第9話★君はやっぱり凄く変 パート2




支度のできた私がリビングへ戻ると、そこには既にひぃくんが待っていた。


ヒラヒラと手を振るひぃくんは、私に近付くと口を開く。


「じゃあ行こっかー」


ニコニコと微笑むひぃくんは、私の手を取るとそう言って歩き始めた。


あれ……?


「ひぃくん、玄関あっちだよ? 」


私の声に振り返ったひぃくんは、フニャッと笑うとそのままリビングを歩いて行く。


……?


玄関とは反対方向へと歩いて行くひぃくん。

訳のわからない私は、とりあえず黙って付いて行く。


ひぃくんに連れられて何故か庭へと出た私は、目の前の光景を見て絶句した。


え……?


ジョボジョボと流れる水の音。


こっ、これは……。

まさ……か……。


まさかと思いながらも、ひぃくんへ向けてゆっくりと視線を動かす。


「ひぃくん……これは、一体何……?」

「え? プールだよー」


ニッコリ笑って平然と答えるひぃくん。


……え、嘘でしょ?

冗談キツイよ、ひぃくん……。

思わず顔を引きつらせたまま、小さく声を漏らして笑ってしまった。


庭に置かれた子供用のビニールプール。

ホースからは水が流れ、ビニールプールへと注がれている。


あぁ、これまだあったんだ。

昔お兄ちゃん達と一緒に遊んだな……。

一瞬、そんな昔を思い出す。


「花音、早くおいでー」


ホースを持ったひぃくんが、ニコニコと微笑みながら手招きをする。


「ひぃくん……まさか、これに入れと?」


冗談だよね?

そうだよね……?

私は顔を引きつらせながらも、ひぃくんを見てぎこちなく笑う。


冗談だと言ってください。

そんな願いを込めて……。


「そうだよ?花音の為のプール」


何でだよ……っ!

思わず心の中でツッコんでしまう。


目の前には幸せそうに微笑むひぃくん。

私は、立ち尽くしたまま全く動けないでいた。


そんな私を見兼ねたのか、ひぃくんは勝手に私の手を取るとそのままプールへと連れて行く。

ハッと意識の戻った私は、足にブレーキをかけると口を開いた。


「入らないよ!? こんなのプールじゃないし!」


青ざめた顔で必死に主張する。


「プールだよ? はい、バンザーイ」


笑顔でそう言うと、私の着ている服を脱がそうとするひぃくん。


「いやぁーー! やめてーー!ひぃくん!」


いくら下に水着を着ているとはいえ、ひぃくんに脱がされるなんて恥ずかしい。

それもそうだし……

こんな子供用プールになんて入りたくない!


庭でジタバタと揉み合う私達。


「何やってんの?」


その声に振り向くと、コンビニから帰ってきたのであろうお兄ちゃんの姿が。

手にはビニール袋を持っている。


ひぃくんに脱がされかけている私と、庭に置かれた子供用プールを交互に見たお兄ちゃん。

状況を理解したのか、一瞬でドン引いた顔を見せる。


「おっ、お兄ちゃん! ……助けてっ!」


ドン引くお兄ちゃんに助けを求める。


「私本当は海に行きたいのにっ!」

「海はダメだよ、花音。裸で人前に出ちゃダメ」

「裸じゃないもんっ! 海に行きたい!」


私達のやり取りを黙って見つめるお兄ちゃん。

黙ってないで何とか言ってよ!

お願い、私を助けてっ!


「だから、プールならいいよって言ったでしょ?」


ニッコリ微笑むひぃくん。


私は青ざめた顔でひぃくんを見ると、目を見開いて言い放った。


「……こんなのプールじゃないよっ!」


本気でこれがプールだと主張するの?

ドン引きだよ、ひぃくん……。


「プールだよ、ねぇ?」


ひぃくんはそう言ってお兄ちゃんの方へと視線を向ける。

ピクリと肩を揺らしたお兄ちゃんは、一瞬目を泳がせると口を開いた。


「……花音、これはプールだよ」


ーーー?!


嘘だっ!

今お兄ちゃんの目、泳いでたし!

何でひぃくんの味方するの……?!


引きつった顔をするお兄ちゃんを見つめ、私は大声で叫んだ。


「お兄ちゃんの嘘つきーー!!!」




※※※




「……」


足を外に投げ出して水に浸かる私は、呆然としながら小さな子供用プールに座っていた。


小さな子供用プールでは、私の腰上までしか水がない。

これで本当にプールと言えるのだろうか……?


私はゆっくりと首を動かすと、開け放たれた窓からリビングを見る。

ソファでくつろぐお兄ちゃんは、私と目が合うと顔を引きつらせて目を逸らした。


お兄ちゃん……。

何で目を逸らすの……?

お兄ちゃんのせいで私今こんな事になってるのに。

酷い……。


呆然としたまま、黙ってお兄ちゃんの姿を見つめる。


お兄ちゃんがプールだなんて言うから、ニッコリ笑ったひぃくんは「ほらね? プールだよー」と言って無理矢理私の服を脱がせた。


そのまま子供用プールに入れられてしまった私。


何で……?

私はただ……

海に行きたかっただけなのに……。

何でこんな事になったの……?


「楽しいねー花音」


声のする方に視線を向けると、幸せそうに微笑むひぃくんが携帯のシャッターを押した。


「花音可愛いー」


なんて言いながら、嬉しそうに携帯を覗くひぃくん。


何なのこれ……。

放心しすぎて言葉が出ない。


「肩まで水かけようねー」


そう言ったひぃくんは、アヒルの玩具を片手にホースで私に水をかけ始める。


「ひ……ひぃくん」

「んー? なぁにー?」


小さく震える声を出した私に、ニコニコと微笑みながら小首を傾げるひぃくん。


「私……もう出たいな……?」


引きつる顔で懸命に笑顔を作った私は、隣にいるひぃくんを見つめてそう言った。


とりあえず一度は入ったんだし、もう解放されたい。

お兄ちゃんとひぃくんにしか見られていないとはいえ、もうこれ以上の屈辱には耐えられなかった。


ひぃくんだってもう満足したはず。

そう思った。


「まだ入ったばかりだからダメだよ。遠慮しないでもっと楽しんでねー」


ひぃくんはそう言うとニッコリ微笑んだ。


遠慮なんてしてない……。

こんなの楽しめないよ……ひぃくん。


いつまで続くのだろう……。

そう思った私は、相変わらず助けてくれないお兄ちゃんに視線を移す。


気まずそうな顔をしながら私達を眺めているお兄ちゃん。

私の視線に気が付くと、目を泳がせてから視線を逸らした。


酷い……。

あんなにドン引いてたくせに。


「ーーあら、花音ちゃん楽しそうね」


ーーー!?


突然聞こえてきた声に驚いて振り向くと、玄関前にご近所の田中さんがいた。


私達を見てクスクスと笑うと、そのまま庭へと入ってくる。

その田中さんの手にはスイカが。


田中さんに気付いたお兄ちゃんが、リビングから出ると口を開いた。


「あ、こんにちは」

「こんにちは、翔くん。今朝ね、田舎からスイカが届いたの。良かったら皆で食べてね」


そう言った田中さんは、私とひぃくんに視線を移すと口を開いた。


「可愛いわねー」


そう言ってクスクスと笑う。


なんて事だ……。

庭なら誰にも見られないと思っていたのに……。


田中さんの横に視線を移すと、小学三年生の陸くんが私を見ていた。

とてもドン引いた顔で……。


「可愛いねー花音」


ひぃくんはそう言うと、手に持ったアヒルの玩具のクチバシで私の頬をつついた。


こんなに小さな子供にドン引かれる私って一体……。


放心状態のままお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんはあわれむような目で私を見ている。


あぁ……お兄ちゃん。

今日から私はご近所中の笑い者なんだね……。


そんなにあわれまないで。

余計に辛いよ……。


未だに私の頬をツンツンとアヒルでつつくひぃくんは、私の隣で「楽しいねー」と嬉しそうな声を出す。


何で海に行きたいなんて言ってしまったのだろう……。


ツンツンと頬をつつかれる私は、今朝の自分の言葉を後悔しながら、ただ呆然とお兄ちゃんを見つめていたーー。








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