第3話 核融合ブースト

「ララちゃん。予定軌道を表示して」

「はい」

「どうなってるのかな?」

「遠山伍長は何も考えなくて結構です。全て、私がやりますから」

「そんな事言わないでよ。まじめに聞くから」

「小惑星はおうし座方面より飛来しています。速度は毎秒約24キロメートル。直径は約300メートルです」

「もしかして、プレアデス星団から飛んできたの」

「いえ、太陽系内の小惑星です。黄道面より45度程度、角度のある楕円軌道を周回しています」

「ははは。当てずっぽうで言っても当たらないね」

「当たり前です。馬鹿なんだから。では予定軌道の説明をします。これから100分かけて月まで行きます。月の重力を利用したスイングバイでさらに加速し、最終的に秒速80キロメートルになります。軌道を修正しながら当該小惑星に近づき、背後からゼウスの雷を放ちます。小惑星を破砕後、地球で減速スイングバイを実施しラバウルへ帰還します。所要時間は約250分です。何かご質問はありますか?」

「大体16時ごろか。それから直ぐに地上へ降りれるかな?」

「破片警報が発令されます。地上へ降りれるのは明日の午前便となります」

「今夜は無理かな」

「諦めてください。全くワガママなんだから」

「大尉の機体は?」

「同じ軌道を5分遅れで追尾されます。万一私たちが失敗した場合は、大尉がゼウスの雷を放たれます」

「なるほど。それで大尉が失敗したら?」

「地上より戦略核が打ち上げられます。これはなるべく使用したくないようです」

「もったいないもんね」

「それでは核融合ブースト起動シークエンスに入りますがよろしいですか?」

「結構。好きにやって頂戴」

「了解。15秒後に起動します」

「え? 急だね」

「馬鹿なおしゃべりをするからです。5……4……3……2……1……」

「ちょっと待って。心の準備が」

「核融合ブースト起動。加速Gにご注意下さい」


 G吸収ゲルの詰まったブヨブヨのシートに押さえつけられる。歯を食いしばって耐える。涙が出てきた。


「予定通り加速中です。あと30秒」

「ああああ……。キツイです。ララちゃんどうにかして」

「どうにかなるわけないでしょう。我慢してください」

「うー死ぬ。マジで死ぬ」

「喋ってるのは平気な証拠だと判断します。あと15秒」

「ララちゃん冷血だね」

「AIですから」

「こんな時に冗談言わないで」

「遠山伍長の設定です」

「ごめんなさい」

「一次加速終了。お疲れさまでした。スイングバイ実施まで95分です」


 とりあえず一息つけた。正面には月が見えている。半分明るく半分暗い。

 暗い部分には所々明かりが見える。


 月面にある基地や設備の明かりであろう。月面の人口は数千万人にもなるが、都市はすべて地下都市になっている。夜の部分でも、地球の夜のような明かりは見えない。


「ねえララちゃん。月って綺麗だね」

「ただの岩石の塊です。あんなものに哀愁を感じるメンタリティは理解できません」

「ねえ、愛を語ろうよ」

「意味不明です」

「夏目漱石って知ってるよね」

「知ってるけど知りません」

「もう、可愛いんだから」

「お世辞は結構です」

「拗ねた?」

「仕様です」

 

 スイングバイでの再加速まで約90分。

 ララちゃんとしゃべっていると時間がたつのを忘れてしまう。


 これも一種のデートかな?


 ボクは発進前のイライラした感情をすっかり忘れ、ラちゃんとのおしゃべりに熱中していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る