お宝逃走中
お宝逃走中 第1話
陽がまだ天頂へと昇りきらぬ旧市街港湾地区、倉庫街の小道を鉄馬車の一群が埠頭へ向けて駆けていく。蒼い車体に帝都警備隊と書かれた数台の馬車の後に無記名の黒い鉄馬車が続く。車列が速度を落とさないため、歩行者側が道を譲ることになる。急停車した荷車が荷崩れを起こし木箱が転がり落ちる。御者が口汚い叫びを上げるが、車列は気に留めることなく走り去っていく。
港を行き交う通行人を押しのけ、車列が停止したのは船腹に「フォルナーゼ」と書かれた貨物船のすぐ傍でのことだ。鉄馬車から飛び降りてきた警備隊士達が乗降口に向かい、付近を速やかに封鎖する。
最後尾の鉄馬車より魔導騎士団特化隊の隊士達も飛び出してきた。今回は魔法禁制品の取引とあって、全員魔法防御が施された黒い鎧姿だ。各自武器を召喚し貨物船へと向かう。船への昇降口に見張り役の船員の姿はなく、既に警備隊によって抑えられている。罠に注意しつつ甲板へと上がる踏み段を駆け登る。
「何か様子が変だ」ジェイミー・アトソンが呟いた。
「何を感じている?」
相棒のジェイスン・ユーステッドの声が通信ゴルゲットを介して頭蓋に響く。声には出さないがディビット・ビンチ、ニッキー・フィックスの二人も今の言葉に関心を持っているようだ。
アトソンがこういう違法な取引現場でよく感じるのは金銭的な期待と高揚感、そして警戒心等なのだが、今アトソンが姫―所持する大剣月下麗人―を介して感じるのは怒りと死の恐怖、苦痛だ。アトソンはそれらに仲間に伝えた。
「一悶着あった後なのか」とビンチ。
「たぶんね、要注意だと思う」
その言葉は当たっていた。船内に入ると至る所に斬撃を受け倒れた男女が床に横たわっていた。誰も鋭い剣で一撃を受け倒されている。とどめを刺された様子はないが受けた傷が致命的である者は既に絶命している。揃いの革の上着はフォルナーゼ号の船員、他は帝都側の取引業者と思われる。全員武器を手にして抵抗を試みたようだが襲撃者には敵わなかった。
「早速、病院の馬車が必要だな」ユーステッドの声が頭蓋に響く。
「坊さんも呼んでやってくれ。耳の傍でやいのやいのと騒がれたんじゃたまらないよ」アトソンは空いた片手を耳に持っていく。絶命はしたがこの場から去ることができない思念がアトソンの存在に気づき縋り付いてくる。
「迷わないように坊さんを呼んで楽にしてやるから安心しろ」ビンチは声に出し周囲に呼びかけた。
アトソンに軽く安堵の意思が流れ込み、苦痛や恨み言を訴える声が弱まり、一息つくことができた。彼が聞こえない見えない意思を感じ取ることができるのは、契約を結んだ月下麗人の加護の一つだ。危険をより早く察知ことができる点では優れているのだが、このような荒れた思念が充満した場では苦痛でしかない。
特化隊による船内の速やかな探索の結果、まだ息のある船員と地元業者を見つけることは出来たが、襲撃犯は既に逃走していることがわかった。もう武器を収め、警備隊を入れてもよい頃間だ。
「病院と坊さんの手配はついた。もうすぐやってくる。その前にあんた達が誰に殺れたか教えてくれないか。俺たちが見つけ出してちゃんと始末はつけてやる」
ビンチは声に出し周囲に呼びかけた。
「裏切り者、操られた、持ち逃げ、化け物……いろいろ声が聞こえる」とアトソン。
「つまり、お宝に操られた奴が化け物になって暴れたってところか」フィックスが断片を編集する。
「その通りだそうだ。……あぁ、今度は後を追えとうるさくなってきた」
アトソンは顔をしかめた。
「んっ?誰かに見られてるか」アトソンは周囲に目をやった。
他の隊士が武器を召喚する。
「あぁ、戦意はないようだから心配はないと思う」
「騒ぎを感じ取って辺りにいる奴が様子を見にきたか」
ビンチの手元から両手剣が消える。
「海だからな。迷っている奴もいるさ。まとめて送ってもらうといい」とユーステッド。
「気楽でいいよな、あんた達は」 アトソンが顔をしかめた。
「何だった?」
「鋭敏な精霊付きがおりました。精霊は月下麗人と名乗っております。お互い邪魔せぬ限り問題はならないでしょう」
ユーステッドが海で迷う精霊としたのは騒ぎを感じやって来たアイラ・ホワイトとアイリーンの母娘だった。騒ぎを敏感にとらえる点ではこちらも精霊たちと同様だ。
「ふん、月下麗人、戦闘好きの精霊だ。強い加護で契約者を守るが、それもこれもすべて戦いを楽しむためだ。今はこの街におったのだな」
「既に見知った存在でしたか。他にもお母様が療養所にいた頃に見張りに付いていた者もおるようです」
二人は姿を消しフォルナーゼ号の最上部の帆桁に座り眼下で動く者たちの意識をのぞき込んでいた。
「それなりの手練れが送り込まれてきたところを見ると、この船で間違いなさそうだな」
「はい、お母様。先の力の発現はこの船からとみて間違いないでしょう」
ホワイトたちが港の倉庫で朝のひと時を過ごしていた際、アイリーンが剣呑な気の爆発を感じ取った。人が発する気ではない。だが、それは遠く小さかったため場所の特定は困難と思われた。ほどなく、けたたましい鉄馬車の一団が倉庫街を駆け抜けていった。何者かと探ってみれば警備隊と精霊付きの集団で違法取引の取り締まりに向かう途中とわかった。それを追い彼女たちも港まで見物がてらにやって来たのだ。
「生き残りもそのように言っておる」ホワイトはあり合わせの板に乗せられ運ばれていく船員を目で追う。
「中身の確認のため包みを解いたら客が化け物に変わって暴れ出した。典型的な取り扱いの不備だな。装備が乏しく知識もない者十人ほどで囲んで開封などもってのほかだ。本というなら魔導書なのだろう、それを眠らせてもいない」
次の生き残りが運ばれていく。それを目で追っていく。
「美術品として楽しみたいなら、まず精霊を抜くことだ。持ちは悪くなるが仕方ないだろう」
「お母様、素人にそのような説教をしても無駄だと思います」
「無駄なものか、商売とするならそれを十分に知る必要がある。それは当然だろう」
「あぁ、うるさいな」ため息混じで呟いたアトソンから憂鬱な空気が溢れ出す。
「奴らは殺されてまだ間もないんだ。勘弁してやれ」ユーステッドがたしなめる。
「あいつらは落ち着いてきたよ。近くに別の奴がいるんだ。そいつが説教めいた空気を流してくるんだ」
船内の安全も確保されたことで任務は捜索へと切り替わった。警備隊が発見した不審物などの開封も含まれているが、どの包みも特化隊が管轄する危険物ではない。今のところ、どれも追加の関税を払えば無事放免となるぜいたく品ばかりだ。
「溺れて亡くなった教師でもやって来たか」
「さぁね。何者か知らないけど、ただ俺たちを眺めている」
アトソンはランタンを手に新しく見つかった隠し倉庫に潜り込んだ。中は空で何も収められていない。金貨の一枚でも落ちていればいいのだが、あるのは足跡と埃だけだ。何かあったとしても既に持ち去られた後なのだろう。
また一人怪我人が運ばれていく。彼女は無事に船を抜け出すことができ安堵している様子だ。黒髪の背の高い女で、気の早いことに治療を受けてから、どうやって病院を無断で抜け出すか段取りを考えている。突然の化け物出現という狂乱状態の中、仲間から誤って背中を斬られた。そのため床に倒れることになったが、そのおかげなのか何なのか、化け物には頭を踏まれ気を失うだけで済んだ。
「魔導書に操られ変異したのはこちらの業者が連れて来た客らしい。そいつが魔導書を手に取り眺めているうちに……全く馬鹿なことをしたものだ……変異した。突然の背中の痛みと頭への衝撃で気を失い、そいつがどこに行ったかはわからないが異形と化した客の姿は憶えている。黒い外套を身に纏い山高帽を被った骸骨だ」
運ばれていく女が思い出した光景に体を震わせた。
「人が見る悪夢に出てきそうなやつですね」
「お前もそう思うか。面白そうだ、我らもそいつを探してみよう。気の荒い密輸業者や船員たちを怯えさせた化け物をわたしも是非見てみたいと思う」
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