第2話

 翌日のアーランドは日勤だった。だが、昨日の件がある。港から水浸しの刺殺遺体だ。あの件がある為通常勤務はあり得ないだろう。

 署に入り担当部署がある二階へ、部屋に入ると相棒のジェロダンは既に出勤し自分の席で茶を飲んでいた。

「おはよう、ダニエル」ジェロダンは朝の挨拶と共に熱い茶が入ってるカップをアーランドに手渡した。

「おはようございます。シャーリー」カップを受け取り席に着く。

「それ飲んだら病院に行くわよ」

「了解です」

 ジェロダンのいう病院とは港で見つかった遺体が運び込まれたドブラザーズ病院のことだろう。病院に到着した遺体は速やかに検死を受けた。胸や腹を何か所も刺されそのうち二か所は背中側まで貫通する傷となっていた。被害者はそれらの攻撃でほぼ即死だっただろうとのことだ。つまり、自力で逃走することなど無理だったことになる。今日は更に詳報が聞けるだろうか。

「あぁ、病院から連絡の連絡で……」

「はい」やはり何か手掛かりが見つかったか 。

「遺体がなくなったそうよ」

 アーランドはまだ熱い茶を不用意に飲み下してしまった。一部が気管に入り込みひどくせき込んだ。喉の奥も焼けるように熱い。

「……なくなった?港に見つかった遺体がですか」涙目でジェロダンに尋ねる。

「えぇ、衣服と剣、持ち物全部と一緒に姿が消えたわ」 


  

 遺体が姿を消したのは昨夜のことと思われる。病院の職員がその異変に気が付いたのは今朝になってのことだ。朝になり職員が一時安置の遺体を収めるため部屋へやって来た。入室時以外は閉めてあるはずの鍵が掛かっておらず、不審に思った職員が急ぎ室内を点検すると遺体が持ち物と一緒に消えていた。

「元々病院のこちら側は昼でも人通りが少なく、夜となれば無人です。警備員による巡回はありますが一刻に一度ほどです」彼女は事務師長でハルシュと名乗った。ジェロダンにも劣らない鋭い目つきをしている。

 病院関係者からの聞き取りはアーランドが担当し、ジェロダンは遺体が入っていた巨大な引き出しや持ち物を納めていた荷物入れを眺めている。

「警備の最中に何か不審なものは見かけませんでしたか」とアーランド。

「不審……そんなもの気にしてたらここでは仕事はしてられません。変な音に影に声は日常茶飯事です」

 事務師長が警備員を睨みつける。

「あぁ、もちろん人との区別はちゃんとついています。外からの侵入者は見ていません」慌てて言葉を付け足す。 

「扉の鍵は点検しましたか」 とアーランド。

「もちろんです。こちらには高価な品を身につけられたまま来られる方もおられるので、しっかりとした鍵を取り付け、巡回毎の点検が設定されています」事務師長が答える。

「それなら犯行は発覚する直前の巡回の後ということになりますね」

「はい……」警備員が着心地悪そうに答えた。

「昨夜、あなたがいらっしゃったのはどこでですか」

 訪れて挨拶を交わして以来黙っていたジェロダンが質問を投げかけた。

「警備員の詰所です」

「それはどこに?」

「裏口のすぐそばです」

「人の出入りがわかるように、そして対応しやすいように外側と建物内に二枚の扉がついています」看護師長が答える。

「なるほど」とジェロダン。「昨日の彼がここに運び込まれたのを知っていたのは誰がおられますか?」

「検死を担当したポンヌ先生、搬入馬車の担当員、それからあなた方でしょうか」

 それからはアーランドとジェロダンは警備員の詰所へ案内してもらい、そこから外を眺め、次に他の関係者からの聞き取りを済ませ正面玄関から外へ出た。風が吹き空気の流れが感じられる外は気持ちがいい。

「どう思う」

 病院の車止めまで出てジェロダンがアーランドに尋ねた。

「病院内で手引きがあったかは別にしても手際がいい犯行ですね。警備員のニマスの巡回を縫って侵入し遺体を運び出している」

 警備員の詰所へ訪れた際、ジェロダンは外に面する扉の鍵が開いていることを発見した。ニマスは昨夜から開けた覚えはなかった。

「裏口は朝まで閉じられていた。となると大胆過ぎるとは思うけど侵入、脱出にはあの警備員の詰所が使われたと考えていいかしら」とジェロダン。「ニマスが巡回に出る。それを見計らって内通者の手引きにより犯人が侵入し、彼の後を追うように安置室へ、彼が前から去って部屋に侵入し遺体を持ち出す。けど、そこまでする価値がどこにあるのか」

「遺体の中に何か隠してあったとか。尻の中に何か隠して街に入るとか出るとか。そんな話は聞いたことがあります」

「わたしも聞いたことはある」



 魔導騎士団特化隊の主な職務は魔法犯罪の取り締まり、魔器や遺物の不法取引の摘発などである。そのため呪いによって見るに堪えない状況に陥った被害者を目にすることは珍しくはない。この特務部隊での任務を長くこなしているデヴィット・ビンチとニッキー・フィックスの二名ともなれば異形と呼ばれる存在であっても目にして動揺することはない。だが、騎士と認めてもらえないのは身に堪えることがある。

 警備隊からの協力要請を受けビンチ、フィックスの二人は指定された病院へ駆けつけた。病院の裏口に現れたオレンジ色のターバンと大男と派手なウエストコートの長身の男に警備員は車止めで待つように命じた。

「事情はわかるがここで待っていてくれ」その一点張りで警備員は取り付く島もなく話にならない。身分証を取り出そうと懐に手をやると腰の剣を手にやる始末だ。

 外での騒ぎを聞きつけたのか制服隊士が病院内からやって来た。隊士は二人の顔を見るなり駆け寄って来た。

「お久しぶりです」隊士が軽く頭を下げる。

 若い隊士だが運よく彼らを目にした事があったようだ。彼は中年の警備員にビンチとフィックスが怪しい人物ではないことを説明している。

「こちらの応援要請で来てもらった人たちです」

 隊士の紹介の言葉に警備員の態度はようやく軟化してきた。

「特化隊?」

 ここでようやく二人は身分証を提示することが出来た。身分証と容姿を見比べ首を上下するいつもの動き、これにはもう慣れた。

「特殊な任務を帯びている人たちなんです」

「特殊……隠密かな何かで……それでこんな格好を」納得したように頷く。

 何かを誤解しているようだが、それは放って置くことにした。説明に手間をかけるより今は病院内に入ることが優先だ。

「火事の時はお世話になりました。こちらにどうぞ」

 ようやく事情が分かった。

「旧市街の現場に君もいたのか」フィックスが答える。

「はい」

 彼は焼け落ちた倉庫の件で二人を目にしていたらしい。

「なるほど、ありがとう助かったよ」

 しかし、もっと落ち着いた服装なら簡単に入ることが出来ただろう。だが、趣向は変えられない。

 裏口を抜けると隊士は付近を確認した上で口を開いた。

「……実は三日ほど前ですが、この病院から遺体が持ち物もろとも盗み出されまして、まだその緊張が解けないのでしょう。それかこれから見てもらう遺体の関係者と誤解されたのかもしれません」

「遺族と間違われた?」とビンチ。

「たぶん……」

 遺体安置室に案内されて言葉の意味が理解できた。部屋の中央に置かれた巨大な作業台の上に強面の男の遺体が裸で横たわっている。近くに置かれた駒付きの台車には派手な弔い装束が置かれている。彼はまもなくこれに着替え家か教会に向かうのだろう。ビンチたちは警備員に指定時間より早く来過ぎた身内と勘違いされたのか。

 遺体の傍に私服隊士が二人待機していた。制服隊士が二人にビンチたちを紹介する。紹介を受け二人が軽く頭を上下させる。彼らはキャルキャとライナと名乗った。金髪がキャルキャで黒がライナだ。細身で容姿が兄弟のように似ている。

「ご足労ありがとうございます。見てもらいたいのはこの遺体です」

 キャルキャは作業台に横たわる遺体を手で示した。きれいに洗い清められているのは既に必要な見分は済ませてあるからだろう。胸から腹にかけて幅広ののこぎりで引かれたようなひどい傷が付いている。切り裂かれた腹は修復され、これなら服さえ身につければ家族と対面ができるだろう。

「何があった……気の毒に拷問でも受けたのか」

「自宅で侵入者に襲われたようです」

 ビンチはその言葉に耳を疑った。被害者に目をやりそしてキャルキャ、ライナへ移る。誰も冗談を言っている目つきではない。真剣そのものだ。

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