第五十五話 ここまで来れたのは

 僕はティアナの手を引いて階段を上がって自分の部屋の扉に辿り着く。

 さっきから心臓の音が痛いくらいに鳴り響く。

 ティアナにまで聞こえてしまっているんじゃないかって心配になるほどだ。


 扉を開け、中へ入る。

 部屋は真っ暗なのでロウソクに火を灯し、ほのかな明かりの中で僕達は椅子に向かい合って座る。


 けれど……部屋まで連れてきたのはいいけど、正直まず何からすればいいのかわからない。

 話をしようにも、緊張がまだ解けておらず頭の中も混乱していて、どんな話題を出そうかすらも思いつかない。


 ティアナの方も両手を握り締めたまま、うつむいて口を固く結んでいる。

 しばらくの間、僕とティアナはお互い椅子に座ったまま動けずにいた。


 このままじゃいけないと思って、僕が何か飲み物でもと口を開こうとしたら、ティアナが顔を上げて僕をじっと見つめてきた。


「リューシュ……」


 弱弱しくも僕の名前を呼ぶ。


「私ね……あなたに会ったらまず言わなきゃって思ってたことがあったの……」


 僕は開こうとした口を閉じ、真剣な顔でティアナを見る。


「ごめんなさい……私のせいで……あなたを苦しめてしまった……本当にごめんなさい」


 謝罪の言葉と同時に、立ち上がったティアナの目から涙が流れ落ちていく。


「ティアナ……」


 僕は名前を呼ぶと、ティアナのそばに近づいてそっと肩に手を置いた。


「ううん……君のせいだけじゃない。 僕も悪かったんだ……」


「違う! リューシュは悪くない! リューシュだって怪我をしてたのに私を必死で助けようとしてくれた……あの時、屋敷で会った時にリューシュと話が出来る時間もあったのに……私は自分だけが苦しんでるって思いこんで、リューシュの事なんて全然考えていなくて話を聞こうともしなかった……」


 ティアナが両手で顔を覆って一層泣き出す。


「ごめんなさい……リューシュ……ごめんなさい……」


 泣き止まないティアナを、僕はどうにかしてあげたいと思って……ティアナを強く抱き締めた。


「リュッリューシュ!?」


 突然の事にティアナは驚いてしまったけど、僕は気にせず続ける。


「ティアナ……ありがとう」


「え?」


 突然のお礼の言葉にティアナが首をかしげる。


「あの時の事は確かに辛かったし、悔しかった……ティアナと離れ離れになるなんてもう二度と味わいたくない」


「リューシュ……」


「でもね、ティアナ……あの時の思いが、僕の強くなりたいって気持ちの原点なんだ」 


 僕の言葉に、ティアナがじっと耳を傾ける。


「僕はあの後、フォスターを飛び出して森を走り続けて……もう死ぬんだって覚悟した時に、師匠に出会った。 そして師匠に弟子にならないかと誘われたときに、僕は思ったんだ。 あの勇者を見返したい。 ティアナに強くなったねと言われたいって。 それからは、名前を変えて生まれ変わったつもりで必死で鍛錬を積んで、技を磨いて、死にそうな目にもあったりしたけど……その想いを胸に戦ってきた」


 言葉を続ける。


「おかげっていうのは変かもしれないけど……僕がフッケに来て、40階層を攻略して黄金級になれて、ジョージさんやジョナさん、『獅子の咆哮』の人達、レイ、ミュール、その他色んな人に出会えた事は……ティアナと離れ離れになった事、そして剣を志した時の想いのおかげなんだ。 だからティアナ、自分のせいだなんて思わないで欲しい。 ティアナのおかげで……僕は強くなれたんだよ」


 ティアナの目に涙が溢れる。

 でも……今度は笑顔だ。


「リューシュ……ありがとう」


 ティアナがこらえきれずに声を上げて泣き出す。

 僕は胸の中で涙を流すティアナをずっと抱き締め続けた。


 そして僕達はベッドに倒れ込みしばらく見つめ合った後、唇を重ねる。

 けれど……ベッドで服を着たまま抱き合っている時、ティアナの身体が震えて顔に冷や汗が流れているのに気付く。


「ティアナ……大丈夫?」


「ごめんなさい……やっぱりまだ……あの時の事が頭から離れないの……」


 どんどんと震えは大きくなる。

 一旦離れようとしたけど……ティアナが僕を離そうとはしなかった。


「リューシュ……お願い……このままで……もう……離れたくない」


 僕達はそのままずっと抱き合って夜を過ごすことにした。

 夜も白み始めた頃、既にティアナの震えは収まって落ち着いていた。


「ねえ、リューシュ」


 突然ティアナが僕を呼ぶので、どうしたの? と聞き返す。


「あなたの名前……どっちで呼べばいいのかな? リューシュ? それともムミョウ?」


「そうだなあ……一応ここではムミョウで通してるから出来ればそっちで……でも僕と2人だけの時ならリューシュって呼んでくれていいよ」


 僕の返答にティアナがクスっと笑う。


「なんか混乱しそうね……でも……頑張って慣れるわ」


 お互い小さく笑いあった。


 そして太陽が昇って朝が来て、いつの間にか眠っていた僕達は一緒に目を覚ました。

 朝食に間に合うように部屋を出て1階の食堂へと向かう。


 僕とティアナが一緒に食堂へ入ると、既に『獅子の咆哮』の人達や、レイ、ミュールが席に座っていた。

 自分の席に座ると、隣のバッカスさんが嫌な笑みを浮かべながら肩を抱いてくる。


「よっ! おめでとう! これでお前も男だな!」


 辺りを見渡せばレイやミュール以外の人は皆僕を見て笑っている。


「ティアナ……おめでとう」


 メリッサさんはティアナを祝福していた。


 朝食後、僕はニッコリ笑いながら皆を見回す。


「皆さん……ありがとうございます。 そして……これからは僕だけでなくティアナもよろしくお願いします」


 皆が一斉に拍手してくれた。


 ふと、隣のティアナの顔を見た。

 あの時から変わらない……いや、もっとキレイになった笑顔を見せてくれた。

 僕も笑い返したけど……ティアナから見て……前よりかっこよくなれたかな?

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