第7話★そんな君が気になります パート2





「お兄ちゃん……私もう学校辞める」

「は……?」

「だって……もうっ、もう学校行けないよー!」


泣き出した私に焦るお兄ちゃん。


私達は今、誰もいない中庭に来ていた。

さらし者になっていた私を、お兄ちゃんが連れ出してくれたのだ。


あの後、マイクを借りて訂正してくれたお兄ちゃん。


『今のは嘘です!』


そう宣言するお兄ちゃんに『嘘じゃないよー』と言い出すひぃくん。


物の言い方ってものをもう少し考えてもらいたい。


結局、おやすみのハグをしてるって事で話しは落ち着いた。

さすがに、毎日一緒に寝ているとは言えない。


『昔からハグしてるんです。俺も響と毎日してます』


そう言って、身体を張って実演までしてくれたお兄ちゃん。

その光景に、周りの女の子達からは歓喜の悲鳴が上がった。


それでもやっぱり、一部の女の子からは私に対しての反感の声が上がっていた。


訂正してくれたお兄ちゃんの言葉も、皆がどれだけ信じてくれたかはわからない。

もしかしたら信じていないかも……。


そう考えると、もう学校は辞めるしかないと思った。


反感を買い白い目を向けられ、好奇の視線を浴びる……

そんな四面楚歌な状況を想像すると、恐ろしくて耐えられない。


「大丈夫だって、花音。絶対に大丈夫だから」


身体を張ってくれたお兄ちゃんには申し訳ないけど、全然大丈夫なんかじゃない。


「無理ぃ……っ」


中々泣き止まない私に、困り果てたお兄ちゃんは小さく溜息を吐く。


「……花音、学校辞めたら後悔するぞ? 大体、学校辞めてどうする気なんだ?編入するのか?就職でもするのか?」


急に現実的な話をしだしたお兄ちゃんに、何も答えられない私は口をつぐむ。


「何も考えてないんだろ? ……学校を辞めるって事はそうゆう事なんだぞ?」


そんな正論言われたら何も言えないじゃないか……。


「絶対に大丈夫だから。どうしても駄目だったら、その時にもう一度考えればいいだろ? ……な?」


お兄ちゃんに説得され、渋々ながら小さく頷く。


「俺も響もいるし、絶対に守ってあげるから。……大丈夫だよ」


そう言って優しく頭を撫でてくれるお兄ちゃん。


大体、私をこんなに追い詰めたその張本人は何処にいるの?


「お兄ちゃん、ひぃくんは今どこにいるの?」


グズグズと涙を拭きながら、目の前のお兄ちゃんを見上げてそう訊ねる。


「あぁ……たぶん告白されてるんだろ。さっき女子に呼ばれてどっかに行ったよ」


告白……。

告白されてるんだ……ひぃくん。


そんなの今に始まった事ではない。

昔からモテるひぃくんは、よく女の子に告白されていた。


だけど……

何だろう、この胸のモヤモヤは。


今まで考えた事もなかったけど、いつかひぃくんにも彼女ができるのだろうか?

そう思うと何だか悲しい。


幼なじみを取られる気がして寂しいの……かな。

何だかよくわからない。


もしかしたら、今会っている人と付き合ってしまうかもしれない。

そう思うと、気になって気になって仕方がなかった。


何だかよくわからない胸のモヤモヤに、私は少し後悔した。

……お兄ちゃんに聞くんじゃなかった。


もう忘れよう。

そう思うと、涙を拭いた私はパッと笑顔になる。


「私、戻るね。お兄ちゃん、さっきはありがとう」

「ん。じゃあお昼にまたな」

「うん、あとでね」


私はそう言うと中庭を後にしたーー。




※※※




黙ってモグモグとお弁当を食べる私は、チラリと隣にいるひぃくんを見た。


お昼休憩になり、今私はお兄ちゃん達と一緒に中庭に来ているのだけど……

さっきの告白はどうなったのだろう?


それが気になって仕方がなかった。


隣でニコニコしているひぃくんを見ると、いつもと変わらなく見える。


聞いて……みようかな。


「ひぃくん、さっきのって……どうなったの?」

「んー? さっきのって何?」


お弁当を食べる手を止めたひぃくんが、私を見て小首を傾げる。


「さっき、告白されたんでしょ……?」


少し顔を俯かせて、チラリと様子を伺う。

すると、ピタッと固まったひぃくんが目を見開いた。


え……な、何?

聞いちゃマズかったのかな。


「か……花音……花音……っ」


プルプルと震える手を私に向けて伸ばし、瞳を揺らすひぃくん。


そのままガバッと私に抱きつくと、ひぃくんが突然大声を上げた。


「可愛すぎるよ、花音っ!お嫁に来てくれるの?! ありがとう! 大切にするからね!」


どういうこと……?

私の質問はどこにいったの……?


「おい、響」


ギロリとひぃくんを睨むお兄ちゃん。

その声に振り向いたひぃくんが、嬉しそうに口を開く。


かける、聞いた?! 花音がお嫁に来てくれるって!」


そう言ってニコニコと微笑むひぃくん。


私の腕を引っ張ってひぃくんから離したお兄ちゃんは、小さく溜息を吐くと口を開いた。


「聞いてないし、言ってない」


シレッとした顔をするお兄ちゃんは、自分の隣に私を座らせると、再びお弁当を食べ始める。


「言ったよー! 確かに言った!」


いや……言ってないです、ひぃくん。

私そんな事一言も言ってないよ……。


そんな事より、私の質問はスルーですか?

結構勇気出して聞いたのにな……。


そう思うと、私はガックリと肩を落とした。


「告白が気になったって事は、俺の事が好きだって事でしょ?! 」


ーーー!?


ひぃくんの発した言葉で、私の顔には一気に熱が集中する。

そして見る見る内に真っ赤になってしまった。


私は赤くなった顔で勢いよく声を出した。


「ちっ、違う!違うもんっ!!」


なんて事だ……。

ひ、ひぃくんを好きだなんて……

そんな事あるわけない。


違う、絶対に違う。


カーッと熱くなる顔に、自分でも動揺が隠せない。


確かにひぃくんの事は好き。

だけど、恋とかじゃない。

幼なじみとして好きなだけ。


大体、さっきだってひぃくんのせいで酷い目に合ったのだ。

そんな人を好きになる訳がない。


そう自分に言い聞かせる。


「かのーん!」


ーーー!?


いきなり飛び付いてきたひぃくんに、私は支えきれずに後ろへ傾く。


えっ……ここ、ベンチ。

落ちるっ。

私はギュッと目を閉じて衝撃に備えた。


あ、あれ……?

痛くない。


恐る恐る目を開くと、目の前にはひぃくんらしき胸板が。


「おい、ふざけんな響」


背後から聞こえるお兄ちゃんの声。


私はお兄ちゃんを下敷きにして倒れていたのだ。

きっと私を庇ってくれたお兄ちゃん。


上にはひぃくん、下にはお兄ちゃん。

笑えない……。

何このサンドイッチ。


「早く退け、重い」


ごめんなさい、お兄ちゃん。

私動けません。

苦しくて声すら出せません。


全く退く気のないひぃくんは、私の上で「かのーん。かのーん」と嬉しそうな声を出している。


く……苦しい。


苦しさに少し顔を動かすと、中庭にいる生徒達が視界に映る。


三人で抱き合ったまま転がる私達。

そんな私達を見て驚く人、クスクスと笑う人……


また私は皆の前で醜態をさらしてしまったのだ。


……もう嫌。

なんでいつもひぃくんてこうなの。


絶対にひぃくんを好きだなんて有り得ないよ……。


私の上で嬉しそうな声を出しながら揺れているひぃくん。

私はひぃくんに抱かれながら、苦しさに顔を歪めた。


お願い、揺れないで……。

苦しいし……恥ずかしい。


その後、お兄ちゃんが無理矢理ひぃくんを退けるまでの間、私はずっと潰れた蛙のような呻き声を上げていたーー。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る