第四十話 才能の片鱗
門の前で待っていたのはレイとミュールの2人であった。
向こうもこちらを見つけたようで走り寄ってきた。
「ムミョウ兄ちゃん!」
「ムミョウさん!」
彼らはいつもの布の服だけでなく、僕が昔着けていたような革の鎧に剣を腰に提げていた。
「レイ! ミュール! 一体どうしたんだここまで来て?」
僕の前に来たレイとミュールは頬を膨らませて怒り出す。
「ムミョウさん、私達の所に来て一緒に型の稽古してくれるって言ってたじゃない! それなのに前に来たっきりで一度も来てくれないんだもん!」
……あー!
すっかり忘れてた!
前に師匠が亡くなったことを報告したときに行ったっきりで、その後は鍛錬場の攻略やら『獅子の咆哮』さん達との稽古でほとんど街から出てなかったもんな……
「ごっごめん……」
何度も頭を下げて謝ると、2人は膨れっ面をやめてニッコリ笑いだす。
「ムミョウ君、私達は先に屋敷に戻って着替えを済ませておくよ」
フィンさんがそういうので僕は先に『獅子の咆哮』さん達に戻ってもらい、僕は屋敷の庭にあるベンチに座って2人と軽く話をすることにした。
「ベイルさん達はどう? 元気にしてる?」
「皆元気にしてるよ。 僕もミュールも毎日忙しく牛とかの世話してるけど、ちゃんと朝の型や素振りもやってるよ! 鍛錬場のお兄ちゃんの話もこっちまで聞こえてきてベイルさんも嬉しそうだった」
「レイと木刀で立ち合いみたいなものも始めたけど……なかなか難しいわね。 レイがどんどん上手くなっていって私じゃもう相手にならないもん」
ミュールが手の平を上げてやれやれといった格好を取る。
「時々冒険者の人達が僕達の村に寄ってくれるんで、その人たちにも剣を教えてもらってる。 僕もお兄ちゃんみたいに強くなりたいんだ。 それでね……お兄ちゃん……僕がここに来た一番の理由なんだけど……」
レイは下を向いて手を組んで指を動かしたりしていたが、意を決したように僕に向き直る
「僕をムミョウお兄ちゃんの弟子にしてほしい!」
……そんな感じはしていた……
革鎧に鉄の剣。
そういうものを身に着けている時点で僕に対してそういう願いを口にするだろうとは思っていた。
僕はしばらく黙ると、ミュールに対しても尋ねてみる。
「ミュールは……どうなんだい?」
ミュールは首を振って否定した。
「私は剣を教えてほしいとは言ったけど……あくまで自分の身を守れるくらいでいいわ。 それよりレイが絶対弟子にしてもらうんだって聞かなくて……放っておいてもいいけど、仕方なくついてきてあげたの」
「お願いだ! お兄ちゃん! 僕はお兄ちゃんみたいに強くなって皆を守りたいんだ!」
レイが両手を合わせてお願いをしてくる。
その姿を見て僕は……
「僕は……反対だ。 レイを弟子にはしてあげられない……」
「え……?」
レイは予想していなかった答えのようで口を開けたまま呆然とする。
「だって……! ムミョウお兄ちゃんは剣を教えてくれるって!」
「剣は教えてあげる。 でもそれはあくまでミュールの言うように自分の身を守るまでだ」
「何で……!」
「それは……僕の教えられた剣が人を殺すための剣だからだ」
「……!」
人を殺すための剣という言葉に思わずレイがビクっとする。
「師匠も……僕も剣に生きるならば人を殺すという事は避けられないと教えられた。 実際に僕も何人も殺しているんだよ? 相手は僕の金貨を奪おうとしていた連中だけどね」
レイは身を硬くしてじっと聞いている。
「レイ……君にはあの集落で皆と静かに暮らしてほしいと思っている。それが助けた僕や師匠の願いであって、君を剣の道に引きずり込みたくないんだ。 だから弟子にはできない……」
「……嫌だ」
レイが激しく首を振る。
「レイ……」
僕がレイの肩を叩こうとしたら腕を振り払われて、胸に抱きつかれた。
「お願いだ、お兄ちゃん! 僕はもう弱いままでいたくない! 強くなりたいんだ! あの時の僕はもう駄目だ、死ぬんだってそういう思いばかりだった。 でもそんな時にお兄ちゃんとトガおじいちゃんが来てくれた。 凄く格好良くて憧れたんだ! 僕もああいう人間になりたい! 誰かを助けられる人間になりたいんだ!」
レイの必死の願いに僕の心は揺れる。
僕が剣を始めた理由と同じ……強くなりたい……誰かを助けられる人間になりたい……か。
手を差し伸べてあげたいけど……レイの手を汚させたくはない……
悩んだ結果、僕は1つの条件を出すことにした。
「分かった。 じゃあ今から闘技場で僕と立ち合いをしよう。 そこで僕の木刀に1回でも剣を当てられたら弟子にしてあげる」
その言葉にレイの顔が一気に明るくなる。
「本当に!? 絶対に当ててみせる!」
僕は2人に待っててもらっていつもの着流しに着替えることにした。
すでに『獅子の咆哮』さん達は準備が出来ていたので着替え終わると一緒に闘技場へ行き、僕とレイの立ち合いの見届け人になってもらうことにした。
「それでは……始め!」
フィンさんの掛け声で、僕とレイがお互い木刀と木剣を持って構え合う。
ミュールとの立ち合いや冒険者から習っていただけあって構えは様になっている。
だけど……
僕はレイに諦めさせるためにいきなり気を飛ばすことにした。
意識を集中し、体を真っ二つにする気を飛ばす。
レイは一瞬で表情を凍らせ、その場に座り込む。
失禁はしなかったようだが、すでに全身が震えだしている。
これで終わりだな……
僕が木刀を納めて振り返るとレイの震えた叫び声が聞こえた。
「まっ待って! まっまだ……まだやれるよ!」
後ろを見ればレイが膝を震えさせながらも必死に立って僕へ木剣を構えている。
顔も真っ青で歯も鳴らしているのに……
「……どうしてそこまで弟子になりたいんだい……?」
レイのそこまで強情な姿勢に僕が不思議に思い尋ねた。
「僕は……お兄ちゃんみたいになりたいんだ……強くなりたいんだ!」
レイの眼に光が灯る。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!」
そう言うとレイは足をもつれさせながらも僕に向かって剣を振りかぶって突進してくる。
簡単にかわせるな……
そう思った時、突然レイが僕の懐へそこにいたかのように一瞬で入ってきた――
僕は思わず木刀を前に出してレイの剣を受け止めてしまった。
「それまで! レイ君の勝ちだな……」
フィンさんの声を聞く前に、レイは目の前で崩れ落ちたので僕は慌てて抱き止める。
レイは気絶していた。
「ムミョウ君、観念した方がいい。 君にとっては静かに暮らしてほしいと思うのかもしれないけれど……この子は本気だ。 そう簡単に諦めさせるのは難しいだろうね」
フィンさんの言葉に僕はため息をつく。
しかし同時に他の考えも浮かんでいた。
レイのあの時の踏み込み……僕ですら一瞬驚くような速さだった……
もしかするとあれはレイの才能なのかな……
見知ったレイを弟子にすることと、レイの秘められた才能を垣間見たことで、心は複雑になる。
けれど、勝負は決まったのだ。
僕はどんなことがあっても後悔しないと心に誓った。
しばらくは気絶したレイの頭を膝に乗せ、様子を見ていたが、意識を取り戻し薄っすら目を開けたレイが僕の顔を見ていきなり飛び起きる。
「ムミョウお兄ちゃん……どうだった……? ダメだったのかな……」
僕はレイの心配にしばらく無言でいたが、ハァとため息をついておもむろに語り出す。
「レイ……僕の事はムミョウお兄ちゃんと呼ばないように」
「え……?」
「今後は師匠と呼びなさい」
「……それって……!」
僕はゆっくり頷くと、レイは飛び上がって喜びを爆発させていた。
「やったぁぁぁぁ!」
喜びに沸きあがるレイを見て、僕は師匠に弟子にならないかと誘われたときを思い出す。
この子にもきっと教えよう。
人を殺すだけじゃない、誰かを守れる剣を。
まだまだ未熟な僕だけど、師匠から受け継いだものをしっかり教えていこう。
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