第2話

 第二歩兵大隊を率いるネルズにようやく待望の情報が舞い込んできた。


「例の一行ですが、すでにこのトゥルグ・ムルシュに潜入しているのは確実と思われます」


 ここは千人隊長の執務室。ネルズの副官のナバラはすべての状況を承知している。友人でもありイバシ家に忠実な男だ。


「彼らが密かに調達していた物品から察するに、芸人に扮し潜入したと思われます」


 アレキシ陛下の居場所が判明したのもこの点からだ。支持者を見つけ出したのはほんの偶然からだが、泳がしているうちに彼ら自身が拠点へと導いてくれた。暗殺計画が発動してからは、眠れぬ夜を過ごした。担当の百人隊長には陛下の名を騙りダキア王国の転覆を企む謀反人の集まりと言い含めておいた。事が終われば気が休まると自分に言い聞かせていたが、やって来たのは部隊瓦解の知らせだった。不意に現れた助っ人に一方的にやられ、相手方には損害無しというひどいありさまだ。


「南側の国境検問所に問い合わせてみたところ、招聘状を持った旅芸人一座を含め多数の集団が越境しているようです。もういくつかがこちらに到着しているでしょう」


「わかった、いいだろう。目を引く証言はあったか」


「それが、連中は誰もが目を引こうとして必死のようです、派手な服装に化粧、飾り立てた荷車、芝居がかった対応、その場で芸を始める者まで出る始末だそうです」


「こちらで探したほうがよさそうだな」 ネルズは息をついた。


「どのようにして?」


「警察を動かしてみるか。謀反人が潜んでいるかもしれないと宿改めを指示する。旅芸人がいないか虱潰しに当たらせよう。何としても探し出さなさなければならん」


 暗い森の中で静かに息を引き取ってもらえばよかったのだが、それは失敗した。伯爵家の縁者となっている自分に最早、陛下の暗殺を無理強いをされたなどの言い訳は通用しない。末娘のイリヤを妻に貰い今の地位を得た。今や伯爵家とは一蓮托生だ。何としても陛下にはあの世に旅立っていただくほかはない。それも目立たずひっそりと。




「帰還を大々的に知らしめるのはいいが、結婚式を潰してもいいのか。余計な反感を買うことはないか」これはコールドの経験則によるものだ。このような催事で何かやらかせば一生ついて回ることになる。


 支配人サガンとの会合が終わり食事が運ばれてきた。事前に取り分けられた料理が目の前に並べられるのもコールド達にとっては珍しい事である。それも終わり今は小さなグラスに注がれた真っ赤な酒が目の前に置かれている。給仕がすぐそばに控えておりお代わり自由らしい。


 コールドとして会合中ずっと気になっていた事を言葉にしたのだが、ベンソンとライト以外からの反応はあきれ顔だった。


「確かに、普通ならそうかもしれん。後に遺恨を残すことになりかねん。だが、今回は潰すのではなく取り戻すと考えている」ライトはグラスを取り上げ酒を軽く口にした。


 ライトの言葉にジェイソンと他の同席者、給仕も頷く。


「花嫁のヤスミン・ラーチカイネンは俺の婚約者だ。子供の頃に親同士が決めた縁組、所謂政略結婚というやつだがそんなものは関係ない。俺はヤスミンを愛しているし、彼女も同様愛してくれている。成人すれば晴れて結婚と思っていた矢先に両親が亡くなった。原因が本当に事故なのか暗殺かは今だ持って不明だが、チェルニーヒウに留学していた俺も命を狙われるようになった。ジェイソンたちに助けられ匿われ過ごしてきた。俺の無事を知っている者もいくらかいるが公式には消息不明だ。そこで今回の計画だ。挙式に乗り込みこの身を晒し無事の帰還を示したいのだ」


「そういうことか。しかし、結婚相手というのはそんなに簡単に変えられるものなのか?」


「残念ながらそうなんだ。陛下、姫様と持ち上げられても結局の所、人扱いはされていないゲームの駒だ。都合で盤上のどこにでも飛ばされ、捨てられることもある」


「アレキシ様……」ジェイソンが彼をたしなめる。


「悪かった。俺にはお前たちもヤスミンもいる。俺は恵まれているよ。だが、彼女の実家であるマジャロルサークはこちらに異を唱える気はないようだ。ヤスミンが修道院から戻った今、いつまでも生死不明の俺をいつまでも待っていられないのだろう」


「摂政であるイァカミ伯爵からの圧力もあるようです」とジェイソン。「マジャロルサーク王家と縁戚を付け、息子のラカミ卿に箔を付け、やがては王位を継がせようと考えているのでしょう。しかし、それは簡単なことではありません。亡くなられたサムリ様は信望厚いお方でした。ですので、一般人であってもアレキシ様の帰還を望んでいます」


「それであの洞窟での騒ぎか」 とベンソン。


「こっそりアレキシを亡き者にし、しばらくして遺品を公表すれば自然に王位はラカミ卿に滑り込む」


「そういうことだ。考えたくもないがな」ジェイソンが吐き捨てるようにいう。


「こりゃぁ、どうあってもガンジロウ一座で結婚式に乗り込んで一席ぶたないといないわけだ。面白くなってきやがった」


 

 執務室の扉がいつになく強い調子で連打された。正体は副官のナバラだった。終始落ち着いた振舞いのナバラらしくない行動である。ナバラは上官であるネルズに正対すると深呼吸の後声を発した。


「アレキシ陛下……、陛下らが扮していると思われる一座の所在が掴めました」


「ご苦労。先を続けてくれ」


 言葉自体が刃を持っているかのようにネルズの胸に突き刺さる。洞窟での襲撃は密かに逃げ延びてくれることを期待していた。そして、挙式の邪魔などせず他国の田舎でひっそりと暮らしていてくれればと願っていたのだが、陛下にはその気はないらしい。


「花見通り二十三の宿、ハイラル・ジィリオにて内偵通りガンジロウ一座の名で逗留しています。一座はいくらかの武器などを所持していますが、それらは届け出済みで招聘状まで発行されているため拘束はされていません」


「こちらで見張りは付けているか?」


「はい」


「それでいい。下手に拘束されては手が出しにくくなる。特務第八隊のチオードを呼んでくれ実行は彼らに任せる」


「第八隊ですか……」


「そうだ。闇で流れている武器と装備も用意してくれ。制式装備を使い痕跡を残すわけにはいかん」


「了解です」




 天井での物音にコールドは目を覚ました。何か多数の大きなものが屋根に負荷をかけ軋ませている。町中に木登りが得意なクマや大猿がいるわけもない。大きな生き物ならば人だ。


「ベンソン起きろ」コールドは隣の寝台で眠っていたベンソンの肩を揺らした。


「何だ。まだ夜も開けてないぞ」


「文句は屋根の上で歩き回ってる奴らに言ってくれ」


 この二日間特に動きを感じることはなかったが、何事もなく王宮に入ることは難しいようだ。昨日やって来た警察兵はうまくあしらえたと思っていたが違ったようだ。


「ここは俺が引き受けた。ベンソン、お前はライトたちの様子を見てきてくれ」


「了解、任せとけ」


 ベンソンは素早くローブを身に着け銃帯を巻き廊下へ出て行った。


 廊下へ出るとジェイソンがいた。手には刀を携えている。


「あんたも上が気になったか」ベンソンは天井を指差し彼に尋ねた。


「そうだ」


 ジェイソンの背後の扉が開き女が出てきた。片手刀を所持し戦う準備はできているようだ。


「シモト、お前はアレキシ様と他の者の様子を見てきてくれ」女は頷き二階へと階段を下りていった。


「ここは相棒に任せていいんだな」


「あぁ、ここはコールドが引き受ける」


「なら、俺たちは玄関口を固めよう」ジェイソンは傍の吹き抜けまで歩き、そこから玄関口を眺め下ろした。「降りられるか?」飛び降りることができるかという意味だ。


「問題ない」

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