勝手に転生させてくれ てんだ!』って。いるんですよねえ、そういう人たち」
「いや、別にそういうことは・・・」
「でもですよ!? むしろ感謝してもらわないといけないんですよ!? だって、 あなたに訪れた“死そのもの”は偶然の産物で、私たちはその後に、宝くじ並みの確 率で転生できる人を選別しているだけなんですからね! 私たちは単に、死んで しまったあなたたちにもう一度チャンスをあげてるだけなんですよ!」
「・・・・・・」
別に転生できること自体には不満はないんだけど・・・
なんか話を聞いてくれないなあ。
それにどこか怒っている感じもある。
もしかして、僕より前に転生した先輩方が彼女を怒らせるようなことでもしたのだろうか? 事実、
「全く、ほんとに最近の若いのは・・・」
・・・って、ギリギリ僕にも聞こえるかどうかの小声で言っているし。転生者斡旋の仕事も大変なんだなあ。
「まあとにかく! あなたは異世界に転生することが出来ます! さあ、そこで質 問です! あなたはどんな異世界に転生したいですか?」
「・・・・・・」
正直なところ、『どんな異世界に行こうとどうでもいい』というのが本音だ。
行きたかった異世界に行けなかった先輩方には申し訳ない限りではあるが。
それでも、僕には行き先はどうでも良かった。
それよりも遙かに重要なことがあったから。
「・・・・・・異世界の行き先はランダムにしてくれていい。その代わり、一つだけお願いがあるんだ」
「お願い?・・・・ああ、『チート魔法をくれ』とか『レベル999スタートにしてくれ』とかですか? 多いんですよねえ、そういう人達」
少女は『はあ』とため息をこぼした。普段の彼女の気苦労は計り知れないな。どんだけ厄介な奴らが転生してるんだ。
「まあいいですよ。特別に許可しましょう。その代わり、転生先はこちらでランダムに選びますからね?」
「ああ。かまわない」
「本当に? 世界滅亡5分前の世界とかに飛ばされても文句言わないですか?」
「ちょっと待て」
さすがにそれはない。そんなのどう考えても無理ゲーだろ!
「冗談ですよ。さすがにそんな極端な所には飛ばしません。最悪でも、魔王に滅ぼされる直前とかですよ」
「・・・まあそれならいいけど」
いや、その世界に住む人たちにとってはたまったもんじゃないだろうけど。
とりあえず、生き延びるのが不可能な世界じゃ無きゃそれで十分だ。
僕の了解を得ると、少女は三度指ぱっちんをした。
すると、空中にペンと何かの書類が現れた。
おそらく、僕の希望を書き留めておく用だろう。
・・・コンピューターじゃないんだ。異世界転生斡旋業者は機械化が遅れているらしい。
そんなことを考えている僕を尻目に、少女は書類に何かを書き留めながら、僕に聞いてきた。
「で? どんな能力が欲しいんですか? 強力な魔法ですか? それとも高ステータスですか? あ、もしかして不死身の肉体とかですか?」
僕は少女の質問に、自信満々に答えた。
「奴隷に転生させてくれ」
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