第四十二話 獅子の咆哮 下

 転移した先は11階層の階段。

 

「ついに……来ましたね」


ムミョウ君の声に私――フィンは頷いた。


『獅子の咆哮』が10階層を必死の思いで突破してからはや半年……

 再び私達は鍛錬場へとやって来た。

 様々な思いが胸に宿る。

 大きく深呼吸した後、私はすぐにムミョウ君の元へ向かった。


「ムミョウ君。 すまないが、ここから先は出来るだけ私達だけでやらせてほしい」


 私の勝手なお願いにムミョウ君は笑顔で頷いた。


「分かっています。 私は皆さんの後ろで見守っています」


 そう言うとムミョウ君とレイ君、ミュール君は後ろに下がった。


 私はそれを見てすぐさま前を向き、他のメンバーもすぐさま作戦通りの動きを取る

 前衛は私、フィンとバッカスが左右に、中央にロイド、そして後方は左にレフト、中央はメリッサ、右にライトという陣形でウェアウルフに備える。


 ムミョウ君の情報通りなら11階層のウェアウルフは4体……


 階段をゆっくりと降り、広場を見れば数は4体。

 単独やパーティーでも数に変わりないのを見て、私は一安心した。

 すぐさま手で前進を指示し、ゆっくりと陣形を維持しつつ前に進み出した。


 その内にウェアウルフが1頭反応し、バッカスの方へ猛然と襲い掛かる。

 だが……


「へ! ムミョウに比べたらお前らなんて歩いてるのと同じだぜ!」


 ウェアウルフの左手での切り裂きを華麗に後ろに下がりつつ躱し、空振って足を止めたウェアウルフを前に踏み込んだ勢いのまま大剣で一気に縦に斬り裂いた。

 一撃でウェアウルフは倒れこんで消えていく。


「半年前にオークどもを相手にした時よりも、身体も軽くて今なら40階層だって突破できそうだぜ!」


 バッカスが勢いづくのを私は怒気鋭く窘めた。


「バッカス! 調子に乗るな。 油断したらあっさり死ぬぞ!」


 私の言葉にバッカスが肩をすくめるが、確かに動きは依然と段違いだ。

 今度は私に1匹反応し一気に走り寄ってくるが、これも左手の切り裂きをしっかり見極めてしゃがんで躱しつつ、すれ違いざまに両手剣で胴体を斬り払った。


 残り2匹のうち、1匹が中央を抜けてロイドへ迫るが、大金槌を振り下ろして爪が届く前に頭を地面にたたきつけて潰す。

 残りの1匹もバッカスが斬撃をしっかり見切って躱し、そのまま胴体を真っ二つにした。


 全員で周囲を確認した後、奥の階段を降りていく。

 12階層もウェアウルフ4体。

 徐々に前進して1匹ずつ釣り出す形をとり、私とバッカスで倒す。


 13から15階層まではムミョウ君の言う通り、ウェアウルフ4体のままのため、今までの動きを守りつつ、我々前衛2人の攻撃が外れた場面ではライトとレフト、メリッサが弓と魔法で的確にウェアウルフの足を止め、危なげなく突破出来た。


 ムミョウ君と稽古した通りの動きが出来てるな……


 そのムミョウ君とレイ、ミュールは『獅子の咆哮』の人達の後ろでじっと観察している。

 私達の助けにすぐ入れるよう刀を構えてくれてはいるが、今の所は手は借りなくとも大丈夫そうだ。


 16階層へと続く階段で、皆に提案して一時小休止を取ることにした。

 ざっと様子を見まわしてみる。中央・後衛の4人はまだまだ大丈夫そうで、ロイドがぐっと右腕を上げるなど力がみなぎっているようだ。


 私も疲れはまだ感じてはいない、手を握ったり開いたりしてみるが、特に問題はなさそうだ。

 バッカスの方はやや背中を丸めて座り込んでいるが、僕の方見ると歯を見せてニヤっと笑った。


 皆まだまだ大丈夫そうだな……


 時間の方は……昼前に挑戦を始めてからゆっくりと時間をかけて階層攻略していたから、大分経っているはずだが……このまま攻略継続でいこう。


 しばらくの間、『獅子の咆哮』の人達はレイ君やミュール君が配ってくれた水を飲んだり、干し果物などをかじって英気を養い、頃合いを見て私が皆を促して立ち上がる。

 16階層からはウェアウルフが6体に増えることを皆に念押しし、さらに警戒して進む。


 下に降りると、情報通り6体のウェアウルフがうろついていた。

 今までと同じように徐々に前に進むが、今度は2匹同時に反応し、私とバッカスに襲い掛かる。

 私は何とか爪で切り裂かれる前に剣を心臓に突き立てて倒したが、バッカスは反応が遅れ、大剣に組み付かれてしまった。


 くっーーまずい!


 バッカスがウェアウルフに両手で大剣を掴まれ、押し倒されて牙で今にも頭を噛み砕かれかねん!

 私がすぐに助けに入りたかったが、他のウェアウルフがこちらに反応して向かってきたためそちらに対処せざるを得ないーー!


 その時、後方から声が聞こえた。


「我が敵に必ず死を! 『必中の矢』」


 その瞬間バッカスを押し倒していたウェアウルフの眉間に矢が突き刺さり、どうにかバッカスは起き上がることが出来た。

 矢の飛んできた方角と声から察するにライトの『必中の矢』だろう。


 私とバッカスはすぐさま体勢を立て直し、残りのウェアウルフを相手にしてなんとか全滅させることが出来た。


「大丈夫か!」


 私はバッカスに駆け寄るが、バッカスは私を手で制して無事をアピールした。


 そして17から19階層までをなんとか突破した我々だが、時間をかけていたせいであろう、前衛である2人だけでなく中央や後衛なども終始気を張っていた事による疲れが見え始めている。

 そこでいよいよ20階層という所で、もう一度休憩を取り、その場で私は皆に判断を仰いだ。


「皆、我々はなんとか19階層までを突破し、いよいよ20階層を目の前にしている。 だが皆も疲れ始めているはずだ、そこで一旦地上に戻るか、それともこのまま20階層に挑戦するか、皆の意見が聞きたい」


 皆一様に静かになる。

 万全を期すなら、ここで無理せず帰って体調を整えるべきだ。

 だが、ここまでの勢いのまま突破したい気持ちがあるのも確か。


 皆言い出したくても言い出せないそんな空気が漂う。

 だが、その時ムミョウ君がゆっくりと立ち上がって声を上げる。


「皆さんなら……勝てます。 きっと……攻略出来ます!」


 静かに、だが力強く語りかけたその言葉に我々の腹は決まった。


「行こう! 皆!」


 私が立ち上がって気勢を上げると、他のメンバーも一斉に立ち上がった。


 そして階段を降り切ってついに我々は20階層の主、ムミョウ君の言う疾風のヴォイドと出会う。

 漆黒の毛色で、明らかに他のウェアウルフとは全く違う体格。

 腕や爪も長く、まともに食らえばただでは済まないのは明白だ。


 我々は各々気合を入れなおし、ゆっくりと広場を進みだした。

 そして一定の距離まで近づいたところでヴォイドが反応し、矢のような速度で私に突っ込んできた。


 私はかろうじて斬撃の下をかいくぐり回避したものの、とても攻撃できるような余裕はない。

 次にヴォイドはバッカスの所へ突進するが、向こうも回避がやっとだ。


 私とバッカスでどうにか注意を引き付けているが、回避に限界が来るのも時間の問題……

 だが、暫く2人でどうにか注意を引いていたヴォイドが突然足を止めると、後方の3人へと視線へと向きを変える。


 まずい!


 私とバッカスが急いで注意を引こうと斬りかかるが、間に合わない!

 猛然と3人へと突っ込むヴォイドの前にロイドが立ちはだかる。


 ヴォイドの爪がロイドを襲う!

 ロイドは弾き飛ばされ、辺りには鎧の残骸が大量の血とともに飛び散る。


 私とバッカスがどうにか追いつき、後衛との間に割り込む。


「メリッサ! ロイドは!?」


 ヴォイドの方を見ながら私はロイドの状態を叫んで確認する。


「大量の血が! 息も弱くなってる!」


「ムミョウ君にもらった軟膏を使え!」


 メリッサにロイドの手当を手早く伝えると、ヴォイドに距離を取らせるよう牽制で斬りかかる。


 ヴォイドは一旦後ろに下がり、距離は開いたものの戦況は芳しくない。

 これ以上時間を掛ければますます我々は不利になる。


 覚悟を……決めるか……


 ムミョウ君と何度も練習した動きを思い出す。


 大丈夫だ……きっと出来る。


 私は大きく息を吐くと、全力で駆け出す。

 バッカスは私の後ろに控えて次を待つ。

 ヴォイドが私に視線を合わせ、牙をむきだしてこちらへと一気に走り寄る。


 迫りくる長い爪。

 回避が間に合わない! 

 このままでは私は斬撃の餌食になる!

 だが――このまま行くしかない!


「GYA!」


 覚悟を決めて頭を下げた瞬間、短い叫び声とともに突然ヴォイドの斬撃が止まる。


 ここだぁ――!


 私は精一杯剣を振り抜いた。

 肉を切った感触はあった。

 勢い余って私はそのまま地面を転がってしまうが、すぐに起き上がりヴォイドを見ると、右足に深い傷ができ、大量の血が流れ片膝をついているのが見えた。


「今だぁ!」


 私の掛け声とともに後衛の3人が一斉に攻撃を始める。


「我が敵に必ず死を! 『必中の矢』」

「我が敵に必ず死を! 『必中の矢』」


「敵を串刺しにせよ! 『氷の弩砲』」


 瞬く間にヴォイドの眉間や胸に矢や氷の巨大な塊が突き刺さる。


「これで終わりだぁぁぁ!」


 バッカスも左足を斬りつけ、大きな傷を作った。

 私も急いで駆け寄り、胴体めがけて剣を振り払う。


 ヴォイドはその巨体を揺らして地面に倒れこみ、そして白い灰となって消えていった。

 その後には小さい金属音とともに赤い宝箱が出現する。


 一瞬の静寂の後、私達は躍り上がって喜びを爆発させた。


「やったぞ! 20階層突破だ!」


「とうとうやったんだ! 俺達!」


「我々の」

「勝ちだ」


「勝ったのね……私達」


 急いで我々は負傷したロイドの元へ走る。

 ロイドの傷は深かったが、レイ君やミュール君がすぐに軟膏を塗ってくれたおかげで命は助かったようだ。

 胸に厚く包帯を巻かれたロイドと私がしっかり手を握る。


「おめでとうございます。 皆さんならきっと出来るって信じてました」


 ムミョウ君が我々を祝福してくれた。


「ありがとう……これで私達は前に進める……やっとだ……」


 思わず涙が出たが止める気はない。

 私とムミョウ君もしっかりと握手をした。


「さあ、胸を張って帰ろう。 我々は勝ったのだ!」


 私とバッカスでロイドを抱えつつ皆足取りも軽く21階層への階段を降りる。

 途中で宝箱の中身を開けようとすると、その横に何かが落ちているのを見つけた。


 拾い上げてみると、ナイフだった。

 しかも普通のナイフではなく、小振りで直線的な投擲用のナイフ。

 我々ではこのようなナイフを持っている者はいない。

 まさか……あの時ヴォイドの動きが止まったのは……!


「ムミョウ君……これは……」


 私の疑問にムミョウ君は笑うだけだった。


「皆さんの力で勝ったんです。 僕は……してませんよ?」


 その言葉に私はすべてを察したが、それ以上問うことはなく私も笑うことにした。


「ああ……そうだな。 勝ったんだ……我々は」


 私達は宝箱の中身を開け、中にあった豪華な剣を取り出すと、水晶に辿り着いて起動させ地上へと戻った。

 既に空は暗く、夜になっていた。


 広場には私達が遅いのを心配してギルドの係員や冒険者が集まっており、私達の姿を見た瞬間、一斉に視線が集まる。


「どっどうだった……?」


 近くにいた冒険者の1人がおそるおそる声を掛ける。


 私は手に入れた剣を掲げ宣言した。


「我々『獅子の咆哮』は20階層を突破したぞぉ!」


 その瞬間、津波のような歓声とともに周囲にいた人達が飛び上がる。

 それから街までの帰路はもう大騒ぎだった。


 周囲をたくさんの人に囲まれ、まるでパレードの様に歩いていく。

 私は歓喜に震えつつも、自分の心を戒める。

 まだ20階層を突破しただけ、次は30階層、そして40階層だ。


 だが今この瞬間だけは心の底から喜びたい。

 そして……

 我々を前に進ませてくれたムミョウ君……


 ――本当に……有難う――

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