第7話
目を覚ましたスタニョスは最初こそ渋ってはいたが、ほどなく自らが置かれた状況を理解し供述を始めた。まず、主だった容疑として武装しての集合待機、許可のない魔器の取り扱い並びに使用がある。
裏市場で手に入れた魔よけの札のおかげでビンチ達合同捜査班の急襲までの間、魔人の侵入を阻むことはできた。皮肉なことだが、そこまで効果の高い護符の使用には許可が必要となる。当然、そこに至る事情説明も必要となる。
だが、スタニョスにもっとも堪えたのは魔人に襲われた際に気絶し失禁した事実のようだ。
彼にとって幸いだったことは魔人が現れる前に部下は全員フィックスによって気絶させられていたことだ。その後の混乱で無様な姿はばれてはいない。
「あぁ、死んだ三人とつるんでいたのは確かだよ」
スタニョスは湾岸中央署の窓のない薄暗い部屋で粗末な椅子に座っている。傷んだ机を挟み対面に立っているのはビンチとフィックスだ。四方の壁とスタニョス自身にも護符が貼られている。傍目にはあまり居心地がよいとは思えないが、彼はこれが安心できるようだ。
「ポンテソットから誘われたんだ。ミュウーラーの発案で港の土地を再開発に備えて押さえておこうって話だった。三人じゃいまいち金が足りなかったそうだ。それで俺達も加わった」
「犯人に心当たりはあるか。お前たちに対抗馬でもいたのか」とビンチ。
「それは知らん。前にも話題になった話だったのは知っている。だから、居てもおかしくない。だが、今回は関係ないだろう」
「じゃあ、誰だ」
スタニョスは黙り込んだ。二人から視線を外し深く息をつく。机の上に置いた手の指が虫が蠢くように動く。
「心当たりはあるんだよな。喋った方がいいぞ」フィックスはスタニョスの瞳を覗き込み微笑む。「神の慈悲は少々わかりにくいが、お上の慈悲は明瞭だ。お前もいつまでもこんな部屋に籠っていたくはないだろう。教えてくれればあの魔人は俺たちが始末してやる」
スタニョスの目が大きく開く。大きく息をつく。
「本当だろうな……」
「俺達が頼りになるのはお前も見ていただろう。あれが仕事なんだ」
「なるほど……」弱い笑みを浮かべる。「アンディー・スニーフだと思う。もぐりの魔導師だ」
ビンチはゴルゲットを通じてアンディー・スニーフの名をすぐさま回線内に伝えた。
「間違いないか」フィックスは尋問を続ける。
「間違いない。あの魔人を見たことがある」
「ある?お前とはどういう関係だ」
「何度か取り立てを手伝わせた……」慌てて言葉を飲み黙り込んだが「……もう知っているかもしれないが、店の奥で金貸しもやっていた」
観念し話を続ける。
「金を借りるだけ借りて返さない客の何人かにあの魔人で脅しつけた。もちろん、傷を付けたことはない。金が取れなくなるからな。適当に暴れさせて、後から使いの者に会いに行かせれば二つ返事で金を出した。無くても大慌てで金を用意したよ。いい関係だったんだ」
「それならどうしてこうなった」
「わからんよ。話を付けるにも連絡も取れない……」
「連絡はしたのか」
「したさ、だが返事はない。何があったかわからない。……手打ちにするにも話し合いさえできない。だから、俺は店に籠っていたんだ」
「おい!本当だろうな」ビンチは目の前の机に音を立て両手のひらをついた。スタニョスを睨みつける。「そのスニーフという魔導師はもうこの世にはいないようだぞ」
「……どういうことだ。俺は知らん。何もしてないぞ」
スタニョスは立ち上がり後ずさろうとする。
「スニーフの部屋は無人で床は血まみれ、彼と思わしき遺体が港から上がった」さらに先を続ける。
「俺は何もしてない!」
「そしてその遺体も収容された病院から盗み出され現在行方不明だ」
再度手のひらを机に叩きつける。
「信じてくれ。俺は何もしていない。手の打ちようがなかったから店に籠っていたんだよ!」
スタニョスは力なく椅子に座り込み頭を抱えた。
「スニーフの遺体が港に上がったのは最初の事件であるアウメンターレ・ロンゴが路上で殺される前のことだ。おかしなことになるな」
ビンチの頭蓋にフィックスの声が響く。
「そうだ。死んだはずの男が魔人を呼び出し、人を殺して回っていたことになる」
「誰かがスニーフの犯行を装っているということか」
「遺体が上がってちゃ意味がない」
「それを知らないのかも」
「わかったよ。それなら他にスニーフを知っている者はいないか」フィックスはスタニョスに視線を投げる。
「あぁ……ポンテソットだ。いや、あいつは」
スタニョスはポンテソットが既にいない事を思い出したようだ。
「かまわん、続けてくれ」と促すビンチ。
「あいつに腕のいい魔導師はいないかと聞かれてスニーフを紹介した」
顔を見合わせるビンチとフィックス。二人ともポンテソットの用心棒であるピカタとあった時の反応を思い出していた。
アンディー・スニーフはまだ生きているのか。それとも彼を装う魔導師がいるのか。黒ずくめの魔人が異世界から魔法によって呼び出された存在なら、誰であっても召喚と使役は可能となる。それがスニーフによって組まれた魔法であっても同じことだ。
合同捜査班は新たに現れた問いを解くために、すぐさまスニーフの行方とポンテソットの周辺を追い始めた。ミュウーラー発案の港湾地域の地上げの件も含め関係者を追っていく。動機として四人組の計画を知った外部の者が、それを阻むため実力行使に出たと考えられるからだ。
特化隊からも何人か応援が送られそうだ。ビンチとフィックスの二人はピカタを訪ねポンテソットの事務所へ向かうが彼の姿はなかった。人材派遣や金融などの通常業務のため出てきている従業員も困惑をしている様子だ。自宅の所在を尋ねると不承不承ながらも答えが返って来た。それを回線を使い全員に告げる。
「彼は今日はまだこちらには来ていません」ポンテソット宅の監視担当者からの連絡が頭蓋に響く。
念のため事務所内をくまなく探し回る。屋上から地下倉庫まで探したがピカタは見つからなかった。周辺でピカタの姿を見た者はいないか聞き込みを始める。ややあってゴルゲットから通信が飛び込んできた。
「警備隊と共にピカタ宅へ到着」ユーステッドの声が聞こえて来た。
応援はユーステッドとアトソンのようだ。
「今から突入する」
警備隊士から若干の嫌悪感の波が無言の通信に紛れ込んでくる。誰も惨殺体など好き好んで見たくはない。突入の掛け声の後に連呼される帝都警備隊という言葉、嫌悪感はほどなく消え去り、若干の安堵が混じった失望が浮かんできた。残念だがピカタは不在のようだ。
遺体で見つかるよりはましだ。死人からは何も聞きだすことは出来ない。
「全室制圧、無人だ」ユーステッドの落胆の声。
「誰もいない」とアトソン。
ただ出かけているということはないだろう。
「そっちは何か出先の手掛かりがないか探してくれ。俺達はもう少し聞き込みを続ける」とビンチ。
「了解」ユーステッドの声。
くぐもった隊士の声が聞こえた。ユーステッドの耳を経由しての音声のため聞き取りにくい。
「あぁ、これはいい。ピカタの忘れ物だろう。いいものが見つかった」
「テーブルに放置された新聞に記載された船の時刻表に印が入れてあります」と隊士の声「ケンタウルス号オキシデン行き、出航は夕方八刻、船が出るまでもう一刻も時間はありません」
「警備隊で船の出航を待ってくれるように連絡してくれないか」
「了解です」別の声が聞こえた。
「ユーステッド、港に向かってくれ。こちらのすぐに追いかける」とビンチ。
「了解」
「ポロ・ピカタという男だが、背中に武器を隠し持っているような物騒な男だ。対応には十分注意するように伝えてくれ」とフィックス。
「わかりました。そのように伝えます」
通信が切れると二人は港へ走り出した。船がどんなに協力的であろうと夜までは待ってはくれないだろう。
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