第18話★君とハッピーバースディ



学園祭も無事に終わり、今日から暦も十月に入った。


制服は夏服から冬服に変わり、一気に秋っぽさが増してきた気がする。


そしてなんと、今日は私の誕生日なのだ。


未だにひぃくんとの事をお兄ちゃんに言えていない私は、当然ながら毎年恒例の自宅でのお誕生日会になる。


それでも、今年は恋人としてひぃくんと一緒に過ごせると思うと、私は充分に嬉しかった。


ただ、お兄ちゃんには絶対にバレない様にしないといけない。

ひぃくんにも口止めはしているけど、正直あてにならない。


いつもマイペースなひぃくんは、きっと何も考えていない。

行動から見てもそんな気がする……。


私がシッカリしなきゃ。


制服から私服へと着替えた私は、一度そう自分に気合いを入れると、お兄ちゃん達のいる一階へと降りて行った。


「……わぁ! ……凄い……」


リビングの扉を開けた私は、思わず驚きの声を漏らす。


いつも見慣れている我が家のリビングは、色とりどりの可愛らしい風船で華やかに飾られていた。


……凄い。

私の家じゃないみたい……。


その光景に、思わず口を開けたまま固まる私。


「ーー花音、お誕生日おめでとー」


ハッと意識の戻った私は、声のした方へと視線を移す。


するとそこには、私を見つめて優しく微笑むひぃくんがいた。


「……ありがとうっ!」


私は笑顔でそう答えると、そのままリビングへと入って行く。


ダイニングへ近付いてみると、そこには沢山の料理が並べられていた。


「……わぁ! 美味しそぉー!」

「誕生日おめでとう」


私を見て優しく微笑んだお兄ちゃんは、そう言ってポンポンと頭を撫でてくれる。


「……ありがとう」


……何だか少し照れ臭い。


そう感じた私は、ほんの少し顏を俯かせる。


「花音、誕生日おめでとう」


私の目の前へ来た彩奈は、そう告げると私の頭にバースディティアラを乗せた。


頭に乗せられたティアラにそっと触れると、私は顏を上げて微笑んだ。


「ありがとうっ!」

「本物のお姫様みたいだね」


私を見つめる彩奈は、ニッコリと微笑むとそう言った。


「凄いねっ! 風船とかっ……嬉しいっ!」

「花音絶対に喜ぶと思って。三人で用意したの、気に入った?」

「うんっ!本当にありがとうっ! みんな大好きっ!」


そう言って彩奈に飛びつく私。


チラリとひぃくんを見ると、両手を広げてニコニコと微笑んでいる。

どうやら私が抱きつくのを待っているみたい……。


それはできないよ、ひぃくん。

お兄ちゃんにバレちゃう……。


私の視線に気付いた彩奈は、チラリとひぃくんを見ると口を開いた。


「皆にすれば不自然じゃないんじゃない?」


私の耳元でそう囁く彩奈。


なるほどっ!

天才だよ、彩奈!


小さく頷いた私は、彩奈から離れるとお兄ちゃんに飛び付いた。


「お兄ちゃんっ! ありがとう! 大好きっ!」


いきなり飛び付いた私に驚きながらも、お兄ちゃんは優しく抱きしめてくれると「はいはい、甘えんぼ」と言ってポンポンと頭を撫でてくれる。


お兄ちゃん、本当に大好きだからね。


心の中でそう呟いた私は、お兄ちゃんから離れるとひぃくんを見た。

相変わらずニコニコと微笑みながら、両手を広げて私を待っているひぃくん。


私はそんなひぃくんに向けてニッコリと微笑むと、大好きな彼に向かって飛び付いた。


フワリと匂うひぃくんの甘い香り。


私はひぃくんの腰に腕を回すと、ひぃくんの胸に顏をうずめた。


そんな私をそっと抱きしめてくれるひぃくん。


「……花音、大好きだよ」


私の耳元でそう囁いたひぃくん。


……何だか少し恥ずかしい。

途端に上気する頬。


ほんのりと赤く染まった顏をひぃくんから離すと、私を優しく抱きしめるひぃくんを見上げた。


「ひぃくん、ありがとう! 大好きっ!」


笑顔でそう告げると、ひぃくんは突然ガバッと私を抱きしめる。


ーーー?!


……ちょっと苦しいかも。


「花音っ! 可愛いー!」


ギュウギュウと締め付けるひぃくん。


うっ……本当に苦しい。


苦しさに耐えきれずに身体を押してみても、ひぃくんは全く離れようとしてくれない。


「ひぃくっ……死ぬ……っ」


これは抱擁ではなく、プロレスか何かだろうか……。


苦しさに意識が遠のきそう。

お願い、ひぃくん離して……。


「ーー響、長すぎ」


そう言ってひぃくんを離してくれたお兄ちゃん。


助かった……。


「ひぃくん、苦しいよ。もっと優しくして」

「ごめんね、花音。優しくするからもう一回いいー?」


フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。


「ダメ」


そう言ってひぃくんの首根っこを掴んだお兄ちゃん。


首根っこを掴まれたひぃくんは、そのままズルズルと引きづられて席へと連れて行かれる。


「花音、始めるよ。早く座りな」


ひぃくんを座らせたお兄ちゃんは、未だ突っ立ったままの私に視線を移すと、そう言って優しく微笑んだ。


「……うんっ!」


笑顔でそう答えた私は、ニコニコと微笑みながら手招きをするひぃくんの元へ行くと、空いている隣の席へと座った。


私の目の前には優しく微笑むお兄ちゃん。

その隣には、ニッコリと微笑む彩奈がいる。


私は隣にいるひぃくんへ視線を移すと、ニコニコと微笑むひぃくんにニッコリと微笑んだ。


毎年変わらないお誕生日会だけど、だけどやっぱり今年は何かが違う。


……とっても幸せ。


テーブルの下でこっそりと繋がれた手にキュッと力を込めると、私は笑顔で口を開いた。


「皆ありがとう! 私今、凄く幸せっ! 大好きっ!」


私の言葉に優しく微笑んでくれるお兄ちゃんと彩奈。


「俺も大好きー!」


そう言って私に飛び付いて来るひぃくん。


慌てて私からひぃくんを引き離すお兄ちゃん。

そんないつもと変わらない光景に、私は小さくクスリと笑みを漏らす。


昔からいつも一緒だった私達。

まさか、ひぃくんと恋人同士になるなんて思ってもみなかった。


少し前までの自分に教えてあげたい。

……私は今こんなに幸せだよって。


お兄ちゃんとひぃくんがじゃれているのを横目に、呆れた様な顏をして見ている彩奈。


私はそんな三人の姿を眺めながら、今日という日を四人で過ごせた事を、心から幸せに思って微笑んだーー。




※※※




「わぁー! ありがとうっ!絶対に大切にするねっ!」


三人から合同で貰ったプレゼントを見つめ、感激に瞳を輝かせる私。


それは、私が以前から欲しがっていたバックだった。


三万近くもするバックに、私は欲しいと思いながらも諦めていた。

バイトもしていない私には、とても手が出せる金額ではなかったから。


きっとバイトをしているお兄ちゃんとひぃくんが、そんな私の為に奮発してくれたのだ。


「本当にありがとうっ! 嬉しすぎるよっ……!」

「その代わり、勉強頑張れよ」


うっ……。

お兄ちゃんに痛いところを突かれる。


そんなお兄ちゃんは、推薦でもう大学まで決まっている。

勿論ひぃくんも。


バイトに家事までして、その上勉強までできるお兄ちゃんて……。

きっとバケモノなんだと思う。


「……はい」


少ししょんぼりとする私にクスリと笑ったお兄ちゃんは、ポンポンと頭を撫でると「ちゃんと見てやるよ」と優しく笑った。


いや……。

正直、スパルタなお兄ちゃんには見てもらいたくない。

そんな事を思った私は、思わず笑顔が引きつる。


そんな私の心情を察したのか、彩奈がプッと小さく笑った。


「花音、俺からはもう一つプレゼントがあるんだー」


「えっ?! 何、何?!」


ひぃくんの言葉に、キラキラと瞳を輝かせる。


いつも三人合同なのに、今回はもう一つあるの?!

やっぱりそれは……恋人だから?

恋人ってなんて素敵なのっ!!


すっかり浮かれる私。


「はい、これ。ずっと楽しみだったんだ、花音の誕生日が来るの」


そう言って封筒を差し出すひぃくん。


……?

何だろう……手紙?


不思議に思ってひぃくんを見ると、幸せそうにニコニコと微笑んでいるひぃくん。


私はひぃくんから封筒を受け取ると、中に入っている紙を開いた。


え……

これって……。


「本当に嬉しいよ、花音。十六才おめでとー」


ニコニコと微笑むひぃくんの横で、私は封筒から出した紙を持ったまま固まってしまった。


封筒から取り出した紙は、テレビとかで見た事のある……婚姻届だった。


しかも、ひぃくんの署名入り。


えっと……。

……え?

私ひぃくんと結婚するの?


お兄ちゃんを見ると、私の手に握られた紙を見つめて固まっている。


「……ひぃくん……私……」

「んー?あ、どこに書けばいいかわからないの? ここに署名するんだよー?」


ニッコリと笑ったひぃくんは、そう言うと私にボールペンを渡した。


いや……違うよ。

そんな事が聞きたいんじゃないよ、ひぃくん。


というか、今どこからボールペン出したの?準備がよすぎて怖い……。


思わず顏が引きつる。


「……はっ?!」


固まっていたお兄ちゃんが突然立ち上がると、目を見開いてひぃくんを見つめた。


「どうしたのー?かける。あっ……今日からお兄ちゃんだね。よろしくねー、お兄ちゃん」


フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。


え……?

お兄ちゃんてひぃくんのお兄ちゃんになるの?


呆然とお兄ちゃんを見つめる私。


「……はっ?! なんでだよ! 結婚なんてさせるかよ! 第一未成年じゃできないだろ!」

「できるよー? ちゃんと証人がいるし。……ほらね?」


そう言って婚姻届を指差すひぃくん。


そこには、ひぃくんのお父さんとお母さんの名前が署名してある。


「ふざけんなっ! 花音はまだ高一だぞ?! 大体何でお前と結婚なんだよ!」

「だって花音は俺のお嫁さんだもん。大丈夫だよ、お兄ちゃんもちゃんと構ってあげるからー。そんなに興奮しないで?」


ニコニコと微笑むひぃくんに、真っ青になったお兄ちゃんは勢いよく口を開いた。


「何だよその構ってあげるって?! ……お兄ちゃんて呼ぶなっ! 俺はお前の兄貴になった覚えはないし、なる気もない!」

「でも……弟にはなれないよ?かけるは我儘だなー」

「……っ?! 誰が弟になりたいなんて言ったよっ! お前の脳内は一体どーなってんだよっ!」


お兄ちゃん達のやり取りを見つめながら、ただ呆然と固まる私。


ひぃくん……。

私まだ結婚なんて考えてないよ……。

……これいつから用意してたの?


見覚えのある封筒を見て、私の顏は思わず引きつる。


テーブルに置かれた水色の封筒。

それは、昔私がひぃくんにあげた物によく似ていた。


高校受験を控えたひぃくんに、お守りを入れて渡した封筒。

それは水色の封筒で、下に小さなお花の絵が描いてあった。


テーブルに置かれた水色の封筒には、下に小さなお花の絵が描いてある。


まさか……ね。

いや……

似てるだけ、似てるだけだよ……。


私は引きつる顏で笑顔を作ると、ハハッと小さく声を漏らしたーー。








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